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彼らが描いた僕の輪郭――または、バカっぽい話(4888文字)

僕は、えっへん、ときどき女子にモテた。

いつもってわけじゃない、ってことは、まあ実力がない、ってことなんだろけど、海王星の位置がどうたら、とか、そういう「時の配置」により、意味なく、出し抜けにモテ期がやってきて、そして過ぎ去ってゆくようなあんばいだった。

女子にだけじゃなく、「時の配置」により、男子にもモテた。

だなんて書くと、男に惚れられる漢、みたいでちょっとカッコいいけど、そういうんじゃなくて、ジャニーズ系統なオトコに、やはり意味なく、見詰められちゃったりするのであった。

最近は、オトコもオンナも関係ないじゃん、って理解が得られる世の中になってきたわけだけど、僕が若かった頃はそうでもなくて、神保町の交差点で、まるぽちゃのおじさんにウィンクなんかされちゃったりすると、かなりバツが悪かった。

そんなこんなにまつわる話を、2つ、3つ書いてみようと思う。

会社に入って半年か、一年半か、そのくらいの夏。

「日曜くらぶ」のメンバーに見詰められてしまった。

日曜くらぶ、ってのはなにかというと、キー局のIくんが作った、いわゆる勉強会だった。

各種マスコミに勤める男女(というタテマエだったが女性はいなかったんじゃなかったかな)が、日曜の夕方、レンタルスペースに集まって情報交換みたいなことをして、そのあと居酒屋に行ってたらたらと飲んで、テキトーに盛り上がったりしていた。

僕がどういう経緯でそのような会に所属したのか、まったく覚えていない。

その会に、東大を出て、大手広告代理店に勤務していたKくんがいた。小柄で、色白で、茶色い目をした男だった。

Kくんは、社会人になって間もないくせに、シトロエンのAXとBXを所有していた。

AXは小さな車で、パッと見、当時のスターレットと区別がつきづらいようなルックスをしていて、おまけに重ステで、もちろんパワーウィンドウなんて付いてなくて、手動でぐるぐると窓を上下させる類いの車だった。しかも、彼のは地味な銀色。

でも、運転させてもらったら、重ステも、硬いシートも、実にいい具合で、なんか愛らしさしか感じなかった。

当時の僕は、中古で購入した、ゴムサス、キャブレター仕様のローバー・ミニに乗っていたのだけど、Kくんは、僕を、フランス車乗り限定のラリーイベントに誘ってくれた。

気難しいフランス車で、怪しげな男たちが、東京都下の森に終結し、夜営し、翌朝ラリーイベントを楽しむことになっていたのだが、僕はポンコツのイギリス車でそこに乱入し、飲み、歌い、翌朝KくんのAXのステアリングを握らせてもらえた。

助手席のKくんも、僕も、腕時計を外してスタッフに預け、スタートの号令とともに、林道に向けて走った。

規定の時間に、いちばん寄せてゴールした車が優勝――、そういうルールのラリーだった。

AXは十分に速かったので、僕は無駄に牛歩戦術を使い、そのため結果は最下位だったのだけど、Kくんは僕を責めることもなく、

「また走ろうぜ」

と爽やかに――と形容するにはいささか甘ったる過ぎる調子で言って微笑んだ。

それから幾日もしないうちに僕は、またKくんに誘われて、山梨県だったか長野県だったかのキャンプサイトに出掛けた。

東大出身の女子が1名、その人の会社の先輩にあたる女性が1名、Kくんと僕に同伴してくれた。

要するにダブルデートだな、と僕は思った。

東大出身の――、って書くのがまだるっこしいから、以降、東出さんって略そうかな――、彼女はKくんと既知の関係っぽかったから、東出さんの先輩と僕は、Kくんと東出さんのデートをくるむオブラートの役を果たせばよいのだろう、と僕は考えた。

SAでお茶してて、女性2人が化粧室に消えたタイミングで僕は、Kくんに尋ねてみた。

「東出さんとは、もうヤッたの?」

Kくんは、やや曖昧に笑い、でもシンプルに応えた。

「いや、まだヤッてない」

その対話を、まるで漫画みたいだけど、背後の、化粧室から戻った2人に聞かれてしまった。

んーむ、と僕は少し困ったけど、ま、いいか、とすぐに忘れた。

東出さんは、真面目そうなわりには――って差別的な書き方だろうか――、かわいらしい外見をしていたし、性格もとてもよさそうだったので、Kくんのプッシュを応援してあげる気持ち満々で僕はいた。

