【第4報】サプリ屋さん向け:阪大のシリコン製剤水素サプリは裁判所公認の"効果保証なし"


これまでのまとめ

 阪大の小林らが開発したシリコン製剤水素サプリについて,水素発生をチェックしたところ,水上置換による捕集では,ph8.3,36℃,20時間で水素発生量がパウダー1gにつき400mLという仕様は満たしていた。しかし,腸内類似環境として設定されたpH8.3はヒトの腸内環境ではあり得ないものである。今回は,最近の腸内pHの測定結果がどのようになっているかをについてまとめておく。次に,最近,小林らのシリコン製剤をめぐって紛争が起きていた。一審判決ではサプリ屋の敗訴だが、裁判官の指摘がなかなか興味深かったので簡単に紹介しておく。
 この文書は,消費者向けというよりは,サプリ屋さん向けである。事業者としてシリコン製剤を仕入れる前に読んでよく考えてほしい。

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腸内類似環境がpH8.3とされた理由

 小林らの報文を見ても,小腸内のpHを8.3とした根拠については特に出てこない。さらに調べた結果,横浜国立大学の飯田らによって出願された,特開2011-078656が見つかった。この特許は小腸の疾患の病態解明を目的とし,小腸内の画像撮影とpH測定機能を持つ小型カプセルの開発についてのものである。装置としては,長さが5cm程度の細長いカプセル状のものである。
 特許に示された測定結果では,カプセルが十二指腸に入るとpHが2から8近くまで一旦上昇,その後pH6.2ぐらいに低下し時間とともに上昇,小腸の後半から大腸に至るまでの間はpH8.3が続くというものになっている。特許が出されたのは2011年である。小林らは,この特許の値を参考にして,腸内類似環境のpHを8.3にしたと考えられる。
 しかし,この特許の測定例はたった1例である。またこの特許は,出願はしたものの実態審査に進まなかった。飯田先生に伺ったところ,カプセルの全長が5cmと長かったので必ずしも安全ではなく,多数の健康な人にのませるには(途中でひっかかるなどの)リスクがあったので,検査方法の開発を狙って特許出願はしたがデータは1例でその後特許査定には至らなかったとのことである。
 この後,飯田先生は「小腸疾患のpHに関する検討(pHカプセルを用いて)」というテーマで科研費(2013-2014年)を得ている[飯田1]。
 同じカプセルを使って,健康な人10人についてpHを測定した結果を論文としても報告している(Hepato-Gastroenterology59(2012)413-414)。論文報告によると,小腸を大まかに3分割してpHを平均した結果,Proximal(小腸の最初の1/3ぐらい)がpH6.90,Middle(小腸の真ん中あたり)がpH 7.65,Distal(小腸の終わりの1/3ぐらい)がpH8.15であった。

最近の腸内pHの測定例

 飯田らの研究とほぼ同時期に,画像撮影機能は無いがさらに小型でpH,温度,圧力を測定して無線送信できるSmartPill®という装置が開発された。2010年頃からは,胃腸内のpH測定には,もっぱらSmartPill®が使われているようである。SmartPill®をキーワードにしてPubMedを検索し,人の腸内を測定している論文のうち,公開されているものや大学の図書館のライセンスで読めるものを選んで,結果をまとめてみた。

2009年

Sabba Maqbool et al., "Wireless Capsule Motility: Comparison of the SmartPill® GI Monitoring System with Scintigraphy for Measuring Whole Gut Transit", Dig.Dig.Sci.54(2009)2167-2174, 10.1007/s10620-009-0899-9
 10人の健康な男女を対象として測定。小腸内のpHはごく短時間だけpH 8を越えることがあるものの,pH7前後で推移し,小腸内の平均pHは6.82,結腸の平均pHは7.14

2011年

Satish S.C. Rao et al., "What is necessary to diagnose constipation?", Best Practice & Research Clinical Gastroenterology 25 (2011) 127–140, 10.1016/j.bpg.2010.11.001
 腸内の圧力を測定した論文なのでpHについてはグラフ1枚のみ。Fig.2では,小腸ではpH 6〜7台がほとんどで,pH 8に達していることはほぼない。

