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【子育て哲学?】私たちは言語を過大評価しすぎていたのかもしれない。

保育園は登園自粛の真っ只中。
今日もパパさんママさんお疲れ様です。
しまじろうのオンライン幼稚園がありがたいです。

保育園1歳クラスに通う長男のしーくんは、現在2歳半でイヤイヤ期。
休みの日には保育園に行きたいと言い、登園の日には保育園に行きたくないと駄々をこねて母を手のひらで転がすのを楽しんでいます。末恐ろしい。

日常生活でも言うことを聞いてくれずに困ることも多々あります。
ついつい怒ってしまったりダメと言ってしまうことも増えてしまって、「もう!ダメダメ言わないで!」としーくんに怒られてハッとさせられたりする毎日です。

イヤイヤが酷すぎて手こずりすぎたときは「そもそも言うことを聞きなさい」と言うスタンスが親としてのおごりかもと思うこともあります。

そんな怒っては反省の毎日を繰り返していたら、ある疑問が生まれました。

それは10ヶ月の次男には怒らずに、2歳半の長男には怒ってしまいがちなのは何故なのかということ。

もちろん、やることのレベル感はあるけれど、現在、生後10ヶ月の次男なーくんも、物をバンバンと叩くのが大好きな年頃。「叩かないよ」とたしなめても、またバンバンと叩きます。
そういうとき、私は「まーそういうものだよね」と怒らず注意ができるのに、同じことを2歳半のしーくんがやると「もうやらないでって言ったでしょ」と感情的に怒ってしまうこともあります。

同じ行為なのに何故だろうとずっと考えていたのですが、ようやく答えが見つかりました。

それは言葉が話せるようになって会話のキャッチボールが上手にできるからだと。

しーくんはおしゃべりが大好きで、Youtubeで好きなアニメを見るとき以外は朝起きた瞬間から寝るまでほとんどずっとおしゃべりしています。
その結果、尋常じゃないアウトプットのおかげで年齢にしては比較的上手に会話ができます。

冷静に考えてみれば、言語が話せるというのは、実は「箸が使える」といった動作と変わらないんですよね。

だから「理性を持って言動をコントロールすること」や「相手の気持ちを読み取ること」は、言語を話すことと別の能力。
密接な関係であっても、全くの別物なのに言語が話せるようになったことで、その付随した能力も身についたと錯覚してしまっていたんです。

多分、それは子供であっても大人であっても同じで、それを勘違いして、言語を過大評価してしまっていたから、他者に対してイライラしてしまうんだなと気づきました。

それに気づいたからと言って実際に怒らずにいられるかはまた別の話だけど、こういう気付きがあるところが子育ての1つの楽しみです。

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