葉桜

短いこの時間を惜しむかのようにシャッターを切る。

桜色に色づいた花が散る。

木を鮮やかに染める緑色を見上げる者はぐんと減る。

果たして人々は覚えているのだろうか。

そこに、《春が来た》と《美しい》と眺める花が咲いていたということに。

かくいうわたしも桜の木だと認識するために呼び起こすのは桜色に色づく木の記憶。

さまざまな木々に同化するようにして姿を消す桜の木。実際はそこにしっかり根を張って存在し続けているというのに。

彼ら彼女らの声が聴けるとしたら、どんな言葉を伝えてくれるのだろうか。

どうして花ばかり愛でるのか、といった嫉妬心だろうか。それとも、包容力がある脇役のごとく桜の木を立てるのだろうか。はたまた、わたしはわたしと自己を確立しているのだろうか。

《葉桜》という言葉は季語になっているが、花が散って葉桜になってしまったという惜別の思いと、若葉を愛でる思いが交錯している言葉らしい。

青空を背にして桜色が咲き誇っているときにはそちらにしか目が行かないが、ふと見上げた生き生きとした若葉も青空に映えている、と、わたしは思う。思いが交錯しているかどうかは定かではないが、桜が散った今、若葉の美しさを愛でる思いがわたしのなかで優勢になっている。

少し前のわたしであれば、桜＝桜色の花、という認識が強かったであろう。しかし、今は若葉の姿にまで意識が及んでいる。これが大人になったということなのだろうか。それとも、感性が豊かになったのか、視野が広くなったのか。どれが正解なのかは分からないが、ただひとつ実感していることは、桜＝桜色の花、という考えを抱いていたときよりも《楽しい》《嬉しい》と感じる瞬間や時間が増えたということだ。

感性に正解や不正解はないと思う。

ただ、もし鮮やかに色づく若葉たちのなかに、桜色に色付く花々に嫉妬心を燃やすものがいたならば、わたしから伝えられることはある。

わたしはちゃんとあなたの美しさを知っているよ

と。

2024.05.04 みどりの日によせて