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特別展「八幡はるみ GARDEN」~ヤマザキマザック美術館の三つの推し

 京都を拠点に活動する染色作家、八幡はるみさん(66)の特別展の印象記です。
 「八幡はるみ GARDEN」が2023年8月27日まで名古屋市東区葵のヤマザキマザック美術館で開催されています。開幕した4月21日に八幡さんと学芸員から作品の説明を受け、GARDENの作品群の鮮やかな色彩が目に焼き付いていました。
 3週間以上たってからの執筆は、特別展で投げかけられた芸術と環境問題について考え続けていたからでした。
■作品の変遷 第一章 型や版の世界~1990年代

「水のトンネル」(1992年、180×480㌢)

 まず写真とともに八幡作品を俯瞰していきます。
 展覧会は三つの章立てになっています。「第一章 型や版の世界~1990年代」。会場に入ると、四曲一双や六曲半双の屏風(びょうぶ)のスタイルで「水のトンネル」(1992年、180×480㌢)など「水のシリーズ」が部屋いっぱいに広がっています。
 技法については、担当学芸員の坂上しのぶさんの解説を参考にしています。さまざまな技法で描き出した模様を、日本伝統の波形文様「青海波」の形に切り取り、ベースとなる楮紙に貼り付け、その上にドローイングや箔押しを重ねるなどの装飾を施しているとのこと。
 文様は、ガラス板に顔料を置き、クシャクシャにしておいた和紙に転写するモノタイプ。あるいは、モノの上に紙を置いて鉛筆でこすって形を浮き彫りにしていくようなフロッタージュという方法が用いられています。
 伝統的な屏風が並ぶことで、波打つ雄大な水の流れに身を任すかのように感じることができる展示室です。
■第二章 シェイプド・ダイの世界~2000年代
 次の展示室は「第二章 シェイプド・ダイの世界~2000年代」。シェイプド・ダイの染め技法は、八幡さんが考案した絞り染めの一種です。折ったり曲げたりシワを寄せたりしてできた布の凹凸に染料を染みこませ、出来上がった色の濃淡をいかす表現方法。
 プロセスの中で発見していくおもしろさが散見されます。偶然できた無意識の色やかたち。次に意識的に絵や模様を描いていく。無意識と意識をリズミカルに大画面に描き出した「《Colors》2003年」は、感覚的に染め上げていく八幡さんの「あたらしい花の表現」(坂上学芸員)となっています。
■第三章 デジタルプリントの世界~2000年代

幅が12㍍にもなる大作「GARDEN」と八幡はるみさん

 最後の展示室は「第三章 デジタルプリントの世界~2000年代」。コンピューターによる画像処理で、染めの世界を深化させる技法を用いた最近の作品です。アートであり、インテリアとしての広がりを見せた作品が展示されていました。
 圧巻だったのは壁一面に飾られた花のパネルです。75㌢角のパネルが縦に3枚、横に15枚並び、空間も入れると幅が12㍍にもなる大作「GARDEN」。実際に名古屋の東山動植物園へスケッチに行ったときの作品もあるといいます。
 ソファーに座ると、見るというより眺める感覚です。ソファーのカバーは、八幡さんの作品が印刷されていました。作家の作品に座る。粋な演出です。
■なぜ八幡はるみを選んだのか
 特別展は、5月8日に新型コロナがインフルエンザ並みの第5類に移行する時期と重なりました。ヤマザキマザック美術館は、「コロナ明け」初の展覧会として、八幡はるみ作品を選びました。
 理由の一つは、作品の魅力。二つ目は環境や社会問題への意識。三つ目が女性活躍の時代。八幡さんが40年にわたりパワフルに作品を進化させているからだそうです。
 二つ目の環境や社会問題は、これまでもアート作品から発信されてきましたが、八幡さんの染色技法はそれ自体、パソコンなどデジタル技術を用いることで川や森などの自然環境を大きく損ねない配慮があるといいます。
 工作機械の大手、ヤマザキマザックが運営する美術館としても、企業が果たす社会的な使命を八幡作品と重ねているようです。
■私の目は自在に描ける絵筆になる
 私が愛知県瀬戸市で取材生活を送っていた三十数年前に知り合った陶芸家がいます。作家の作品は、バブル経済のなかでどんどん巨大化していって、ついに数トンもある長方形の土を焼いた作品が話題になりました。
 小さな陶器のぐい呑みを愛する私は、「地球を焼くの?」と首をかしげたことを思い出します。
 今回の図録の最後に八幡はるみさんのことばが載っていました。
 「車のフロントガラスは私のスケッチブックと化し、私の目は自在に描ける絵筆になる」
 京都新聞に掲載された「緑のある生活」(2005年3月20日)の一節です。
 愛知県では2005年3月25日に「愛・地球博」(愛知万博)が開幕。環境万博を経て、企業や人々の思いが自然や「里山」へ向かい始めたときでした。
 環境に気を配ったクルマや工作機械などのモノづくり。地産地消や有機栽培に象徴される農業。そして消費者・生活者の環境への気遣い。
 八幡さんの一節にあるような「スケッチブック」と「絵筆」は、自然を慈しみ伝統技法を最新技術で生かすアート作品へとつながっているようです。
(2023年5月16日)
※1956年大阪生まれ。1980年京都市立芸術大学卒。1982年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。主なグループ展2016年「革新の工芸―“伝統と前衛”そして現代」(東京国立近代美術館)、主な個展2022年「八幡はるみ個展―宇宙を言祝ぐ―」(染・清流館=京都)など。
 
 

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