それに、東出さんが連れてきた東出さんの先輩は、ごく控え目に言って美人だったし、僕より2つだったか年上で、妻には内緒だが、実は僕は年上好きで、だから、Kくんと東出さんをくっつけるためにも僕としては、東出さんの先輩をぴったりくんマークすべしで間違いなかったし、異論もなかった。

――が、そう上手いことはいかないものである。

先輩さんったら、残念ながら、性格が美しいとは言えないタイプの女性であったのだ。

テントを設営するときも手伝ってくれなかったし、ご飯を作るときもたるそうにしてたし、なんか、ちょっと、わがままな感じを醸しちゃっているのであった。

こりゃまずいぞ、と僕は思った。ここはホストに徹しなくてはいけない。Kくんと東出さんに心置きなくくっついてもらうためにも、僕は先輩さんと盛り上がらねば。

とはいえ、ホストってどうやったらいいのかわからない。とりあえず、実家の三毛猫のミーコのような媚び方で、フードをサーブしたりなんかしてみた。

食後、焚き火を囲んで、Kくんと僕はウヰスキーを、東出さんはビールを、先輩さんはミネラルウォーターを飲んだ。

ミネラルウォーター??

と僕は、肩をすくめるような気持ちで思った。

出し抜けにKくんが、東出さんと先輩さんに言った。

「もう、寝たら?」

穏やかなトーンだった。

でも、厳かに響いた。

東出さんは、先輩さんを促し、女性チーム用のテントに消えた。

「夜はまだまだこれからだしさ」とKくんは、僕に向かって言った。「まきをもういくら調達しておかない?」

懐中電灯を手にして僕らは、サイト内の無人の販売所にまきを買いに出掛けた。

「ごめんな」とKくんは言った。

「いや、こっちこそ役立たずでごめん」

と僕は謝った。

先輩さんがつまらなそうにしてたのは、僕に魅力がないからかもしれない――。

そんなふうに僕が言うと、Kくんは、

「まさか」

と僕を見ないで言った。

2抱えずつくらいのまきを抱えて僕らは、焚き火に戻り、またウヰスキーを飲んだ。

炎が、Kくんを、三日月みたいに照らしていて、彼は黙りがちだった。

でもやがて、パチパチいう音に割り込むみたいにして彼の言葉が響いた。

「また来ようぜ」

また走ろうぜ、って響きをトレースしたみたいな言葉だった。

「今度は、女なんかなしでさ」

と言葉は続いた。

見ると、Kくんがこちらを見詰めていた。

もしかしたら、と僕は思った。

オブラートは、僕と先輩さんの役じゃなくて、東出さんと先輩さんの役だったのかもしれない。

その直感が正しかったのかどうかはわからない。

そのあと僕は、Kくんからの誘いを、続けて何度も断ってしまったから。

勤続20年とか、そんな社歴になってから、ある映画の製作委員会で彼に再会した。

パーティー会場で、飲み物を片手に近づいてきた彼は、むかしと同じように、とても優しいトーンで言った。

「元気してた?」

近況を語り合った。

僕は、離婚してしばらく経っていた。

彼は、結婚して、しかし子供はいないようだった。

相変わらずシトロエンに乗っていた。

「僕は今プジョーに乗ってるよ」

と僕が言うと、

彼は、とても満足そうに頷いた。

でも、ラリーにも、キャンプにも、もう誘われなかった。

結局のところ、彼の眼差しがなんだったのか、今も判然としていない――。

さてさて。

すごく長くなってしまっているけど、2つ、3つの例示をしようと思って始めた話だから、せめてあと1つくらいは書いておかなくてはならない。

だから、Hさんのことを書く。

Hさんは、イベントやノベルティを扱う企画製作会社の腕利きのプランナーだった。

地下スタジオでフラッシュを浴びてるグラビアアイドルに比べたってぜんぜん遜色がないくらいの美人だった。

男を美人って形容するのは一般的じゃないかもしれないけれど、大きな瞳も、綺麗なカーブの鼻も、さくらんぼみたいな唇も、笑ったときにそこからこぼれる八重歯も、白い肌も、栗色の髪も、華奢な体つきも、なにからなにまでが美人の基準をクリアしているのだから美人って形容しないほうがおかしい。

