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2/7:ながぐつ

 マンションの狭い玄関にはシュークロゼットがちゃんとある。
 入っているのは岳の靴は二足、スニーカーと革靴。しぐれのものはたくさんある。
 気がついたら増えていた。
 増えたといっても重量は大したことはないはずだ。一足ずつがとんでもなく小さいから。

「またそれか。今日は晴れてるぞ」
「現在の気温七度、微風。晴天ですね」
「……午後から雨が降るのか?」
「気象図およびしぐれのお耳のところの気配からすると、まず降らないと思いますよ」
 耳のところの気配っていうのは、アレだ。猫の天気予報だ。
 顔を洗う時、耳の後ろから擦っていると雨が降ると言う言い伝えは案外当たっているらしい。
 しぐれの天気予報の確度については、まだ未調査だが。
「じゃあ、長靴はいらんだろう。昨日も晴れてたぞ」
「岳」
 玄関に座り込んだしぐれが顔を上げた。
「そういうもんだいじゃないんですよ」

 やれやれ、仕方のない。無粋っていうもんですよ。
 声に出てないところまで聞こえた気がして、岳は思い切り苦虫を噛み潰した。

 長靴っていうのは雨具で、足元が悪い時に履くものだ。
 このゴム面積でいったいどれくらいの雨がしのげるというのだ。突っ込まれるのもごくごく小さな足だが、ちゃんと濡れずに守ってくれるのか信じられたものではないと思う。なにしろ、岳の手のひらに揃って載ってしまうくらいなのだ。
 そもそも雨の日は外出を避けるし、どうしても出るときにはレインコートを着せた上で岳が抱っこするから、長靴の真価が発揮される日はない。
 ならどうして買ったのかというと、お地蔵さん通り商店街にある靴屋の前で、しぐれがどうしても欲しいと言ったからだ。

「……じゃあ、どういう問題だというんだ」
「おしゃれです」

 自分で黄色い長靴を履いたしぐれは、おすましして言い切った。


(NK)


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