2/15:だっこ
「岳、だっこしてください」
見上げてきたしぐれが、両腕を伸ばして言った。朝食の後片付けをしていた時で、岳の手は丁度ビショビショに濡れていた。
「後でな」
そう応えると、しぐれはリビングのこたつに戻って行った。
「岳、だっこしてください」
見上げてきたしぐれが、両腕を伸ばして言った。乾いた洗濯物を畳んでいた時で、岳の手は小さな着替えの選別でいっぱいだった。
「後でな」
そう応えると、しぐれはこたつに入ってテレビをつけた。
「岳、だっこしてください」
見上げてきたしぐれが、両腕を伸ばして言った。入浴のために浴室を洗っていた時で、岳の手は泡付きスポンジと放水中のシャワーを握りしめていた。
「後でな」
そう応えると、しぐれはまたリビングに戻って行った。
「しぐれ、風呂に入るぞ」
風呂が沸く間に日報をまとめ、岳はしぐれに声をかけた。
「後でですね」
大して面白くもなさそうに眺めているテレビ画面から視線も離さず、しぐれが応えた。
「後でじゃない。今だ」
「ずるいです」
「何がだ」
「岳はすぐに、あとで、って言うじゃないですか」
こちらも見ないで言うしぐれに、岳は息ごと言葉を飲んだ。
思い当たることしかない。朝も、昼も、夕方も、「後で」と言ったのは確かに岳の方だ。
「言いたいことはありますか?」
「……抱っこさせてください」
「はい!」
ぴょんと音がするように立ち上がったしぐれが、両腕を伸ばしてきた。
岳は膝をついて、そっとしぐれを抱き上げた。
(NK)
いただいたらぶ&サポートは、たっぷりの栄養として、わたくしどもの心とおなかを満たすことでしょうー