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ラビウム

 成熟とともに片側だけが肥大して、いつしかもう一方に重なるようにして入口を覆い隠している。いびつな蕾はそのうちに甘やかな蜜を秘め、開花のときを夢見てただ静かに眠っている。
 なだらかな丘の上、若く柔らかなくさむらを抜けると、その先に聖域がある。いまだ何者の侵凌しんりょうも許していない、未開の聖域。すべての来訪者を拒むかのように固くその唇をとざしている。
 かつて聖域は今よりずっと狭く、小さかった。禁忌とは知らず、いとけない好奇心からその未熟な核に触れてしまった。雷のような衝撃が全身を貫いた。存在そのものにおののき、恐る恐る中を覗き込んだ。深淵を見た。あれは空がまだ高く、世界がもっと広かったころ。
 起伏の窪みをなぞるように指先を這わせ、ささやかな突起を探り当てる。息を殺し、その表層をそっと撫でる。痺れるような感覚が腹の底からり上がってくる。ゆっくりと息を吐き、かすかに力を込めて執拗に玩弄する。今日もまた、禁忌を犯す。
 下へ。さらなる深みへ。
 内なる声に従い、非対称に折り重なる扉の隙間に指を挿し入れて引き開け、あらわになった深淵に身を投ずる。複雑に波打った壁の弾力を確かめながら、しとどにそぼつ暗い道を手探りで進む。ただまっすぐに、昨日より少しだけ奥まで。
 上方に意識を傾注し、無心で天恵の到来を待つ。心地好い温もりに浸りきってしばし陶然となり、飛翔の前触れを錯覚する。鼓動が速まり、今しも絶え果てんとする刹那、内面より湧き起るそこはかとない疼痛に襲われる。呼吸が止る。
 さやさやと靡く叢に彩られた丘の袂で仄かに匂い立つ無垢なる花弁が片翅の蝶の如く艶美に脈動すれば器より滴り落ちる蜜がそれを深紅に染め上げて生命を育む大地の沃饒よくじょうなるを外の世界に知らしめる。春が始まる。

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