夏の初日

カーテンを開けたとき、今日が夏の初日だと思った。

4、5ヶ月ぶりにサウナへ行った。郊外のスーパー銭湯で歩いて行くにはどの駅からも遠すぎる。それでも僕がスーパー銭湯に求める要素が全て詰まっている。檜風呂、高濃度炭酸泉、つぼ湯、掛け流しの露天風呂。頻繁には通わないけれど無くなったら悲しい気持ちになるだろう場所の一つだ。

サウナ室は広く、二台の巨大なサウナヒーターが五段の木製階段に座っている人たちを蒸していた。テレビでは相撲中継が流れていて、その上に12分計と温度湿度計があるけれど、眼鏡を外していたし五段目に座っていたからどれもよく見えない。12分計の長針に目を凝らして6分経ったところでサウナ室を出て水風呂へ行く。手桶で水を掬い、汗を流す。全部で三回。頭、右肩、左肩。水風呂に浸かって頭の中で60秒を数える。傾きかけた陽がゆらゆら揺れる水面と水風呂の中で腕組みをしてじっと座っているおじさんを照らしていた。60秒を数え終えると露天スペースへ出て寝ころんだ。遠くからミンミンゼミの鳴き声が聞こえた。アブラゼミだって鳴いているはずだけど、距離が遠いからか町のノイズにまぎれて分からない。ミンミンゼミの鳴き声には波があるから遠くで鳴いていても聞き取れる。外気浴している時は考え事をしない。今日は寝ころんだままで周囲の音に耳をすませたり、ぼんやり雲を見つめたりしていた。

サウナ、水風呂、外気浴を三サイクル繰り返した。水風呂に射す陽の光はだんだんと傾いて、色も橙へ変わっていった。久しぶりのサウナでもちゃんと心地良さを感じられて安心した。

三サイクル目を終えた頃には駅までのシャトルバスが出発する15分前になっていた。これを逃したら1時間半暇をつぶして次のバスを待つか、せっかくさっぱりとしたのに駅まで歩いて行かなければならない。さっと着替えて、コーヒー牛乳を買うことだけは忘れずに、駐車場に止まっているシャトルバスに乗り込んだ。ラジオDJが陽気に読み上げる時報とほぼ同時にドアが閉められ出発した。バスが神社の前を通ると、さっきは聞こえなかったアブラゼミの鳴き声が聞こえた。一瞬だけヒグラシの鳴き声も混ざった気がした。まだ夏の初日だよ、と思った。コーヒー牛乳の甘さに浸っていると、ふとバスの窓から眺める夕陽に照らされた郊外の景色がいつもより特別なものに感じられた。葱畑の隅に自分の場所をしっかりと確保する向日葵、バスと同じ速さで電線の表面を移ろう陽光の反射、運転手と三人だけの客を乗せて駅へと向かう二十人乗りのシャトルバス。地理的な特性は連続的に移り変わるもので、東京と郊外のこの町は30分も掛からず行き来できるのにも関わらず、ここまで役割が違うんだと実感したからかもしれない。そんな当たり前のことに気がついて、目の前の景色が美しく思えただけでも夏の初日にふさわしい一日だったと思う。今日はそのうえ久しぶりにサウナに行った。日曜日はまだ手つかずで残っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?