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ぼんちゃんは強かった


書く気があるうちに書きましょうね。

先日、とあるアンケートを取りました。



聡明な将棋ファンの皆様には説明するまでもないですが、これは2012年1月に行われた電王戦・米長邦雄永世棋聖vsボンクラーズの一局面ですね。


猛烈な研究の末に米長さんが2手目△6二玉(下図)という今では「新米長玉」と伝えられる秘策を披露して話題を呼んだ将棋でした。

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なんでまた8年前の将棋を今更持ち上げてんだという感じですが、図書館で米長さんの『われ敗れたり』(中央公論社、2012年)をたまたま発見して読み返し、今の目でこの対局を調べるとどうなるかが気になってソフトをポチポチしながら検討してみたことが始まりでした。 



さて、取り上げたのは以下の局面。

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なぜこの局面を取り上げたかと言うと、ここで米長さんが指した△6六同歩▲同角△4四歩という3手が米長さんが最も後悔していた手順で、そこで▲7六歩(下図)と合わせられて攻めが続く態勢が整ってしまったためです。

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以下、△7六同歩▲同銀△6五歩▲4八角△4五歩▲7五歩△8四金▲7七桂△6六歩▲5七金(下図)と進むともう耐えられません。以下は米長さん本人も負けを認めた形作りだったと語っています。

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▲6六歩の局面を再掲します。

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この局面に至るまで、米長さんは△6二玉から一貫して作戦通りに事を運んでいました。玉頭の位を取って仕掛け所を与えない方針を一貫させ、金銀をテトリスのように連結して押さえ込む陣形を組み上げました。一方、ボンクラーズは人間にとっては無意味とも思える飛車の左右・上下移動による1手パスを繰り返していました。完全に米長さんの戦略に嵌っています。

当時のプロ棋士もこれは後手有利だろうという評判でしたし、僕がツイートしたアンケートでも後手持ちが71.2%という多数派でした。

米長さん自身も自分が優勢を築いていると確信しており、ここで△8六歩▲同歩△7二玉(下図)とすれば優勢を維持できたと深く後悔していました。▲6六歩の局面が毎晩目に浮かび、目が覚めても思い起こされるほどの落ち込み具合だったようです。

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当時は、実際にこうしていれば後手が優勢を維持していたという見解が多数でした。どのような意見があったかというと、『われ敗れたり』で見解を述べている棋士や将棋ソフト開発者は以下のように語っています。

谷川浩司

 感想戦で米長邦雄永世棋聖がまず指摘されたように、△8六歩▲同歩△7二玉なら後手有利でした。
 ▲8八飛なら△5五歩で完封が見込めそうです。▲6五歩△同桂▲6六角で暴れてこられるのが怖いですが、これは先手の攻めを余せるでしょう。(p166)


森下卓

 この局面では、米長先生が十分だと思う。最初から入玉狙いの構想が見事に実ったと思った。(p170)


中村太地

 △8六歩▲同歩△7二玉は有力だったと思います。以下、▲8八飛△5五歩▲8七飛△5六歩▲同銀△6六歩▲4六角△7六歩で、こうなれば先手に攻め手がなく、後手が指せると思います。
 また、△7二玉に対して、▲6五歩△同桂▲6六角△同角▲同銀△8六飛▲6五銀△同銀▲8八歩という展開も考えられます。これは後手が一見指せそうですが、まとめきるのは結構たいへんな感じがします。いい勝負だと思います。(p171-172)


伊藤毅志(将棋ソフト「あから2010」開発者)

 私の印象では、68手目あたりまでは、ほぼ完璧な指し回しだったと思うが、69手目のボンクラーズが7八飛に引き直したのに対して、金を5三に移動させ、角道を突いていった順は危険な指し方だったのだと思う。ここはもう少し辛抱して、「千日手も辞さず」という態度で指し続けていれば、ボンクラーズが自滅した可能性があったのではないかと思っている。(p181)


飯田弘之

 冷静に対処すれば、まだまだ勝機はあったと思います。ご指摘の変化で後手がかなりの優勢を維持できると思います。しかしながら、駒がぶつかり出すと、コンピュータ独自の粘りのある指し手が続出するので、勝ちきるまでは結構たいへんであると予想します。(p183)


鶴岡慶雅(将棋ソフト「激指」開発者)

 激指は、79手目の局面では、△同歩と取らずに△5五歩と突いてほぼ互角(わずかに先手が指しやすい)という評価をしています。△8六歩▲同歩△7二玉▲8八飛△5五歩については、▲8七飛や▲7七桂であれば、それぞれ△5六歩および△6六歩で後手が指せるのですが、▲8五歩と突き出されると後手が容易ではないという評価です。以下、△6六歩▲同角△6五歩▲7七角△8五桂▲5五歩△7七桂成▲8二飛成△同玉……という読み筋です。(p187)


棋士の発言はもしかしたら米長さんへの忖度がある程度は入っているかもしれませんが、後手が「指せる」「有利」「優勢」という見解が棋士の第一感なのかと思います。

僕の手元のソフトで検討したところ、最も近かったのは最後の激指の見解でした。△8六歩▲同歩△7二玉に▲8八飛△5五歩▲8五歩の変化は先手が+500ほどになっていて、進めれば進めるほど後手勝てる気がしなくなりました。


検討していてこれなら後手もやれそうかなと思った順は、▲6六歩に△8六歩▲同歩△7二玉ではなく、△6六同歩▲同角△同角▲同銀とあっさり角交換して、△6五歩▲7七銀△3三桂▲4六歩△4四角(下図)と角を設置して左右を睨む展開です。

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やや先手持ちという評価値は変わりませんでしたが、△7六歩・△6六歩や端攻めを見て駒の働きがかなり良いと思います。この後の手順の一例は▲9八香△6六歩▲5五歩△同歩▲6六銀△5六歩▲6七金△6五歩▲7七銀△1四歩▲同歩△同香▲同香△7六歩▲同銀△7五歩▲同銀△同銀▲7七香△6四銀打(下図)。

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いやー気持ち悪いですねえ!!!!!

この局面もやや先手持ちながら互角ではあるみたいですが、皆さんはどちらを持ちたいですか?

こうやるしかないとしたら後手大変すぎる気がしますね。1手間違えると終了という苦労が耐えない展開で、むしろ後手をソフトに持ってもらいたいと思いました。





さて、再々掲するこの局面。

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以上のことを踏まえて再度見てみると、だんだん先手が勝ちそうな局面に見えてきませんか?

人間は「厚み」を重視してしまいがちですが、これは簡単に崩壊するバベルの塔だったのかもしれません。ロマンはあるんですけどねえ...。

棋風や好みが如実に現れそうな局面なので、僕のアンケートの聞き方が微妙だったような気もします。「どっちが勝ちそう?」とか聞いてたらまた違ってたかな...?

僕は元右玉党ですし、こういう厚みのある将棋は好きで後手が勝ってほしい願望込みで判断してしまいますが、ソフトは冷静ですね。一局を通してボンクラーズが悪くなった局面は実は無かったのでは?

「イメージと読みの将棋観」でトップ棋士たちに見解を聞いてほしい題材ですね。(既に取り上げられていたら教えてください)






あ、タイトルのぼんちゃんはボンクラーズへの米長さんの愛称です。



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