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「老い」を考える2冊~老いの道、我もいく道

 新聞社の駆け出し記者だったころの話です。事件記事で40歳代の男性を「初老の男」と書いて当番デスクに原稿用紙を渡しました。すると、「おい、初老はないだろう」と叱られてしまいました。
 辞書で調べても間違いではないのですが、40歳半ばのデスク氏は、初老の文字を消して、整理部(今は編成部)に出稿したのでした。
 定年退職の年齢が55歳という時代だったとはいえ、私自身、40代の人に「老」の字を使うのは抵抗があったのも事実です。
 最近、「〈老い〉という贈り物」(井口昭久著、風媒社)というエッセー集を読みました。
 井口先生は医師で名古屋大学名誉教授、愛知淑徳大学教授です。通院している70代、80代の患者ら様々な「老人」が登場します。
 スポーツクラブで78歳の女性からお姉さんと呼ばれることが嫌いな80歳の女性の話がありました。「若い頃は、年を取れば取るほど年の差なんか気にならなくなるだろうと思っていたが、それが逆で・・・」という井口先生。「老人差別は老人にあり」という章で紹介しています。
 「こんな私でも生きていていいのかしら?」の章では、88歳の一人暮らしの患者さんの話です。年齢ばかりが気になるこの女性ですが、井口先生の矛先はマスコミに向かってきました。「マスコミで人物を紹介するときには年齢をつけるのがこの国の習慣である」「だから日本人は人物の評価に年齢を物差しにする習慣がついてしまっている」と喝破しています。
 新聞記者時代、国際関係に詳しい大学教授にインタビューを申し込みました。年齢掲載が必須の企画だったのですが、「外国メディアは年齢なんて書かないわよ」と、やんわりと断られたことがありました。
 「老」の周りにいる人たちの心構えも大切です。岐阜市で勤務していたとき、石黒クリニックの石黒源之院長を訪ねました。2008年に出版した「老人を幸せにする28の言葉」(角川学芸出)の取材でした。
 「おばあちゃんの手は魔法の手だね」「お母さんの娘でよかった」「とても物知りですね」
 クリニック開院10周年を記念して来院者に「幸せを感じたいい言葉」の体験談を募集し、このなかから28の魔法の言葉を選んで出版したのです。
 70歳の患者さんはいつも、5歳と3歳の孫から、おばあちゃんの手はしわくちゃだねと言われていたそうです。あるとき、紙でツルを折ってあげたら、孫たちが「魔法の手だ」と驚きながら、手をなでてくれたそうです。石黒院長は「優しい言葉は、お金のかからない老人福祉です」と言っていました。
 「老いの道、我もいく道」です。石黒院長は、老人と接する職業の人たちが幸せにする言葉を心がけるように促していたことが印象的でした。
 井口先生は77歳でいまも現役。しかもエッセー集は7冊目です。年齢は関係ないのだと痛感します。
 さて、筆者は66歳。今の駆け出し記者なら、私のことを「初老」と書くのでしょうか。
(2022年3月3日)
 

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