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しあわせのくに

ソレデハ オソウジヲ サセテイタダキマス

午前6時
各区画に取り付けられたスピーカーから聞こえてくる放送をスタートの合図にして、一斉に街の清掃がはじまった。

ここはかつてオーストラリア大陸と呼ばれた場所。
地球上のすべての生きとし生けるものが集結している、地球上に残された最後の希望の地だ。

積もり積もった人類の環境破壊。その影響によって引き起こされた異常気象に見舞われ続けた結果、我々人類を含む生き物が住める場所は今現在、ここ以外には存在しない。

しかし、ここもはじめから安住の地だった訳ではなかった。この地に到達した我々のご先祖が「オーストリア」と当時呼ばれていた大陸全土を当時の最新技術を用いてドームで覆うことによって、人類は自然の脅威から身を守れる安住の地を作り上げたそうだ。


ドームの天井には大空が映し出され、天候もAIによってしっかりと管理されている。

昔は一軒一軒に屋根をつけ、壁をつけ、自然の脅威や強盗犯罪などから身を守るために「家」というものがあったらしい。しかし今はモノはすべて共有財産なので、お互いの視線からプライベートゾーンを隠せる高さのパーティションで個人のプライバシーを守るだけで十分だ。もちろん、寝食する場所には雨は降らないので、屋根などなくても快適に生活することが出来る。

「最後の希望の地」であるこの場所の住人は皆働き者で気持ちのいい人間しかおらず、人同士の醜い争いなどは一切起こらない。そしてそれだけでなく、街の景観も優れた清掃ロボットの働きにより、どこを見ても美しい。ヒト、モノ、全てが理想的かつ完璧な場所である。

ここは「最後の希望の地」であり「最後の楽園」なのだ。


“ヴィーンヴィーン“

清掃ロボットの音が聞こえはじめた。
今日もいつものように、街の清掃ロボットが隣の区画まで到達したようだ。
隣に住んでいるエドは昔から働き者で「仕事人間」という言葉がピッタリな男だ。
ただ、エドは何でもかんでもパーティションの中に持ち込むので、彼の区画は毎日の清掃があるにもかかわらず、いつもモノで溢れている。なので清掃ロボットはエドの区画で四苦八苦しているようで、他の人の区画より掃除にかかる時間はいつも長い。

私のところに来るまであと15分はかかるかな。

そう考えた私は、テーブルの上にあった読みかけの本を手にとり読み始めた。


“ヴィーンヴィーン“
予想通り、ちょうど本を読み終わる頃に清掃ロボットは私の区画へと入ってきた。

「今日もよろしく頼むよ」
返事が無いとわかっていても、私はついつい清掃ロボットに挨拶してしまう。


“ヴィーンヴィーン“
隅の方からから順番に、いつも通り2台の清掃ロボットが忙しなく区画の中を整理整頓していく。
最後にゴミ回収ロボットが、隅に積み上げられた不用品に分類されたゴミを回収して掃除は完了だ。

“ヴーンヴィーン“
今まで聞いたことがないような大きな音を立てながら、1台のロボットが私の視界に入ってきた。

なんだ?いつものより大きいな。

どこかの区画で大きなゴミでも出たから、今日は大型のロボットが出動しているのだろうか?

「じゃあ、よろしく頼むよ」
私は特に深く考えることもなく、この大きな清掃ロボットにも挨拶をした。

ゴミ回収ロボットは部屋の隅に積み重ねられたゴミを吸引口で一気に吸い上げると、吸引パワーを落とす。

はずだった。
いつもならパワーを落として区画内の埃を吸い込むはずなのに、今日は吸引パワーを落とすことなく区画の中のゴミを片っ端から吸い込み続けている。

「どうしたんだい?」
不思議に思い、私がゴミ回収ロボットに声をかけて近付こうと思った瞬間、ゴミ回収ロボットは勢いよく私に吸引口を向けた。

「なっ!?」
吸引口のロックオンから急いで逃げようとしたけれど逃げきる事ができなかった私は、回収ロボットに物凄い力で吸い込まれてしまった。



「イテテテテ」
真っ暗な世界に突然落とされた私は、その場所から動けずにしばらくじっとその場に座っていた。ゴミ回収ロボットに吸い込まれた際、しこたま打ちつけた腰がジンジンと痛む。

痛みが治まってきた頃、私の目もこの暗闇に慣れてきた。ゆっくりと辺りを見回すと、周りに座っている人の影がいくつか確認できる。どうやら吸い込まれた人間は私だけでは無かったようだ。

「あの、すみません…」
私は1番近くにしゃがみ込んでいる、ウェーブのかかった長い髪の女性と思われる影に話しかけたが返事は返ってこない。
「…」

「あの、大丈夫ですか?」
「…」

「このロボット、故障してるんですかね?」
「…」

「管理センターで、この異常事態は把握されてるんでしょうか?」
「…」

「いつかここから出れるんでしょうか?」
「…」

「…」
「…」

話しかけてもうんともすんとも言わない隣の人影。さらに暗闇に目が慣れてきた私は話しかけていた人の顔をじっくりと眺めた。女性かと思ったその人の顔には手入れされていないぼさぼさの髭が生えている。どこか遠くを見ているような虚ろな目をしている彼からは、アルコールのニオイがした。

いくら話しても返事は返ってこないことを察した私は彼と話すのをやめ、少し離れた場所に居る人影に話を聞こうと足を進めた。しかし、次の日と影に向かって歩いて行く途中、私は突然足元に空いた穴に吸い込まれるように落下していった。

「!?!」
地面に到達する時は物凄い衝撃が来るだろうと身構えていたが、その予想はすっかりと裏切られる。何かとんでもなく柔らかいものの上に落ちたらしく、拍子抜けするくらい痛みもなにもなく着地した。

上を見上げると落ちてきた穴らしき影は見当たらない。それどころか、いつも見ていた青空とは似ても似つかない溶岩のようなオレンジ色の空が広がっていた。


ここはいったいどこだろう?

私は空から目を離し左右を見回した。すると、私の周りには同じ回収ロボットに吸い込まれたであろう人間が5〜6人、みんな同じようにオレンジ色の空を見上げていた。

私はみんなの顔を順番に見ていく。あの子は学校へ行けない子。あの人は毎日酒浸りだという噂の人。こっちの人は辛い事がありすぎて、ずっと区画から出られず臥せっていた人。あっちの人はこの間余命宣告を受けるような重い病気を患ったという話を聞いた。

あの人は……そう思い出していると、その中の一人が不意に「あっ」と大きな声を上げて空を指さした。

指差している方向に目を向けると、そこにはさっきまでなかったはずの紫色の大きな文字がネオンサインのように禍々しい輝きを放っていた。

“ようこそ空調施設へ!
   怠け者(ゴミ)のみなさん!“

“生産性の無いアナタたちに
   ピッタリなお仕事です!“


怠け者?
ゴミ?
何かの間違いだ。
私たちは怠け者(ゴミ)なんかではない。

私は少し歳をとって昔のようには動けないだけ。

それに彼等だって決して怠けているわけでは無いのに。


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