御匣殿騒動 その四 おわりに
繁子に対しての行成の一連の行動の根底には、自分こそ嫡流の嫡流(師輔ー伊尹ー義孝ー行成)というプライドがあるように思える。
一応同じ九条流とはいっても末流(繁子は伊尹の異母妹にあたるが、母は不詳)の繁子が天皇の乳母、従三位など権力を持ち、大きな顔をしているのを苦々しく思っていたのだろう。
それに加えて、繁子という人が行成の苦手なタイプ(押しが強くて策略家タイプ?)だったのかもしれない。
嫌いな相手には嫌われるもの。
繁子にとっても行成は最大の苦手であったろう。繁子から見ると行成は「甥(義孝)の子」だが(行成にとっては大叔母)皆が恐れひれ伏す中、ただ一人自分の思い通りにならない人間だったのかもしれない。
※以下、引用はすべて「枕草子周辺論」下玉利 百合子 (1986年、笠間書院)より
だがこの「目の上のたんこぶ」に公式に一矢報いるチャンスがやって来たのだ。
娘が女御に昇格したのだから!
いかに行成といえども、さすがに女御の母となった自分に対しては(他の連中と同じく)ひれ伏さざるを得ないだろう…。
繁子のほくそ笑みが眼に浮かぶ。
今なら間違いなくその瞬間を写真に収めて人目に付くところに飾るタイプ。
満面の笑みの繁子と苦虫を嚙みつぶしたような行成の2ショット、見てみたいw
一方、行成から見れば、日頃から快く思っていない繁子が恩顧ある道兼の正妻の権利を侵食し、さらに一時の関係で生まれた(道兼本人にも全く顧みられなかった)娘を入内させるなどありえないことだったに違いない。
ちなみに、尊子が御匣殿として入内した長徳4年2月11日の「権記」にこの件は一言も出てこない。
入内でさえ我慢ならなかったのに、今度はあろうことか「女御」昇格だと!?
女御ともなればこれまで以上に礼儀を尽くさなけばならない。
仕事で関わるのは仕方がないが、対面機会は可能な限り少なくしたい、特に今日は日頃の恨みを晴らそうと(?)得意満面でいるに違いない…そんな顔を見るなど冗談じゃない…誰がそんな機会を与えてやるものか…!
行成が足をUターンさせたのはきっとこんな思いからだったに違いない。
これまでも数々の衝突の場面があったので、ここで一気に優位に立とうと策を巡らせてくることは予想していたのだろう。
さすがにその後、あれほどしつこく追ってくるとは思っていなかっただろうけど、結果的には行成の逆転勝ちでこの時は溜飲が下がったに違いない。
さて、最後に「海千山千の惟仲・繁子のカップル」(下玉利先生命名)のその後。
「御匣殿騒動」の約10ヵ月後の長保3年、繁子の夫・平 惟仲は大宰権帥に任ぜられた。
「権記」長保3年6月22日条に夫妻の「罷申」(=いとまごい)の様子が書かれている。
行成の心中はいかに。
繁子はあのような恩寵に預かれる人間ではないのに…と苦々しい思いで書いたのでは?結局、うまく世を渡るのはあの手の人間なのだ、などと思いつつ二人を眺めていたかもしれない。
繁子は惟仲と共に西下した。
惟仲は3年後の寛弘元年、宇佐神宮に対する失政を神人ら数百人により近衛御門(陽明門)前で愁訴され(「権記」寛弘元年3月24日条)釐務(国司などの執務)停止が決定。12月には大宰帥を解任され、翌寛弘2年3月に薨去。
繁子は夫の死後出家し、自ら建てた好明寺に隠棲。道長はたびたび訪れたという。
以上、「御匣殿騒動」から行成と繁子について主に下玉利先生の本からまとめた。
繁子に対する行成の嫡流意識を考えると、道長に対しても本当のところはどうだったのだろうと思う。。
自分は行成びいきなので、どうしても繁子を狡猾なイメージで見てしまうけど、尊子や道長、惟仲からすれば行動力も人心掌握術にも長けた頼りになる女性であったとは思う。
大河ではどのように描かれるだろう(この記事現在、道兼妻としてはまだ登場せず…)。
尊子が登場するなら、惟仲と再婚してからの繁子も登場するかもしれない?
「繁子」で検索してこの記事を読む人が増える描き方であることを祈るw
そういえば、行成が義理堅く着袴の儀に駆けつけた道兼の正妻との娘(尊子ではない方)、意外なところに登場する。顕光と再婚した道兼正妻が大河で話題の?藤原実資にこのような文を寄越したらしい。
うちの娘(22歳)を貰ってくれませんか?と。
実資は正妻を亡くした後は結婚するつもりはないと断っている。
倉本先生曰く「何より顕光の姻戚になることは躊躇われたのであろう」
顕光とは(今回の大河にも登場するが)「小右記」の中で実資がよく「無能」扱いしている人物(兼家と不仲な兄、兼通の息子)だけど…その視点はなかったw
この娘は後年、道長の三女、威子 (後一条天皇中宮 )に仕える女房になったらしい(「二条殿御方」)。
行成には打診しなかったのかな?w
実資よりは年の差なかったのに(実資はこの時60歳。行成は45歳)。
これで「御匣殿騒動」はおしまい。
思いがけず長いシリーズになってしまったけど、ここまで読んでいただきありがとうございました!