かくいう僕も、男らしい外見ではまったくなく、学生時代の友人と2人で男どうしの旅なんてしてると、飲み屋のおかみさんに、カップルさんね、と冷やかされちゃうようなあんばいだったのだが、僕の場合は、単に男らしくないだけで、美人なんかじゃもちろんぜんぜんないのだけど、Hさんは本当に美人で、ユニセックスそのものなので、バーカウンターとかで、うるうるの瞳なんて向けられて、むかし話なんかを囁かれちゃったりすると、なんか、ちょっと、おかしなムードになってしまうのであった。こう、女子会の飲み、みたいな。たおやかな感じになっちゃうんだよね。

そんなHさんとは、仕事で、何回か台湾に行った。

雑誌で提供する「全員サービス」のグッズを作る工場が台湾にあったから。

仕事を終えて、夜、台湾のクラブで踊っていたら、Hさんの美貌に釣られた女子が3人くらい寄ってきて、そのうちの1人が、僕の飲んでいたコロナビールの瓶の飲み口に、自分のコロナビールのお尻を、上から、勢いよく、カチンとぶつけてきたんだけど、そしたら、じゅわあっと炭酸が上昇してきて、溢れそうになり、僕はあわてて飲み口をくわえなきゃならなくなり、笑われて、結果妙に打ち解けて、3人を僕らのホテルに招き入れるみたいな流れになってしまった。

出張旅費を、会社から出してもらっちゃってる夜なのに、なんともけしからんバカっぷりなわけだけど、ずいぶんと飲んじゃってたんだと思う。

3人の女子は、僕に勝るとも劣らないくらいのバカで、実に淫らなことに、部屋で、台湾流のヤキュウケンみたいなことをおっぱじめてしまって、まあ僕もバカだから、最初はまあいいかな、みたいな感じで騒いでいたのだけど、途中で、なんか急に酔いが覚め、白けた気分になっちゃって、だから輪から抜けて、ぼんやり煙草を喫っていた。

そしたらHさん、敏感に僕の気分を察知したのか、オンナ3人に続きを任せて、自分はゲームから抜け、上半身裸のまま僕の隣に来てくれた。

台湾ガールズが、美貌のHさんを呼び戻そうと、うるさく叫ぶ。

なんか、うざいな。

と思う僕の気持ちをHさんは、当時のイチロー選手みたいに抜かりなくキャッチして、で、ガールズに向かって言った。

「今日はもうお仕舞いだよ!」

文句を言う女の子たちを、構わず部屋から追い出してHさんは、

「すみませんでした」

と僕に言った。

すみませんことなんてなにもなかったんだけど、なんか癒されてしまった。

それから2人で地下だったか、あるいは逆に最上階だったか忘れたけど、バーに行って、並んで飲み直した。

Hさんは、自分の子供の頃の話をした。

擦りむいた膝小僧みたいにヒリヒリする類いの話だった。

ホストで1位の指名を取っていた頃の話もしてくれた。

僕はただ、黙って聞いていればよかった。

ジャズの響きが心地よかった。

台湾ガールズのことなんて、とうに僕らは忘れていた。

それから何年かして、Hさんは会社を辞めた。

生き別れだった母親の面倒を、どうしても看なくてはならなくなったからだと聞いた。

電話も繋がらなくなった。

今どうしているのか知らない。

でも、ときどき思い出す。

バーカウンターで、寂しげに、どこかずっと遠くを見ているような目で笑っている彼の横顔――。


――僕は、えっへん、えっへん、ときどき女子にモテた。

そして、ときどき、男子にだって、そう、たぶんモテていたんじゃないかと思う。

女子のことはあんまり覚えてないけど、男子のことは、なにゆえか、妙にはっきりと思い出せるから不思議だ。

なんでこんなことを書いたのかわからない。

たぶん、そんな星回りの日だったんじゃないかな。

あるいは、単純に飲み過ぎたのだ。

いつまで経っても、やっぱり僕はバカなんだと思うよ。

文庫本を買わせていただきます😀!