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さんかんび
「今日の参観チョー楽しみだよな!」
机の上にランドセルを置いていると、前の席のアイツが後ろ向きに椅子にすわり、隠しきれない興奮をあふれさせながらニコニコと僕に話しかけてくる。
「ほんと」
僕もニコニコしながらアイツに笑いかける。
今日は授業参観日。
授業参観は昔からある行事らしくって、お母さんに聞くと
「教室に入ってくるお母さんたちのお化粧のにおいがくさくってねぇ~」
なんて、僕のおばあちゃんのお化粧が濃かったとか、いつもおしゃれなんてしないのに一張羅(派手ってことかな?)の洋服を着てきただとか、普段の鬼婆そっくりな顔つきが仏様みたいににこやかだったとかをコロコロとした声で楽しそうに教えてくれる。
楽しそうに話すお母さんにつられてニヤっとしてしまう僕だけど、よく考えるとおばあちゃんのことディスってない?
まぁ、いつもと違う「お母さん」って不思議でちょっと面白いよね。
僕にドスをきかせた声で鬼のようにお説教している途中、電話がかかってきたらコロッと
「はい~、あら、お世話になっておりますぅ~」
なんて猫なで声になるのも不思議。電話が終わると鬼に戻っちゃうけど、電話の間だけ誰かほかの人に乗り移られてるのかな?電話中は全く怒っているようには見えないんだよね。
むしろ別人。
って、話がそれちゃった。
僕らの時代の参観は、昔とはちょっと違って「双方向参観」っていうんだって先生がこないだ説明してくれた。
僕らが入学した時にはもう導入されていたらしいんだけど、これが使えるのは「秘密が守れる」3年生かららしく、僕たちも今年から始めて使わせてもらえるようになったんだ。
~ キーンコーンカーンコーン ~
おっと、チャイムが鳴ってしまった。早くランドセルを片付けないと。
ランドセルを教室の後ろにある「僕の名前のシール」が張ってある棚に押し込むと、僕は急いで自分の席に走って戻る。
「そういえばさ、オマエ一人っ子だったっけ?」
とアイツが相変わらず後ろ向きに座ったまんまの姿勢で聞いてくる。
「そうだよ」
「だったら、オマエんちの親は今日の参観が『双方向参観』って知ってるのかな?」
「どうだろう?絶対に秘密って言われてるけど、お姉ちゃんがいるあの子は『秘密って言っても絶対にバレるよね~。私だって知ってるし。〇〇ちゃんのお母さんも知らないって言ってるけど、絶対に知ってると思うよ』って言ってたし。うちのお母さんも、井戸端会議大好きだからなぁ~」
「だよな~。俺んちも兄ちゃんの時は知らなかったみたいだけど『もう何回もやってるから緊張感もあんまりないのよね~』って昨日電話で誰かのお母さんと喋ってたしな」
「でも、僕は楽しみ!」
「俺も俺も!」
「しっかり聞いて、『あんなこと言わないでよ!』ってさりげなくクギをさしておかなくっちゃ!」
「だよな!」
「はーい、みんなおはようございまーす」
先生が教室に入ってきたので、僕らはおしゃべりをやめる。でも、ワクワクはどんどんふくらみ続けて、もうパンパンになりそう。
☆
5時間め。
ついに参観の時間がやってきた!
