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2/18:ぼう

 その日は少し遠出した岳としぐれは、自然たっぷりの大きな公園に来ていた。風は冷たいがいい陽気で、散策を楽しむひとたちが結構いる。

 早々に手袋と帽子を脱いで岳におしつけたしぐれは、遊歩道をどんどん歩いていく。整備された遊歩道に沿って植えてあるのはツツジのようだ。

「急ぐと転ぶぞ」
「ころびませんよ」

 声をかけてもお構いなしだ。いつもと違う場所に興奮しているのかもしれない。こたつの虫になられるよりは健康的である。

 岳はしぐれの後ろをついてあるくことに専念した。
 ゼンマイで動くおもちゃみたいな勢いで右に左に、茂みをのぞいたり木々の向こうの水場を見たり、しぐれはとても忙しそうだ。

 街中にいるとわからないが、立木の枝にも春の芽吹きの気配があって、あちこち見たくなるのはわかる。春に向かっていくのを感じるのは、おそらく、生物が持っている原初的な喜びだ。

 と、妙に詩的なことを考えている自分も、久しぶりの開放感に浮かれているのだろうと、岳は笑った。

「岳! みてください!」
 しぐれが振り返った。
 手には小さな枝がある。

 洋の東西を問わず、散歩に出かけた際にお気に入りの木の枝をくわえて歩く犬というのは結構いるらしい。子供もそうだ。小学生の頃、岳は比較的郊外に住んでいたので、通学路で毎日違う棒っきれを手にいれては持ち歩いていた。折れた枝が多かったが、時々、粗大ゴミだったと思われる傘の柄なんかもあった。

 人は、その棒っきれをこう呼ぶ。

 いいカンジの棒、と。

「……お前も、ついに手に入れてしまったか」
 思わず呟くと、しぐれは一瞬きょとんとして、それから、キシシと笑った。


(NK)

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