見出し画像

2/28:がくのぼり

 朝の体重計測を終えたのに、しぐれが仔猫のままでいる。

 なるほど。
 今日はそういうターンか。

 岳は特に追求はせずに家事任務に移ることにした。
 掃除、洗濯、食器類の片付けを終えたら散歩兼買い物に出かける予定だ。作戦行動に遅れは許されない。
 しぐれの着替え一式はソファの上に用意しておいた。
 気が済んだら自分で着るだろうし、手に負えなければ「岳、お着がえしたいです」と声をかけてくるはずだ。

 が。

 体重計を片付けた岳の足の上に、仔猫が居座っている。まさしく足、足の甲のところだ。甲から足首あたりを背もたれにして、腹の毛繕いをしようともだえている。

 生後二ヶ月程度の仔猫は本当に小さい。そしてとても軽い。岳が一歩踏み出したら、間違いなく弾き飛ばされる。
 つまり、動けない。

「……しぐれ、動けないんだが」
 言ってみたが、しぐれは腹だか胸だか、とにかくぽんぽこの毛を舐めようとじたばたしている。

 かわ、いや、平常心。
 岳は軽く天井を仰いだ。

 仔猫の身支度、一時間も二時間もかかるものではない。気が済むまで待つしかないかと、観念した。
 その時だ。
 まるで見計らっていたかのように、しぐれが「みー」と鳴いた。

 目を開けてちゃんと見ると、しぐれが岳の足の甲で立ち上がっていた。後ろ足だけで、前足はズボンの裾にひっかかっている。

「爪がひっかかったのか? 少し待、おい、しぐれ?」
 待てと言い終わるより早く、しぐれが動き出した。

 ひっかかっていた右前足はそのままで、左前足が伸びた。
 右、左、前後、時々ぐらぐら。
 これは、登ってくる気だ。

「おい、危ないぞ、よせ、よしな、痛っ!」

 ジーンズ生地を貫いて、細い針みたいな爪が肌に刺さった。ざっくりいかれるより、ちくっと刺さるほうが地味に痛いことはある。

 落ちたらどうしようと思うと、ついつい背中が丸くなる。適宜刺さる爪が痛い。
 しぐれは岳の混乱を無視して、ずんずんよじ登ってくる。意外に速い。

 ベルトのところまで来たところで、しぐれがまた「みー」と鳴いた。
 岳は手を差し出して、小さな尻を支えてやった。


(NK)


いただいたらぶ&サポートは、たっぷりの栄養として、わたくしどもの心とおなかを満たすことでしょうー