2013年

D. H. Weinstein et al., "A new method for determining gastric acid output using a wireless pH-sensing capsule", Aliment Pharmacol  Ther. 37(2013)1198-1209, 10.1111/apt.12325
 腸ではなく胃の研究。Figure 3のグラフでは,十二指腸に入ったあたりでのpHはおよそ6。膵液が混じってもpH 8に達してはいない。

2015年

Tamar Ringel-Kulka et al., "Altered Colonic Bacterial Fermentation as a Potential Pathophysiological Factor in Irritable Bowel Syndrome", Am J Gastroenterol. 2015, 110(9): 1339–1346. doi:10.1038/ajg.2015.220.
  irritable bowel syndrome (IBS)の患者100人,健康な人33人で試験。小腸のpHは,患者(n=47),健康な人(n=10),いずれも6.8

M. Koziolek et al. "Intragastric pH and pressure profiles after intake of the high-caloric, high-fat meal as used for food effect studies", Journal of Controlled Release 220 (2015) 71–78, 10.1016/j.jconrel.2015.10.022
 腸ではなく胃の測定。Fig.1より,小腸に入った後のpHは7前後

Radoslav Coleski et al. "Blunting of Colon Contractions in Diabetics with Gastroparesis Quantified by Wireless Motility Capsule Methods", PLoS ONE 10(10): e0141183. doi:10.1371/journal.pone.0141183
 小腸ではなく直腸の測定。健康な人の測定例はFig.1 A)で,十二指腸に入るとpHが上がり,すぐまた下がって,小腸後半2/3ぐらいでpH 8を少し越えている患者の場合は小腸でもpHは8まで上昇していないし変動が大きい

Ivana R. Sequeira et al., "Assessment of the Effect of Intestinal Permeability Probes (Lactulose And Mannitol) and Other Liquids on Digesta Residence
Times in Various Segments of the Gut Determined by Wireless Motility Capsule: A Randomised Controlled Trial", PLoS ONE 10(12): e0143690. doi:10.1371/journal.pone.0143690
 健康な人の測定例はFIg.2。小腸ではpH 7台。Table 3では,処置に関係なく,小腸の最初の方でpH 6.17,後の方でpH 7.23

2016年

Richard J. Saad, "The Wireless Motility Capsule: a One-Stop Shop for the Evaluation of GI Motility Disorders", Curr Gastroenterol Rep (2016) 18: 14 DOI 10.1007/s11894-016-0489-x
 測定例はFig.2。十二指腸でpH 7ぐらいになり,小腸通過の間はほぼ単調にpHが増加し続け,盲腸に入る直前でpH 8ぐらい。

Felix Schneider, "Resolving the physiological conditions in bioavailability and bioequivalence studies: Comparison of fasted and fed state", European Journal of Pharmaceutics and Biopharmaceutics 108 (2016) 214–219, 10.1016/j.ejpb.2016.09.009
 Fig.2が測定結果。時間軸が違うので,pH2ぐらいから一旦pHが急激に上がり,その後さがってから徐々に増加し,次に大きく下がるまでの間が小腸通過。この間,pHが8を越えることはない。およそpH 7.8ぐらいまでしか増えていない。Table 1の小腸のpHの中央値は7.5(n=9)

2017年

Adam D. Farmer et al., "Type 1 diabetic patients with peripheral neuropathy have pan-enteric prolongation of gastrointestinal transit times and an altered caecal pH profile", Diabetologia (2017) 60:709–718 DOI 10.1007/s00125-016-4199-6
 Fig.1に測定例。Py〜ICJまでが小腸。pHは8を越えない

Paul Blatchford et al., "Consumption of kiwifruit capsules increases Faecalibacterium prausnitzii abundance in functionally constipated individuals: a randomised controlled human trial", Journal of Nutritional Science (2017), vol. 6, e52, page 1 of 10 doi:10.1017/jns.2017.52
 Supplementary Materialに測定データの例が1つある。小腸内のpHは一番高い時でもpH 7.8程度

