地平線 (小説)11

「あい君!」 真夏と尚香がほぼ同時に叫んだ。 店のオレンジ色の間接照明にほんのり照らされた碧の横顔がゆっくりと振り向いた。

 「こんにちは。仕事お休みだったから、立ち寄ってみました。」

 真夏は、ハッとして尚香とその隣にいる絵都の顔を交互に見た。二人は、驚きと何とも言えない表情を浮かべ真夏を見返した。 

「あ、えっちゃん、この子、かげるさんのお孫さんの碧くん。」 尚香が咄嗟に絵都に碧を紹介する。 きょとんとしている絵都がゆっくりと状況を把握するかのように、「もしかして、あの噂のお孫さん・・・?」と二人に聞き返す。 

真夏は「う、うん・・」と頷くと、咄嗟に碧の腕を掴み店の外へ出た。 「碧くん、どうしたの?」 「碧くんか・・・。なんだかそう呼ばれると新鮮だなぁ。」 真夏は、昨日会ったばかりの碧がなぜそんなことを言い出すのか、全く理解できずにいた。 「ごめん。急に来ちゃって。」 

「昨日のバーベキューは、えっちゃんに内緒にしとこうって話で終わって。それで今日、碧くんが店に来て、私と尚香さんだけ碧くんのこと知ってたら、なんだかおかしなことになってるよね?」 「あぁ・・・。そうだね」碧がしれっと言う。 「もう、みんな何をえっちゃんに気を使ってるか分からないけどさ、昨日のバーベキューのことも、碧くんのことも、おうちのことも、昨日あったことも全部話せばいいと思うよ。」 真夏が言うと、「別にこちらは何でも構わないよ。」 碧は本当に興味がなさそうに言った。 

「今日は真夏さんに会いに来たんだ。」 真夏はその言葉を一瞬聞き間違えかと疑ったが、聞き流すかのように続けた。 「とりあえず、店に戻らなきゃ。」碧を引っ張って、また店に連れ戻す。尚香から一部始終を聞いたらしい絵都が二人に近づいてきた。 「初めまして。大家さんのかげるさんにいつもお世話になってる絵都です。」 「初めまして。爺ちゃんの孫の碧です。」二人はひょこっと頭を下げ合う。 尚香は何かを吹っ切れたかのような顔をして、笑顔で手を叩きながら「よし!」と言うと、「えっちゃん、足りない野菜を調達してきて欲しいの。人参でしょ、紫玉ねぎ、キャベツ・・・。あと、トマトも!あ、そうだった、バケットが今切れてるからパン屋さんで一つバケットも・・・」絵都は、「はい、行ってきます!」と敬礼すると、エプロンのポケットにお店用のお財布を入れ、店を飛び出していった。 

「あいくん、よくお店わかったね?」 尚香が碧を、窓際のテーブルに通しながら、「アイスコーヒーでいい?」 と尋ねる。碧が「お構いなくです。休憩時間にすみません。」と申し訳なさそうに言った。手書きのメニュー表を眺めながら、「あ、チーズケーキも追加でいいですか?」と碧が言う。 「みんなチーズケーキが好きだね。まなっちゃんもお客さんで通ってた時は、チーズケーキばかり食べてたよね。」尚香が笑いながら、グラスに氷を入れ、アイスコーヒーを注いだ。 

「尚香さんの作るチーズケーキが大好きなので・・・。」真夏はそう言うと、テーブルの上のスノードームを揺らす碧を見た。 スノードームの中では、浮き輪をしたシロクマが気持ちよさそうにプカプカとキラキラした世界の中を泳いでいる。 

