「損する性格だね」は大歓迎
「あなたは損するタイプだよね」
年上の人とお話をすると、こう言われることがある。
わたしは
「あ〜よく言われます」
なんて返すのだが、納得できるような、できないような、そんな感覚だ。
言いたいことは、なんとなくわかる。でもそれで自分が損をしているとはあまり思っていないのだ。
そもそもこの「損をする」というのはどのような意味だろうか。
私が思う、損をする人とは「真面目な人」だ。
これもよく言われる。
つまり「真面目で損をする人だね」がセットなのだ。
人から指摘されるまで自分のことを真面目だと思っていなかったが、確かに客観視してみると、そのとおりだと感じる場面はよくあった。
例えば、仕事の話。
店内の飾り付けのために商品のPOPをつくることになった。私が絵や工作を好きなことは周りも知っていたため、暗黙の了解のような雰囲気で私が主となってつくることになったのだが、これが割と苦労した。POPをつくること自体が大変ではなかったが、周りに気を遣いすぎてしまった。自分ひとりで作業したほうが早いが、ひとりで完結してしまっていいのか、誰に分担してもらうべきか、不平等ではないか、みんな忙しいからやはり一人でやるべきか・・・なんてことをずっと考えて結局、あまり大変ではない部分をちょっとだけ手伝ってもらった。
周りから見れば、「一声かければ簡単に解決すること」を自分だけで考えて、最善にしようとするところが、私に当てはまる「真面目」なのだろう。
その結果、過剰にストレスを抱えたり、自分を責めたり、自己犠牲に陥りやすい。これが「真面目で損をする」ことだ。
確かにこれは納得できる。
もっと楽になれる方法はあると思う。
しかし、本当に損なのか?
「自分は損する性格なんだ」と決めつけてしまうことこそが本当の損ではないのか。
私は色々なことに不安をもって、常に悩んでいるのだが、その悩みは一つも無駄ではないと思っている。その結果うまくいったとは限らないが、悩まなければ今の現状をよりよくしたいなんて思わないし、行動もしなかった。
元々人の評価を気にする自分がこうして発信を始められたのも、変わりたいって気持ちがあったから。
私は、自分の人生を一生懸命に考える人を真面目だと思う。
だから私が人から「あなたは損する人だね」と言われたら、「そんな私は最高に運がいい人生送れてしまうんですよ」って意気揚々と答えたい。
損する人の人生が、楽しい人生って、おもしろい。
私は今日も最高の人生のために、真面目に生きようと思う。
ちなみに自分を肯定してくれる人たちのいる環境に身を置くのが、元気になれるシンプルな方法だ。
あと、余談(というか、自分への励まし)
もしあなたが何か行動をして、誰かに「真面目すぎ」と言われ、それが嫌な感じに聞こえたのなら、笑顔で「私が真面目すぎるのではなくて、あなたが不真面目なんですよ」と心の中で返してあげればいいと思う。
(次回の目標:結論を最初にもっていく。目次を使ってみる。内面の話が多い気がするから具体的行動も書きたい)
(1,241文字/1時間50分)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?