泥まみれの人生はもったいない?

【勿体無い(形)】(広辞苑調べ)
①使えるものが十分に活用されない状態を惜しいと思うさま。
②過分の気遣いや行為に対して恐縮し、ありがたいと思うさま。おそれ多い。かたじけない。

「この人は自分にはもったいないくらいの人だ」
_____この表現の場合は、②の意味かな。



最近久しぶりにマッチングアプリを
インストールしてみた。
今までに2、3回ほど
試してみたことはあるのだけど、

・すぐに結果を出したがる
・無駄に警戒心が最強
・何故か勝手に自爆する

そんな私には全く向いておらず、
大体いつも1ヶ月くらいでおしまい。
とりあえずアカウントは残しておいて
ログアウトだけしてちょっと休むとかではなく
"アカウントごと抹消し
全てをなかったことにして終了!"
それがお決まりパターン。

今回もどうせそうなるかなあー、
とか思っていたけど
なんかちょっといい感じなのです。
占いがベースのアプリだからかな。
下手な自己紹介をしなくても
占い結果が私をうまいこと説明してくれるし、
多少のメンヘラ発言をしてしまっても
"私の性格的にそれは仕方のないことだ"
と占い結果が私をフォローしてくれる。
なんとまぁこじらせ女子にとっては
大変ありがたいマッチングアプリだこと。

マッチングアプリでは
皆さんご存知の通り
プロフィール写真とプロフィール文が命。
写真はまあそれなりに良いのがあるから
なんとかなるのですけれど、
問題はプロフィール文ですよ。
こんな風に好き勝手に
とめどなく文章を綴ることは
間違いなく私の幸せだ。
でも、
マッチングアプリでいいねをもらえるような
多くの男性に好印象を持ってもらえるような
そんな文章を書くのは本当に苦手。
私は気を抜くとどうしても
こんな風にこじらせ女子感満載の文章を
長々と綴ってしまうのですから。
マッチングアプリでそんな文章を書いてみろ、
永遠に誰からもいいねをもらえず
「やっぱり私には恋愛なんて無理なんだ」と
余計にこじらせて終了だよ。目に見えてる。
なので、出来るだけ簡潔に、
あえてどうでもいいことだけ書いている。
ハンバーグが好きです、とか(笑)
でも今回は、
私の大切にしている言葉も書いてみた。
ハンバーグが好きなのは本当だけど、
それしか書かなかったら
自分らしさが1ミリもない
つまらない文章だなと思って。

「お互いがお互いのことを、
"自分にはもったいない人だ"
と思えるような関係を築いてみたいです。」

私はこんな感じの言葉を
たぶんどこかで見たか聞いたんだと思う。
でもそれがいつのことなのか、
どこでのことなのか、
正確にはどんな表現だったのか、
本当にまったく思い出せない。
ある意味、
"誰かから無断で借りてきてしまった言葉"
だと言える。
でも、これほどまでに
私がずっと抱えている
寂しさみたいなものを癒す言葉は、他にない。
だから、私の"大切にしている言葉"として
大事に使わせてもらっている。
_____私は、人生の中で
たった一度でいいから、
"自分にはもったい人くらいの人だ"と
誰かにそう思われてみたいし
誰かをそう思ってみたい。

私は、誰かから借りたその大切な言葉を
いい意味でしか捉えたことがなかった。
そんな風に思ってもらえたら
どんなに幸せだろうかって
そう思ってきた。(今も思っている。)
私のプロフィールを読んで
「いい言葉ですね!」って言って
いいねをくれた男性もたくさんいた。
でも、人によっては、
その言葉を良い表現だとは
思わないみたいだ。
二人の関係性を相対的に見ている
という点で。
たしかに、相手を褒める為とはいえ
自分を下げて卑屈になっているわけだしね。
(自分にこの程度の人はもったいない、
自分にはもっと良い人がいる、
もしかしたらそんな風に
相手を下げる意味で
その言葉を捉える人もいるのかもしれない。
そう捉えるのであれば
広辞苑で調べた①の意味かな。)


「どっちが上かという泥沼にはまらず、
健全な関係を作っていくのは、
どんなに困難なことか。
でも、目指すならそれをやるしかないのです。

(雨宮まみ「女子をこじらせて」p.243)

"雨宮まみ"という女性の存在に出会い、
彼女のこの言葉を初めて読んだときからずっと、
私は何故だかふいに
この言葉を繰り返し呟いてしまう。
_____目指すなら"それ"をやるしかないのか、と。

彼女の言葉を意識するなら、
私がマッチングアプリのプロフィールに
書いたような関係性は
健全な関係だとは言えない。
"自分にはもったいない"と思ってしまった時点で
彼女のいう"泥沼"にはまっているのだから。

自分を下げたり(あるいは相手を下げたり)
しなくても、
自分の愛する人を素敵な人だと
お互いが「ただ」思うこと。
そう思うことに、
比較も謙遜も卑屈も傲慢もない。
それが、それこそが彼女の言う
健全な関係なのだということは分かる。
分かるけど、
私は、もうちょっとだけ
不健全な関係を求めていたい。

だってさ、
不健全よりは健全な方がいいと思うけど、
不健全だから不正解だとは思わないから。

今の自分はそう思うのだから、
今はそう思う自分を尊重して生きていく。
誰かとの健全な関係を求める前に、
自分との健全な関係を、ね。

誰でもいいから抱いて欲しくて
飲みたくもない酒を飲んだ夜があった。
彼女がいて私と付き合う気のない男に
処女を捧げた夜があった。
連絡が途絶えたセフレに一目会いたくて
知らない街を泣きながら2時間歩いた
あまりにも寒い冬の夜があった。
あぁ、そのときは何にも見えてなくて
全く気づいていなかったけど
私はひたすらに自分を下げ続けていたんだな。
そんな不健全な関係によって拗れた日々を
少しずつ過去にすべく、
自分の女性としての価値を探しながら
ひたすらひたすら歩き続けた。
だいぶ遠いところまできたから
その日々も、もうすぐ完全に過去になるだろう。
でも、いまのこの時間。
拗らせた日々が過去になる直前のこの時間を
もう少しだけ抱きしめていたい。
抱きしめて、抱きしめて、
こんな風に言葉にして、
"不健全はもういいよね"って満足して笑えたら、
健全な関係を求める旅に出ようと思う。
雨宮さんのいう、
"それ"をやってみようと思う。

みんなに聞いたら、
誰かのことを「自分にはもったいない人だ」と
そう思ったことがある人は
案外たくさんいたし、
可愛くて可愛くて
拗らせたことなんて
一度もなさそうな子でさえも、
そう思ったことがあるらしい。
なんだかんだみんな
しれっと"泥沼"にはまりながら
生きてきたのね。笑

私はみんなより
"泥沼"から抜け出すのが遅いだろうけど、
みんなの知らない間にしれっと抜け出して、
抜け出したときのその喜びを
またこんな風に言葉にしようっと。
その記事が、
泥沼から抜け出そうともがく誰かを導く
光になりますように。



「早く泥沼から抜け出さないと
人生もったいないよ!」
って言われることが多々あるかもしれない。
でも
「大丈夫!先に行ってて!
いつになるかわからないけど
必ず抜け出すから!」
泥まみれの笑顔でそう答えられたら
オールオッケー!

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