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2/16:けいとだま

 お地蔵さん通り商店街にはいろんな店がある。
 とはいえ、日常的に買い物する店はだんだん決まってくるものだ。店の数があるだけに、通りかかるだけの店舗というのも少なからずある。

 しぐれが立ち止まったのは、そういう店のひとつだった。

「岳、ここは何のお店ですか?」
「手芸用品店だな」
「はいってみたいです」

 岳は思わず店を見上げた。
 敷居が、高い。

 いや、もちろん、物理的にはバリアフリーと言っていいくらいの敷居だし、自動ドアはちゃんと働いている。ガラス壁越しに見える店内は明るく清潔そうで、きちんと整頓された棚も確認できた。

「こんにちは、お店の中をみてもいいですか?」

 岳が躊躇ったわずかの隙に、しぐれは自動ドアを踏んでいた。
 レジのあるカウンターの向こう側で編み物をしていた女性が顔を上げ、にこっと笑って「どうぞ」と言った。

 撤退はない。
 岳はしぐれの後にそっと店に入った。
 しぐれはきょろきょろと店の中を見回して、すぐにカウンターに近づいていった。

「それは、何ですか?」
「編み物だよ。手袋を編んでるの」

 女性店員は手を休めて、編みかけのものをしぐれに見せてくれた。しぐれは目も口も丸くした。

「ふわふわの毛糸ですね」
「モヘアっていう種類なんだよ」
「ヤギの毛ですね」
「すごいねえ! よく知ってるね!」

 ぱっと笑顔になったしぐれの視線は毛糸に向いている。あれは欲しいと思っている顔だ。
 そういえば、「猫と毛糸玉」は冬の季語だ。

 ふわふわの毛糸はグレーで丸い。
 ちょっと仔猫のしぐれに似ている気がする。

「……その毛糸、ひとつください」


(NK)

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