彼女は泣いている

子どもが泣いているとき
それをなだめて泣き止ませたいと思うとき
あなたはどうするであろうか

彼女が求めているのは
話を聞いてもらって「そうだね」と受け止めてもらうこと
そうして初めて、泣き止むことができる
世界に対する信頼を取り戻せる

私の中の子どもが
世間の人たちは見えないようだ
彼女が泣いたり笑ったりするからこそ
私たちは人と関わっているというのに

彼女の望むことはとてもシンプルだ
自分がされて嫌なことは他人にしたくない
他の人が嫌なことをされているのを見れば、自分がされているのと同じぐらい敏感に感じ取る
わずかなベクトルの違いも察知する

彼女が泣く
私に何ができるであろうか?
彼女の言い分を聞いて、それを世間に伝える
それは決して、単なる「意見」にはなりえない
彼女にとっては人類共通の真実
そして私も、それを単なる「意見」のようには提示できない
「違うでしょ」「間違ってる」
だって彼女は泣いているのだ、こんなにも

世間の人たちは
彼女が望んでいるのとはまったく違った反応を返す
私が訴えるのと同じ強さで、礫を投げつける
「そう考えるのはおまえだけだろ!」
「他人に押し付けるな!」
彼女はただ話を聞いて、それを認めてもらいたいだけなのに
人々は拒絶を返す
私は世界に絶望する
ここには私の生きられる空間はないのだと

私は本を読む
考えをめぐらす
彼女を知るために
私と世界の断絶がどうして生まれたか?
それを再び一つにする方法はあるのか?
その答えを求めて

同時に
壊れたおもちゃに執着する子どものように
確かめずにはいられない
「そうだね」と言ってもらえる場所、相手
だって機会あるごとに、彼女は大泣きするのだ
そして、底知れぬ頑迷さでそれらを求めている

私に何ができよう?
彼女をこんなにも何度も悲しませるこの世の中に復讐?
それともこの胸に彼女を抱いて押し黙る?
いずれにせよ
彼女を否定しては始まらない
彼女がいるから私は生きているのだ
彼女がいるから、彼女が人を、状況を信じたいと願うから、私はこの世の中に一歩を踏み出せるのだ

いつの日か
中にいる子どもどうしが
手を携えて進める日々を彼女は夢見る
それは生きているうちには訪れないのか?
あといくつ
絶望を重ねたらよいのか
私がいくら言葉を発見しても
彼らの中にそれを受け止められる器はない
そんなことを、あと何回繰り返したらいいのか
そして、彼女を、その構造を知るごとに
それはますます困難になってゆく
学ぶのは、考えるのは私だけ
私の言葉は人に届かない

哲学や宗教がその答えを出すなど、子ども騙しだ
彼女の差し出す手を取ることは、今すぐここで誰にでもできる
やらないことの言い訳ばかり
ここには何もない

そう、生きた人間はどこにもいないの?
私と同じような、血の通う人間
自他の区別のつけられない、根源的な人間
彼女は
「あたしだけなの?」といつも叫んでいる
「そうじゃないんだよ」と言える人間は
私を含めどこにもいない

さあ
私は時間をやり過ごす
怠惰ではなく忍耐
絶望ではなく希望
一条の光を待ち望む
人事を尽くして天命を待つ、だ
それしかあるまい