H. O. Diaz Tartera et al. "Validation of SmartPill® wireless motility capsule for gastrointestinal transit time: Intra-subject variability, software accuracy and comparison with video capsule endoscopy", Neurogastroenterology & Motility. 2017;29:e13107.  DOI: 10.1111/nmo.13107
 測定例はFig.3。小腸に入ったところでpH 6を越え,その後pH 7を少し越えるところまで上昇

2018年

Laura Pirkola et al., "Low-FODMAP vs regular rye bread in irritable bowel syndrome: Randomized SmartPill® study", World J Gastroenterol. Mar 21, 2018; 24(11): 1259-1268, 10.3748/wjg.v24.i11.1259
 患者7名。食事を変えた時のpHの変化。Low-FODMAP rye breadで小腸内pH 7.5, Regular rye breadでpH 7.6(中央値)。

2021年

N. Steenackers et al., "Effect of obesity on gastrointestinal transit, pressure and pH using a wireless motility capsule", European Journal of Pharmaceutics and Biopharmaceutics 167 (2021) 1–8, 10.1016/j.ejpb.2021.07.002
 肥満の人と正常な人で,断食状態と食事をしている状態での比較測定(n=11)。時系列データはFig.2,まとめたものがFig.4。いずれも小腸内のpHは6以上8未満

2022年

Hala M. Fadda et al., "Intra- and inter-subject variability in gastric pH following a low-fat, low-calorie meal", International Journal of Pharmaceutics 625 (2022) 122069, 10.1016/j.ijpharm.2022.122069
 腸ではなく胃の測定。Fig.2で小腸に入った後のデータがあるが,pH6からpH7に上昇している。

pHまとめ

 測定目的が異なるが,直近10年ぐらいの小腸のpHの測定結果を集めると,膵液で胃液を中和した後のpHは6台,盲腸に入るまでの間は徐々にpHが上昇するがpH8を越えることはない,というのが,測定結果の多数派であるといえそうだ。生き物が相手なので測定結果にばらつきはあるが,大抵の値はこの範囲に入ってくると予想される。
 小林らの主張する,腸内類似環境のpH8.3はそもそも無理があって実現していない。
 飯田らが2011年に出願した特許の1例だけを見ればpH 8.3を裏付けているが,2012年に出版した論文では腸内のpHが8を越えるのは盲腸に近い部分だけであり,それでも8.3は越えていない。飯田らの論文は,腸内類似環境のpHを8.3とする根拠にならない。
 最近の測定結果をふまえても,小林らの主張する小腸内のpH 8.3はあり得ないものである

シリコン製剤で紛争発生:ボスケシリコン(小林らの会社) vs. マルカン(レナトスのグループ親会社)

 このシリコン製剤を巡って法的紛争が勃発していた。株式会社ボスケシリコン(小林らの会社)、株式会社KITvs.株式会社マルカン(レナトスのグループ親会社)・レナトスジャパン株式会社の間で、攻守所を変えた訴訟が2件同時進行していた。裁判所のサイトで、「令和3年(ワ)第11286号 損害賠償請求事件(第1事件)」「令和4年(ワ)第9132号 債務不存在確認請求事件(第2事件)」などの事件番号で検索すれば、判決を見ることができる
 シリコン屋=株式会社ボスケシリコン・株式会社KIT、サプリ屋=株式会社マルカン・レナトスジャパン株式会社、である。本件訴訟に関連している知財は、本件特許A=特許第6467071号([小林2]の特許)と、本件特許B=特許第6508664号([小林4]の特許)である(判決4ページ)。
 訴訟物は、

(1)第1事件
 原告の、被告に対する、原告、第2事件被告(以下、両名を併せて「原告ら」という。)、被告及びレナトスジャパン株式会社(以下「レナトス」という。)との4者間で締結した知的財産実施許諾契約に基づく未達補償金1億7325万円及びこれに対する支払期日の翌日である令和3年11月
20 11日から支払済みまで民法(以下、特段明記しない限り、平成29年法律第44号による改正後のものをいう。)所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払請求
(2)第2事件
ア 第2事件被告に対する、被告、レナトス及び原告らとの4者間で締結した人用サプリメントの製造に関する知的財産実施許諾契約(後記乙3契約)における、ケイ素製剤等の最低購入計画量が未達となった場合に負うべき未達補償金支払債務1920万円の不存在確認請求
イ  原告に対する、原告との間で締結した人用サプリメントの商品売買契約
(後記乙4契約)における、乙3契約所定の最低購入計画量が未達となった
5 場合の上記未達補償金と同額の金員の支払債務の不存在確認請求。

