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歩射神事と「弓矢」の市場~弓道が盛んな愛知にみる伝統産業事情

 名古屋の熱田神宮で1月15日、大的(直径約1.8㍍)めがけて神職の射手が矢を放ち、豊年と除災を祈る歩射(ほしゃ)神事が営まれました。烏帽子と白衣姿の神職6人が計36本の神矢を放ちます。御的(おまとう)とも呼ばれ、多くの参拝者が見守るなかで行われます。厳粛な神事ですが、矢を打ち終わると見学者が大的につけた「千木」(ちぎ)といわれる小さな木片を奪うため、一斉に猛ダッシュします。千木は古くから魔除けになるという信仰があるからです。
 40年ほど前に筆者が取材したときは、参拝者が砂煙を上げながら突進し、千木を奪い合う光景を見ました。厳粛な神事の後の騒然とした争奪戦のギャップに驚かされたものです。
 今年は「感染拡大のため本日の的の奪いあいは中止といたします」と知らせる看板が立てられ、千木を奪い合うこともなく、静かに終わりました。
 神事に使われた矢は、明治3年創業の愛知県岡崎市の有限会社「小山矢」の伝統的な竹矢です。代表取締役で七代目の矢師、小山泰平さんが作っています。矢の製造本数は全国でもトップクラスといわれています。
 竹矢の製作は手間がかかります。竹を切り出し、竹を熱し柔らかくして癖がなくなるまでしごくことから始まり、最後の羽をこしらえて付けるまで熟練の技が欠かせません。
 弓道の市場にアルミ矢が登場したのは1960年代。岡崎信用金庫の経済月報2021年1月号によると、小山矢は竹矢にこだわり、アルミ矢を扱っていなかったため、拡大していたアルミ矢の需要を取り込めないでいたようです。一方で東レは自社のカーボンファイバーの用途拡大を模索していました。両者の思惑が一致して1975年に生まれたのが、勢いよく安定して飛ぶカーボン矢です。


 主な市場は中学、高校、大学の弓道部です。全国高等学校体育連盟(高体連)の令和元年の調査で、弓道の競技者数が最も多いのが愛知県でした。弓道具店や小山矢のような製造会社が愛知県に多いのも弓道の裾野が広いからだともいえそうです。
 小山さんは「試射場を設けており、少しでも弓道人口を増やしていきたい」と話していました。
 歩射神事について、40年前の射手に話を伺いました。この神事は神職も緊張するようです。千木を射抜くことはもちろんですが、まずは大的を外さないようにすることが肝要とか。勤めを終えてから神社内にある稽古場で練習を重ねたそうです。
 「外すと来年の役が回って来なくなると、必死で稽古しました。熱田神宮と聞くと近寄りがたいと思われがちですが、的の奪い合いなど庶民的なお祭りが多いですよ」と言います。
 砂煙を上げて突進する千木の奪い合い。かつて非日常の争奪戦と思っていましたが、感染拡大の今となれば、これこそが日常だったと気づかせてくれます。今年の歩射神事は2本の矢が当たりました。早く感染が収まってほしいとの願いが通じますように。
(2021年1月19日)

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