2/23:スパイ
現在時刻〇二〇二。脈拍、呼吸、体温すべて異常なし。熟睡。
素早くチェックした金色の瞳が暗がりで光る。訓練を積んだ情報将校といえども、ミューミントの本気の前では赤ちゃんのようなものである。
灰色の影が跳ねた。
暖かいベッドは魅力的だが、今はそれより優先するべきことがあるのだ。
二月の深夜であるが、エアコンとオイルヒーターのあるマンション内はどこも温度湿度は一定に保たれていて快適だ。
フローリングを進む灰色の影。
もちろん、物音のひとつもしない。気配もない。
ミューミントとはそういうものだ。
油断している人間の懐に入り込み、命じられた機密情報を手に入れてくるための能力に秀でているのだ。
灰色の影がキッチンに入り込んだ。
訓練の成果か、元から几帳面なのか。キッチン内はよく整頓され、掃除も行き届いている。
ふぅんと、冷蔵庫が小さく鳴いた。
金色の瞳を一瞬眇めた灰色の影が音もなく跳躍した。次の瞬間、細い光がキッチンの闇に漏れる。
――冷蔵庫が開いたのだ。
× × ×
今朝はおにぎりと豆腐の味噌汁。献立を毎日考えるのは本当に大変なことだが、しぐれに食物アレルギーがないのが幸いだと岳は思っている。
指先で握るおにぎりの具は時雨煮だ。
幼児かつ仔猫であるしぐれの健康のために、時雨煮は一日三グラムと決めている。
岳は冷蔵庫を開けて、時雨煮を保管してある容器を手に取った。しぐれお気に入りの味は、行きつけのスーパーの店内調理のお惣菜だ。調理担当者まで名指ししてくる程度にこだわっている。
「あれ?」
「どうしたんですか、岳」
思わず出た声に、コップを持ってテーブルに出そうとしていたしぐれが顔を上げた。
「もうちょっとあると思ってたんだが」
「毎日食べてるんですから、なくなるのは当たり前ですよ、岳」
しぐれはいい笑顔でそう言った。
たしかに、しぐれの言う通りである。
「今日のシフト、林さんがいるといいんだが」
「おととい、森口さんとおやすみをかえっこしたって言ってましたよ」
どこから仕入れてくるのか不明だが、しぐれはあのスーパーのシフトを完璧に把握しているのだ。
岳はやれやれと肩をすくめた。
(NK)
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