判決より。

阪大小林らの宣伝を真に受けてはいけない

 裁判であるから,双方それぞれの言い分はあるだろう。そこで,まず、裁判所がどう判断したかを拾ってみることにする。判決の11ページからが,裁判所が行った事実認定と判断である。
 小林らは「シリコン製剤による体内水素発生と酸化ストレス性の疾病防止」という資料を示して説明会を行っている。判決の12ページの裁判所による認定事実には,

第2事件被告代表者は、令和元年5月15日、被告本社において、被告社
員に対し、「シリコン製剤による体内水素発生と酸化ストレス性の疾病防止」と題する資料(乙9。以下「乙9資料」という。)
を用いてシリコン製剤に関する説明会を実施し、シリコン製剤からの水素発生反応メカニズムや、マウスに対する動物実験の結果、慢性腎不全等の改善が見られたことから人体に も効果が期待できるとの説明を行った

判決より

 13ページには,

第2事件被告代表者は、同月18日付けで、「膵液と類似したpH8.3、 36℃の環境下で、1gのシリコン製剤から400ml以上の水素が24時 間以上発生し続ける」、ラットやマウスに対する動物実験の結果、「体内で多量の水素を発生させるシリコン製剤が慢性病の悪化やパーキンソン病の進 行を抑制する可能性」を見出したことを内容とするプレスリリースを発表し、 令和2年6月25日、大阪大学医学部教授らと共に、記者会見を行った(甲 19、乙10)。

判決より。 

とある。
 全く同じタイトルの資料は入手できていないが,かわりに,「シリコン製剤による体内水素発生と酸化ストレス性疾患の予防・治療」[小林5]という資料を見つけた。おそらく,サプリ屋相手に説明した内容も,これと内容がほぼ同じものだろう。まずは[小林5]の資料を見て,どのような印象を持つかを確認してほしい。シリコン製剤の性質やSEM像,水素発生機構,モデルマウスでの実験ではあるが,慢性腎不全やパーキンソン病での効果確認,ペットへの適用についての説明がある。さらに,資料の32ページ目には,なぜか人で効果があったという印象を与えるイラストが掲載されている([小林3]にも掲載)。このような説明を阪大の名前と一緒に出されたら,普通の人は,動物実験で十分に効果が確認されたと思うものである。
 ところが,いざ裁判になってみたら,裁判所の判断は,

前記ア、イのとおりの契約内容に照らすと、被告の主張に係る腸内のpH値や本件物質の効能、生体内での作用機序等は、何ら契約書上明記されておらず、また契約交渉過程において規範として形成されたとも言えないのであ って、そもそも契約の内容となっていないと言わざるを得ない。

 大学の名前を出し新技術だと宣伝し動物実験で効果が確認されている,という宣伝をしていながら,そういった技術的な内容を契約からは意図的に外すことで,シリコン粒子のサイズや表面処理済みであるといったことが契約理由にならなくされていた(だから説明の時に受けた印象と違うと後から文句を言っても通用しないと裁判所が判断した)ということである。契約書本文は未確認なので、あくまでも裁判所の判断から推測した契約内容だが、判決を読む限りシリコン屋にサプリ屋がかつがれた格好である。知識も技術も対等とみなされる事業者同士の契約なので,宣伝内用も契約内容もきちんと確認するのは自己責任,というのが裁判所のスタンスなのだろう。
 もっとも,今回のケースは,サプリ屋側もなぜかシリコン製剤に勢いよく飛びついて,動物実験を積極的に行った上で購入に至っているので,そこまでしておいて後から最初の触れ込みと違うので購入をキャンセルしたい,と主張することにはかなり無理があることもまた確かである。

