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ポイントを稼ぐと逆に貧しくなる理由

子供の頃小銭や紙幣を触ると「手を洗ってきなさい」と言われて、石鹸をつけてゴシゴシ洗った。親が私にそう言ったのは、お金が卑しく薄汚れたものだという文化的な側面があったことは間違いない。衛生的というのは必ずしも科学的な根拠をもとにして言われるわけではないからだ。

しかしながら昨今の衛生環境はコロナウイルスの蔓延によって悪化の一途を辿り、小銭や紙幣が人間の欲望という薄汚さだけではなく、本当の意味で疫病を媒介する可能性が現実味を帯びてきている。これはきっと差別の一種なのかもしれないが、コンビ二のレジ係から手渡される小銭を受け取る時、接触感染への一抹の不安が脳裏をよぎる。

現金通貨を媒介としてウイルスが拡散する危険性がある状況は、逆にキャッシュレス事業を推進していた政府・企業の担当者にとっては好機と捉えられただろう。ピンチをチャンスにとはまさにこのことである。日本において現金主義は根深く、キャッシュレス決済の使用率は非常に低い事が知られていたが、とりわけそのうちの非接触型決済については普及に向けた強力な追い風を得たと言える。

別にパンデミックと関連付ける必要もないが、その一方で消費者はどのような決済手段を採用するかの選択を迫られていると言える。現金か、クレジットカードか、電子マネーか、バーコード決済か。現金ならば悩む必要はないが、クレジットカードを複数枚持っている場合もあり、電子マネーならiD・nanaco・QUICPay・交通系ICカードなどよく使われているものだけでも選択肢が豊富で、バーコード決済については片手で数えられないくらいのサービスを同時に使い分けている人も少なくない。いくつもある決済手段の中でどれを採用するかという難問は、まるで自由という牢獄に収監されているかのように人を縛り付けている。

ポイントシステムはその難問の解決策になるかに思える。通常ポイントは1ポイント=1円で消費することができる。つまり単純にポイントを基準として還元率が高い決済手段を採用すればいいというわけだ。だが資本主義のシステムは私たちのそんな甘い考えに先回りをして、いくつもの罠をしかけている。例えばポイントは使用期限がある。使用期限があれば、ポイントは現金のような価値貯蔵手段としての機能に乏しく、最悪使うのを忘れて失効してしまうという可能性すらある。さらにポイントはたいてい付与上限がある。日本政府が推進しているマイナポイントを使った場合還元率は25%と高いが、5000ポイントまでしか付与されない。さらにこれに限って言えばその原資は税金である。自分たちが払った税金が劣化したポイントになって帰ってくることに一体なんの意味があるのだろう。また、ポイントは個人情報と紐付けられている。ポイントを受け取ることは自分の行動履歴を売り渡していることと全くの同義だ。ビッグデータの分析とは、こうして集められた個人情報を分析して、効率的なマーケティングを行い、顧客ロイヤルティを高め、さらなる利益を上げることに主眼が置かれている。

ポイントを基準としたキャッシュレス決済の選択の最も罪深い部分。それは情報のオーバーフローと管理コストの増大である。毎週のように特定のキャッシュレス決済でしか使えない期間限定のクーポンが配信され、消費を煽る。そのような情報は店頭やアプリの隅々に配置され無意識のうちにポイントへの服従を強いるだろう。

ローソンのコピー機ではキャッシュレス決済は使えないが(使えるものもあるのかもしれないが)、セブンイレブンのコピー機ではnanacoを使うことができるので、私はスマホからnanacoをアンインストールできずにいる。LINE Payはセブン銀行ATMと完全に連携しており残高を現金に直接変換して出金できるので財布を忘れた場合の強い味方だが、その時は安くない手数料を支払わなければならない。PayPayにチャージできるクレジットカードはヤフーカードのみだが、最もうまみのあった二重ポイント還元は2020年2月をもって廃止された。またKyashの最も便利だった機能の、クレジットカードからの直接チャージ金額を他人に送金できる機能は2020年9月に廃止された。

レジに並ぶ度にその情報を取捨選択して、今自分はどのキャッシュレス決済を使ったらいいかを判断し、財布からICカードを取り出すなりスマホのアプリを起動するなりしなければならない。このような日常的な判断にかかる意思決定コストはどんどん増大している。時は金なりという金言を思い出してほしい。現金の管理コストを排除しても、今度はポイントの管理コストが増大する結果となっている。だからはっきり言ってキャッシュレス決済で悩むことは無駄だと思う。旅行をしたり本を読んだり友人と天下国家を語ったほうが有意義だ。私は結局、ポイント還元はないが最も汎用性が高く電車も乗れて決済速度が速いモバイルSUICAをよく使っている。

さて、ここまでキャッシュレス決済の功罪について主に罪の部分ばかり書いたが、現金主義という巨悪の前では霞むということだけは言っておきたい。要は使い方が大切であると。

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