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御匣殿騒動 その二 続・行成と繁子のバトル

ここからの展開は下玉利 百合子先生に解説していただこう。
(少し長いけど)

①行成朝餉間に伺候、「御殿別当可為女御事」にかかわる勅命を奉じて退出。
その間、繁子は「暗戸屋」にあり、ひそかに一部始終をうかがっていた。
繁子、行成のお前下りを確認、いちはやく「纒頭」用の「女装束」をととのえ、今や遅しとその到来を待ちかまえる。
行成、繁子の動きを察知するや否や、踵を返して陣に直行。勅命の執行方を指示、「暗戸屋」へは足踏みせず。
繁子、やむなく侍女に件の「女装束」を持たせて行成主従を追跡させる。
慌てた侍女は、行成の侍童(苔雄丸)を呼びとめ、装束を渡そうとしたが、彼もさる者、プイと横を向き近づこうともしなかった。
侍女、空しく「纒頭」を捧げ持ち、すごすごと「暗戸屋」へ帰る。…その有さまを見て、人々は嘲笑。

②当夜行成、右大臣顕光第を訪問中、留守宅からの書状に驚かされる。
その内容とは、次の如きものであった。
はからずも、奇怪至極な下人が一人、行成第の侍所に出現。女装束を持ち込んで来たのを、取り入れず各めるのも聞かばこそ、相手は更に邸内深く侵入。「件物」を東面の高欄にかけた。
行成の妻が「こんなものを受け取る筋合はない」と、はねつけると(「依無由緒不取入」)下人いち早く遁走。「何が何だか解りませんが、この処置につきお指図を」との心利いたる文面である。

③「暗戸屋」方の策謀だと、たちどころに看破した行成は、早速「件物」をとりよせるや否や、腹心の部下権左中弁藤原説孝に因果を含め、彼の車のトランクに入れさせて危介払い。説孝が「暗戸屋」側と昵懇ー「通家也」ーなのを見込んでの有無を言わさぬ返却命令とは手厳しいが、果せるかなこの奇襲戦法にトドメを刺され、さすがの繁子もついにダウン。

「枕草子周辺論」下玉利 百合子 (1986年、笠間書院)

なんですかこのコント? 大河「行成の1日」のひとコマにどうでしょうw
まず、繁子が「ひそかに」行成が来るのを暗戸屋で構えている絵がもう可笑しい。
きっと得意満面で女装束も被けるばかりに手に取って、今か今かと外の足音に耳を澄ませていただろう。
でもさすがは行成、その気配を察知してUターン。
と、普通ならここで諦めるところだが、繁子はそんなタマ(?)じゃない。
侍女に持たせて行成の小舎人童の苔雄丸に渡そうとするが、これまたさすが(2回目)行成の従者だけあって、受け取り拒否。
侍女はすごすごと暗戸屋へ引き下がる。

行成は夕刻から顕光邸を訪れている。そこに妻から文が届く。
さすが(3回目)は行成の妻だ。
「何か変な人がズカズカ入って来て、止めるのも聞かず東の欄干に装束をかけて逃げて行ってしまいました。どうしましょう?」
妻は昼間の出来事を知っていたんだろうか。
行成は顕光邸に行く前にいったん帰宅して着替えた際に妻に「今日こんなことがあってさ〜」などと話したんだろうか。
それとも、妻は何も知らなかったけど(行成は「温樹を語らず」の人だから)、何やらややこしいことが起こっていると察知し、即、行成の元に急報したんだろうか。
いずれにしても、帰ってから話すのではなく、出先に書状を送るというのがいかにも機転が利く賢い妻という感じ。
そりゃ行成も妻自慢したくなるわけだ(再掲)。

私の家女(藤原行成室)は、この物を取り入れず、書状を馳せ送った。時の人はこれを賞賛した。

藤原行成「権記」(上)全現代語訳/倉本一宏(講談社学術文庫)

この時の妻の処置について「家女、件の物を取り入れず、馳せて消息を送る。時人これを称す」と『権記』は記しているが、行成の愛妻ぶりがうかがえてほほえましい。

人物叢書「藤原行成」黒板伸夫(1994年、吉川弘文館)

さて、書状の内容を見て誰の仕業かすぐわかった行成は、繁子に叩き返すべく女装束を説孝の車に押し込んだ。行成に恩がある説孝はこの件を任せる(押し付ける?)のにちょうどいい人物だったんだろう。
さすがの繁子も3回目にしてやっと諦めた模様。

が、転んでもタダでは起きない繁子は、何とか自分の行いを正当化しようと詮子と道長に「行成には人情がない」と訴えたらしい。「人がせっかく…あげるというものを素直に貰っておけばいいものを」って感じか。
叔母の文句を二人の姉弟はどういう顔で聞いていたんだろう。
特に道長は「…まぁまぁ。行成もあれで結構頑固なところがありますからね。叔母上お気になさらず」などとなだめつつも、こうも思ったかもしれない。
「行成、またかよ…」
行成は行成でこの日の日記を「馬鹿げきった話だ」と、いつになく強い表現で結んでいる。

行成、繁子に勝利ス

それにしても、繁子のしつこさも異常だけど、行成の拒否ぶりもまた頑なな気がしないでもない。
行成はなぜ繁子からの纏頭をあそこまで拒否したのか?
なぜ道長は「またかよ…?」と思った(かもしれない)のか?


次回はそのヒントとなる出来事を見てみよう。

続きます。

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