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【判例紹介】透析クリニックのスタッフの引き抜き、患者の勧誘が違法とされたケース


1.はじめに


こんにちは。弁護士のあらきんこと荒木優子です。今回は、Twitterで反響のあったクリニックのスタッフの引き抜きと患者の勧誘が違法と判断されて、損害賠償の支払いが命じられた裁判例を紹介します。

2.事案の概要


引き抜きにあった透析クリニックは、雇われ院長A、看護師13名、透析技師3名、事務長1名で構成されており、当時87名の患者が通院により人工透析の治療を受けていました。常勤医師は、雇われ院長Aの1名でした。
雇われ院長Aは、H6年4月から雇われ院長として雇用されました。
同年12月末から職員の退職届の提出が相次ぎ看護師13名全員、事務長1名、透析技師3名が退職するに至りました。
雇われ院長Aは、在職中に開業を計画し、私物のパソコンに患者の住所録等を記録していました。なお、クリニックは看護サマリーや患者の透析回数、曜日、透析液の量、内服薬等のデータも盗用したと主張していましたが証拠が無いとして認められていません。
雇われ院長Aは、患者全員に対して、開業案内の案内状を郵送で送付していました。
法人は、雇われ院長Aが職員の引き抜き、患者の勧誘、更に患者記録の盗用したものと判断し、同年2月にAを懲戒解雇しました。
元雇われ院長Aは勤めていた透析クリニックから徒歩数分という極めて近接した場所に透析クリニックを開業しました。開業時の院長を除いた職員構成は、看護師12名、透析技師4名、事務職員が3名の19名で、看護師12名全員、事務職員1名、透析技師4名は元勤めていたクリニックの職員から転職した者でした。
また、勤めていたクリニックの患者87名のうち47名が一斉に元雇われ院長が新規開院したクリニックに転院しました。
これにより、職員と患者を引き抜かれたクリニックは壊滅的な打撃を受けました。

3.裁判所の判断

裁判所の判断をみていきます。職員の引き抜き、患者の勧誘、患者のデータの盗用についてそれぞれ違法かどうか判断しています。

(1)職員の引き抜き


就業規則には、職員の引き抜きを直接禁止した規程は無く、A医師にも経済活動の自由があるので退職や人工透析をを行う診療施設を開設することは原則として自由でありことを述べて、診療施設開設にあたり有能かつ信頼関係のある看護師等の確保のため勤めていたクリニックの職員を採用することも必ずしも不当であるとはいえない
と前置きしたうえで、
だからといって、「原告(注:元雇われ院長A)がどのような行動をとっても許されるというわけではなく、あくまでも社会的に見て相当といえる程度にとどまることが要求されるというべきである。」
要求される注意義務の程度については、「これを一般的に明示することは困難な面があるが、少なくとも、〇〇クリニックの経営を左右するほどの重大な損害を発生させるおそれのあるような行為は禁止されると解するのが相当であり、原告は、被告との雇用契約上の信義則に基づき、このような行為を行ってはならないという義務を負担しているというべきである。」
と判示しています。
すなわち、独立開業は原則として自由であるし、職員の引き抜きも直ちに不当とはいえないけれども、クリニックの経営を左右するほどの重大な損害を与えるおそれがある行為、端的にいうと行き過ぎた行為は行ってはならないということを裁判所は述べています。

(2)患者の勧誘・転院


患者の勧誘・転院については、裁判所は、患者87名のうち45名が転院し、単純に計算しても、診療収入が半減することになり、その経営に重大な損害を与えたことは明らかであると述べています。
そのうえで、「原告(注:元雇われ院長A)が血液人工透析を行う診療施設を開設することは原則として自由であり、その施設で受診する患者を集めること自体も、社会的に相当と認められる限度においては、不当とされることはない。しかしながら、血液人工透析を受ける者のほとんどが慢性腎不全の患者であるという事柄の性質上、ある診療施設に通院可能な地域の患者数はおのずから限られているのであるから、原告(注:元雇われ院長A)が〇〇クリニックに極めて近い場所に診療施設を開設し、〇〇クリニックの患者に転院を働きかければ、〇〇クリニックの患者が減少し、その経営に影響を与えることは明らかであったというべきである。」
「義務違反の有無は、結局、その行為が社会的にみて、相当なものかどうかによって判断されることになるが、原告(注:元雇われ院長A)の〇〇クリニックの患者に対する転院勧誘にかかる行為は、その意図、態様、被告に与えた重大な影響等前記判示の事情に照らして、右相当性を逸脱したといわざるを得ない。」と判示しています。

このように、患者の勧誘についても態様等が社会的相当性を逸脱したかどうかが判断の基準となり、この裁判例のケースでは相当性を逸脱したと認定されています。

(3)患者の住所録・看護サマリーの盗用


裁判所は、元雇われ院長Aは、患者の転院を勧誘する目的をもって少なくとも患者の住所録を盗用したと認定し、雇用契約における債務不履行を構成すると判示しています。
なお、看護サマリー等の盗用については、証拠がないとして認定されていません。

(4)損害額


・引き抜きにあったクリニックの主張


損害として患者数の減少による診療収入の減少分を主張し、転院した46名の患者の保険請求額から使用した薬品、材料費及び消費税を控除した月の平均額約1556万円を1か月あたりの損害額として主張したしました。

・裁判所の判断


薬品、材料費だけでなく、人件費も控除すべきとし、患者の意思で診療に携わっていた元雇われ院長Aや看護師等の診療の希望して転医した者も存在した可能性や転医後に死亡した患者がいたことなどを総合的にしん酌してクリニックに生じた損害は1か月300万円と認定し、クリニックがもとめる2年分の損害額を300万円×24か月=7200万円と認定した。

4.さいごに

いかがでしたでしょうか。職員の引き抜きや患者の勧誘についても、違法となり損害賠償請求が認められるかどうかは、明確な基準はなく、社会的相当性を逸脱しているかとうかが判断のポイントでした。
今回紹介した裁判例は、多くの方が行き過ぎた事案で社会的相当性を逸脱していると感じたのではないでしょうか。

このように明確な基準や線引きは無いので、診療の際に独立開業を患者に口頭で伝える場合は? 職員の方から先生についていきたいと言われたら?
職員のうち懇意にしている少数の方に働きかけるのは?
など、是非、色々なケースについて考えてみてください。

また、裁判上のルールとして、当事者が請求した範囲内で裁判所が判断するというものがあります。

この事案では引き抜きにあったクリニックは、患者減少による2年間の診療収入減少を損害として請求していたため、裁判所はその範囲内で判断し、認定しています。
そのため他のケースでも2年間に限られるということではなく、また2年分請求できるということでもありません。あくまでも一例として参考に留めていただければと思います。

また、この裁判例では職員の引き抜きによる損害については特に触れられていませんが、これはそもそもクリニックが患者減少による減収を損害として請求していたためであると考えられます。
そのため、他の事案でも、職員の引き抜きによる損害賠償が認められないということではなく、社会的相当性を逸脱する職員の引き抜きによりクリニックに損害が生じれば引き抜きについても損害賠償が認められる可能性は充分あります。

参考になれば幸いです。感想、リクエストなどお待ちしています。

(おわり)


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