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近現代史・地政学(My favorite notes)

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近現代史・地政学をテーマにしたお気に入り記事をまとめています。スキさせて頂いただけでは物足りない、感銘を受けた記事、とても為になった記事、何度も読み返したいような記事を集めました…
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#日本海軍

日本海軍発祥之地「美々津」を訪ねて

今回は、宮崎県北部の太平洋に面した日向市美々津町と、日本海軍発祥にまつわるお話となります。 美々津(みみつ)という地名は、その昔、神武東征(注1) 御舟出の港として御津(みつ)と呼ばれていたことに由来するそうです。   (注1) 神武東征については、こちら☟ 日本海軍発祥之地 神武天皇の皇軍は、現在の宮崎市にある皇宮屋(こぐや)(注2) を発ち、日向市にある美々津の港から船に乗り、瀬戸内海から紀伊半島方面を目指しました。 (注2) 神武天皇が東征するまで過ごした宮居の跡

周防大島の「陸奥記念館」を訪ねて

かなり前になりますが、「瀬戸内のハワイ」と呼ばれる周防大島を訪れた時のお話です。   周防大島が何故、瀬戸内のハワイと呼ばれるかといいますと、ハワイさながらの美しい海もさることながら、明治時代に日本とハワイの間で結ばれた官約移民(注1) という制度下で、周防大島から大勢の出稼ぎ労働者がハワイに渡り、その後、帰国した人たちがハワイで触れた文化や風習を周防大島へ持ち帰ったのが謂われのようです。 (注1) 官約移民とは、条約に基づき政府の斡旋にで行われる移民のことで、1886年の

戦艦大和と軍港「呉」の歴史

昨年12月、真珠湾攻撃から80周年ということで、ハワイ・オアフ島において追悼式が催されたほか、ドキュメンタリーやドラマなどの特番が相次いで放映されました。   真珠湾攻撃では、航空機によってアメリカ太平洋艦隊に大打撃を与えました。その華々しい戦果の裏側で、密かに建造が進められてきた巨大な軍艦が就役します。それは、東洋一の軍港と呼ばれた「呉」で建造された史上最大の戦艦「大和」でした。   海軍航空隊は、ハワイ・オアフ島の真珠湾に停泊中だったアメリカ太平洋艦隊の戦艦4隻を撃沈、3