恐怖の歯磨き粉

 どのご家庭にも、「なんかわからないけどこれだけは昔から変わらないんだよな」というものがあると思っている。
 醤油はこれ一筋、調味料の中でもこれだけは欠かしているのを見たことがない、お茶だけはここから取り寄せたものしか飲まない……など、家の中を見ると、「そういえばうちの○○はこれ以外に見たことない」と思い当たるものがひとつやふたつあるのではないだろうか。
 我が実家にも、それに相当するものがいくつかある。その一つが歯磨き粉だ。

 実家に住んでいた時は、日用品が補充されるタイミングを知らなかった。気づけば足りない分は補填されていて、無くなったことに気がつくこともほとんどなかった。せいぜいトイレットペーパーくらいだろうか。常にトイレに置いてあって、減りが目に見える分無くなりかけていることに気づけるほぼ唯一の消耗品。私は随分親に甘えてぬくぬくと生きていたと思う。
 こと歯磨き粉は、使っても使っても湧いてくる不死身の敵くらい切らしているのを見たことがなかった。
 どこから調達してくるのかわからないが、物心ついた時からずっと同じ歯磨き粉が洗面台に置かれていた。買い物に着いて行く、あるいは連れて行かれる先にはドラッグストアもあったが、そういえば洗面台下の棚にストックされているあのパッケージはどこの店でも見たことがない。
 唯一見たことがあるのは、母の実家だった。

 少し遠方にある母方の祖父母の家は広くて面白く、幼い頃は部屋という部屋、棚という棚を暴いて回った記憶がある。
 その家荒らしの最中、ある棚から大量の歯磨き粉のストックを見つけた。
「あ、うちのとおんなじやつだ」
 そう思ったことを鮮明に覚えている。
 そういえば母方の実家の洗面所に置いてあった歯磨き粉も家のと同じ。聞けば、歯磨き粉の入手経路は母方の実家経由だったそうだ。
「歯磨き粉くらい買ったらよくない?」
 もう少し分別のつく年齢になってから、そう思ったのもよく覚えている。
 ただ、親というのはいくつになっても子どもは子どもという感覚なのだと思う。父方の祖父母も母方の祖父母も、遊びに行くたびにいろんなものをくれた。

 大学進学を機に上京し、一人暮らしを始めた。例に漏れずいくつになっても親にとって私はいつまでも子どもで、時折仕送りとして食品類を送ってくれていた。その中に、例の歯磨き粉が入っていることもあった。
 それが、なんとなく嫌だった。
 遅い反抗期なのか、自力で生きたいという反骨精神なのか、「自分が使うものは自分で決めたい」という意識の芽生えからだろう。この気持ちは未だ根強く私の中にあり、いろんな理由をつけて親からの仕送りを断っている。

 大学時代の長い夏休み。その長期休みは1ヶ月ほど実家に帰省するのが毎年恒例となっていた。
 バイトもなければ友達もおらず遊ぶ予定もない。おまけに家事の手伝いすらもほとんどしない。明け方まで起きて、昼過ぎまで寝る、穀潰しのような生活を送っていたある朝(昼)。起きてまず歯磨きをする習慣のある私は、一人きりの実家でぼんやりと洗面所で歯を磨いていた。
 歯磨きは手持ち無沙汰だ。本当に暇だったのだと思う。その洗面所で一番情報量の多かった歯磨き粉を手に取り、チューブの裏面の記載を眺めながら、謳われている効能に「嘘つけ」と思っていた。成分を読み尽くし、製造販売元に目をやり、ギョッとした。
 悪質なネズミ講で大問題になった某団体のロゴがはっきりと書かれていたのだ。
「うわ……」
 引いたのと同時に、まず親が心配になった。マルチに引っかかっていやしないだろうか。ネットに疎く、知人の頼みをあまり断りたがらない母はマルチ商法の恰好のカモになりかねない。
 親が帰宅した後、一応聞いてみた。

「歯磨き粉ってさ、どこで買ってるの?」
「おばあちゃんにもらってるよ」
「おばあちゃんが買ってるの?」
「○○おばさん(大叔母)にもらってるみたいだよ」
「ここ××(団体名)みたいだけど、大丈夫なの?」
「そこまでは知らない」

 なんとも無責任なやり取りだとは思うが、私にはどうしようもない。なんせ大叔母とはさまざまな都合から今は会うことすらできないでいる。わかっていたとしても、たぶん母にもどうしようもできないことだったのだと思う。ただ、ひとまず実母がマルチに関わってるわけではないことに安心したと同時に、やはりその歯磨き粉への嫌悪感は一人立ちしたんだぞという反発を上回って膨らんだ。
 物心ついた時からずっとお裾分けのお裾分けでストックを切らさなかった怖い歯磨き粉は、一人暮らしをした今、店で見かけることもなければ、もし見かけたとしても絶対に買おうとは思わない。自分が生活するうえで使うものは当然自分で選びたい。私は今NONIOシリーズを愛用している。

 先日、母が私の元へ遊びに来た。私に会いにというよりも、観光ついでに私の顔を見に来たくらいの温度感だったと思う。宿代も浮くし。
 母はひとつ、置き土産をしていった。
 あの歯磨き粉だ。
 ご丁寧に新品の箱入りを開封し、一度だけ使って私の家に置いていった。
 タオル類は我が家のものを借りるつもりで来ていたのに、何故歯磨き粉だけないと思ったのだろう。あの歯磨き粉じゃないと嫌な理由があるのだろうか。もしそうなのだとしても、ほぼ新品とはいえ歯磨き粉を置いていかれるのは結構ありがた迷惑だ。というかありがたみがひとつもない。持って帰ってほしかった。置いてあるのが正直嫌だ。歯ブラシより嫌だ。
 今使っているNONIOがなくなったら、新しいものを買いに行くと思う。それくらい、あの歯磨き粉は怖い。

 マルチ商法に引っかかっているのとは少し違うのかもしれない。けれど、生活の何気ないところが絶対的に支配されている点ではやはりマルチ的なのかもしれない。
 恐怖の歯磨き粉は、ひっそりと私の家の洗面台に眠っている。
 

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