今日は朝から『参観板』の説明もあったし、2時間も使い方の練習もした。みんな自信満々な顔で背中もシャキッとのびていて、目はいつもの5倍はキラキラしている。
「あぁ~、なんだか緊張する~」
「オイオイ、のぞき見する方が緊張してどうするんだよ!」
「見られる方は何を見られているか知らないんだから、緊張しようがないんじゃない?」
「そういやそうか(笑)」
僕もアイツも楽しみで、ニヤニヤが止まらない。
「じゃあ、授業をはじめまーす」
先生の授業開始の声が教室に響きわたる。今日はみんないつもより真剣な雰囲気で授業を受ける。よね。そりゃー。
僕たちの『参観板』は、教室の前にある黒板の、上のほうに隠して置いてあるカメラの映像を映し出してくれる。
タブレットみたいにカメラの向きやズームもちょちょいと変更できるので、見たい人にきちんと焦点を合わせられるし、声だってくっきりはっきりと聞こえるんだ。
これは練習するまではちょっとバカにしてたけど、実際に使ってみたら隣で話をしているみたいにくっきりと聞こえたから、僕もアイツも本当にびっくりした。びっくりしすぎて、だまったまんま顔を見合わせてしばらく固まっちゃったよね。あぁ、びっくり。
授業中、僕はちゃんと先生の話も話半分で聞きながら、お母さんやあの子のおじいちゃんとか、知っている人の顔を順番に見てた。
アイツの後ろ姿がふと目に入り『少しも動かずに授業を受けている姿なんてはじめて見るかも』なんてことを考えていたら、先生が急に
「じゃぁ、この問題を~、、、△△君!」
とアイツをあてたんだ。
でも、アイツは参観板に夢中で先生に名前を呼ばれたことに全く気が付いていないみたい。
僕は慌てて足でアイツの椅子のお尻の部分をつま先で”コンコン”と蹴る。
「ん?なんだよ?」
って、少し後ろを向きながら小さな声で聞いてきたから
「お前、あたってるぞ」
と僕が小さな声で教えたとたん大慌てで立ち上がったもんだから、イスが「聞いてませんでした!」って言ってるみたいな大きな ガタッ っていう音を出してみんなびっくりした。
そのあとすぐに、クスクスという小さな笑い声が教室のあちらこちらから聞こえてきて「あーあ、参観日なのにやっちゃったな、アイツ」って僕は思わず目を伏せたんだ。
そんなことをしてたら、参観板から僕のお母さんとアイツのお母さんのお喋りが聞こえてきた。そういや、さっきおしゃべりをしそうな感じだったから、僕は参観板をお母さんのほうに向けといたんだった。
「△△くん、可愛いわよね~」と僕のお母さん。
「あははー、いっつもあんな調子なのよねぇ~」
いつもの井戸端会議が始まりそう。この調子だと、なんだかなんだと話が飛びながら最後は僕たちの失敗話とか、言ってほしくない事だとか、そんな話ばっかりになるんだよな。ほんと、嫌になっちゃう。
そう思っていると、続きが聞こえてくる
「でもね、あの子ああ見えていろんなことに気が付くのよ。こないだだって、雨が降ったときに一番に洗濯物を取り込んでくれてね~。本当に気が付く子なのよね。」
あれ?いつもと調子が違う。
「そうなんだ~。ステキねぇ~」
「そういう〇君(僕)だって、こないだうちの子が怪我した時に、助けてくれて傷口の消毒までしてくれたみたいで。ありがとうね」
「怪我したっていうのは聞いたけど、そんなことまでしてたんだ。いつの間にかうちの子もしっかりしてきたわねー。そういえば、…」
なんだか違う。いつもだったら笑い話にしようという悪意しか感じない井戸端会議が、謙遜なんて一切ない褒め合いじゃない?!
なんだかむず痒いような気持ちになってきたので、ほかの親たちの会話を聞いてみるとどこもかしこも
うちの子自慢・よその子自慢大会
をしているみたい。
大人の話を聞けるチャンスなんてそうそう無いので、授業中だってことや当てられているアイツの事なんかすっかり忘れて僕は一生懸命耳を傾ける。
一番前のあの子は、こないだスイミングでいい成績をとったらしい
左前のあの子は、お料理が大好きで美味しいご飯が作れるらしい
端っこのアイツは、犬に追いかけられた弟を守ってやったらしい
…
~ キーンコーンカーンコーン ~
授業終了のチャイムがなる。
「それでは今日はこれで終わります!終わりの会をしますので、保護者の方は廊下でおまちくださ~い」
と先生が言うと、保護者はみんなぞろぞろと廊下に出て行き、終わりの会がいつものようにはじまる。
最後に帰りの挨拶をして今日の学校は終わりだ。
帰り道、お母さんたちは先に帰ったので僕とアイツはいつも通り二人で並んで通学路を歩いていた。
「お前、聞いてた?」
なんだかうつむき加減のアイツが僕に話しかけてくる。
「聞いてた。なんか思ってたのと違ったよな」
僕もぼそぼそと返事をする。
「でも、クラスのみんなにいろんな特技があるの、びっくりだよな!」
「ほんとほんと!まさかアイツが?!って話いっぱいあった!」
「俺、アイツの事ちょっとバカにしてたけど、すげーやつだったわ」
「僕もあの子がそんなことに夢中だなんて知らなかった!」
僕らは帰り道、目をキラキラさせながらクラスのみんなの凄いところを、自分たちのことでもないのに、これでもかというくらい自慢しあった。
ものすごく興奮していたから、いつもの帰り道はいつもよりもものすごく短く感じる。あっという間に分かれ道だ。
「じゃぁ、明日な!」
「うん!あ、あと、明日〇△にアレのこと一緒に聞きにいかない?」
「おう!行く行く!行こうぜ!じゃぁな!」
いつも通りだけど「新しい」クラスに僕は早く行きたくて仕方がない。
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