「ここはスノードームカフェ?」 碧が言うと、尚香と真夏は顔を見合わせ思わず吹き出した。

各テーブルに調味料のようにスノードームが置いてあるのだ。誰もがそう思っても仕方ないだろう。 尚香がお盆から、チーズケーキとアイスコーヒーをテーブルに並べ、碧は嬉しそうに「いただきます。」と言った。 フォークをすっと真っ白な三角のケーキに入れ、一口頬張ると、思わず幸せな気持ちになる尚香のレアチーズケーキ。碧も例外ではなく、「うん、んまい!」と感嘆の声を漏らした。 尚香は「ハハ、ありがと!まぁ、ゆっくりして行ってね。」と嬉しそうに仕込みの準備を始めた。 「このスノードーム、全部えっちゃんの手作りなんだって。」真夏は、碧のテーブルに置いてあるスノードームをフルフルと揺らした。 「綺麗だね・・・。」 「暑い夏でも、ちょっとでも夏を涼しく感じられるように工夫してるんだって。」真夏はふふっと笑った。それを見て、碧がすかさず言った。

 「そういえば、あの時計ここに飾ったんだ。」木でできた葉っぱの壁掛け時計を見つめている。 「葉っぱの時計、かわいいよね?」 真夏が言うと、 「僕が作ったんだから、当然だよ!」と碧が誇らしげに言った。 「え?あれ、碧くんが作ったの?」 「あぁ、うん。初めて作った時計をね、このお店にあげたんだ。」 「このカフェも爺ちゃんが作ったんだけど、一緒に手伝ったりもしたんだよ。」 これには尚香も「えぇ!このカフェも?」と驚きの声をあげる。 「真夏さん、ちょっとこの後、時間ある?」碧がすかさず聞いた。 

「今日?今日はこの後、あと2時間お仕事だけど・・・。」 

「まなっちゃん、今日このあと樹里ちゃんも来るし、お店も暇な日だからもう先にあがっちゃってもいいよ。」 尚香は気をきかせてそう言うが、真夏は「いえ」と首を横に振った。 「大丈夫。読む本も持ってきたから。真夏さんがあがるまでここで待ってるね。」ストローでアイスコーヒーを飲みながら、碧が言った。 しばらくすると、紙袋にバケットと野菜を抱えた絵都が戻ってきた。 「ただいま」 「おかえりなさい」 いつものように声を掛け合うと、絵都は尚香へお財布を返し、バケットと野菜をキッチンカウンターに置いた。 真夏がOPENの看板をドアに掛けに行くと、一組お客さんが入ってきて、挨拶をする。早速午後の営業が始まった。  

思いの外、午後の店内はいつも以上に賑わっていた。 真夏がセレクトしたBGMが流れる。絵都が注文を受け、尚香が料理を作り、お皿を洗っていた真夏は、手を止めドリンクを作る。夏だから、アイスティーやアイスコーヒー、冷たいジュースがたくさん出る。 「暑いですね。」と言いながら、入ってきたお客さんは自由に席に着き、好きなメニューを各々注文する。絵都や真夏はお客さんと雑談したり、お皿を下げたり、追加注文を受けたり。 お客さんの「ごちそうさまでした。」に「ありがとうございます。」と笑顔で見送る尚香。真夏はお会計が終わったテーブルを片付けながら、ふと窓際の碧が気になった。碧は本の世界にどっぷり浸かりながら、読みふけっている様子だ。 2時間があっという間に過ぎていき、いつものように、課題に追われた気だるい雰囲気の樹里が店に入ってきた。 

「お疲れ様です」 ショートカットの樹里はTシャツにジーンズという姿で、エプロンをつけながら、 「何か引き継ぐことありますか?」と聞いた。 「樹里ちゃん、今日はかげるさんのお孫さんが来てるよ。」尚香が言うと、「あの、噂の?」といつもクールな樹里が心なしかテンションが上がってるように見える。

 「お会計お願いします。」と碧が席を立ち上がると、樹里が「はい」と会計をして、壁にかけた碧の絵について話をしているようだった。  

真夏が着替えを済ますと、夕方5時のチャイムが鳴った。 店を後にすると碧が「お疲れ様」と真夏に声をかける。 「これから、どうしよっか?」真夏が聞くと、「うーん、行きたい場所があるんだ」と、碧が誘った。  

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