 さらに判決の15ページで,裁判所は,

その過程を通じ、第2事件被告代表者は、乙9資料(マウスによる動物実験の結果)の内容をベースに、シリコン製剤が体内で水素を発生させ てヒドロキシルラジカルを除去し、各種疾病に対する効能が確認されたことから、動物や人にもその効果が期待されると説明していたにとどまり、乙9資料の内容を超えて、効能・効果それ自体を保証したことがないことはもとより、

 と述べている。ここに書かれた内容は[小林3][小林5]と同じである。つまり,小林らのシリコン製剤の説明には何ら効能効果の保証がない,と裁判所がお墨付きを与えたということになる。まあ,小林らの出している資料の読み方としては,本件ではサプリ屋が前のめりになりすぎた感じもあり,裁判所の方がむしろ正しい。

 15ページ〜16ページにかけて,裁判所は,

本件製剤の用途が基本的に健康 食品(サプリメント)であることや本件物質の性能を生かした製品化を行う のは被告であることも考慮すると、被告主張の腸内のpH値や本件物質の効 能に関してそもそも誤信があったとはいえないし、仮に何等かの思い違いがあったとしても、その実質は、専ら被告の希望的観測との齟齬をいうものにすぎず

 と書いている。[小林3]や[小林5]の,シリコン製剤の性能を謳う資料は,説明会などがあってその内容を信用しても,いざ契約上のトラブルになったら「希望的観測との齟齬」で片付けられてしまう程度のものだということである。
 判決としては一審はサプリ屋の敗訴なのだが,その一方で,小林らのシリコン製剤の効果の宣伝は効果を保証せず希望的観測に過ぎないのでそんなものを信じる方が間抜け,という内容がしっかり読み取れる,ある意味ナイスな判決といえる。

 小林らの出している説明資料は,裁判所公認のミスリーディング資料であるとはっきりした。
 実際,[小林5]の11ページ「シリコン製剤の形状と安全性」に掲載されているシリコン製剤の写真は

[小林5]の11ページの写真

のようなものである。この写真を見せて,シリコン製剤の粒子の形状はアスベストに比べて丸っこいので細胞に刺さらないから安全だという主張をしたいらしいが,資料の写真をよく拡大してスケールまで確認しないと、直径20μmぐらいの粒子をナノメートルサイズのものだと誤認させられてしまう。このように、小林らの説明資料には、勘違いを誘発するものがあちこちに入っているので、阪大のネームバリューや名誉教授という肩書きで信じるのはあぶないのである。

 裁判所側から見た全体の流れは、阪大小林らの説明をきいたマルカンらが、動物実験をして効果がありそうだからと、人用シリコンサプリの海外展開まで期待してシリコン製剤を大量に買う予約をしたが、とても海外展開できるシロモノでは無かったとわかって、予約した量の購入は無理、となって揉めているということらしい。

 いっそ動物実験をしなかった方が、阪大の説明を信じて購入を決めましたという主張が通りそうにも思うが、プロである事業者なら自分で効果の確認をしなかったのは過失だという主張もされそうで、いろいろと微妙である。

シリコンサプリに未来はない

 さて、このように揉めている状態だが、レナトスはヒト用サプリのHH LABOの販売を続けている。
 今度は、判決中の双方当事者の主張を拾って、どう主張しているかを,彼らが裁判所以外で行っている主張と比較してみよう。
 まず、マルカン(レナトスのグループ親会社)の主張は次の通りである。

しかし、本件訴訟を通じて、実際の腸内のpH値は、「pH7.5~8.9程度のアルカリ域」にはなく、ペット(犬猫)が最大でもpH7.7弱(大部分はpH7.5より酸性寄り)、人が最大でもpH7.5程度(大部分はpH7.0より酸性域)にあり、シリコン製剤を摂取したペット又は人の体内において持続的に水素が発生することはなく、ヒドロキシルラジカルが除去されることはない
 被告は、このような実際の腸内のpH値や本件物質の効能について認識していれば、甲1契約を締結することはなかったから、甲1契約の締結、ひいては、本件補償条項1の合意について、被告に錯誤があった

判決6ページ。太字は筆者。

と、腸内pHが8を超えることがないことを自分で認めている。しかし、2023年12月に確認した販売ページの宣伝では、

https://renatus-japan.co.jp/shopping/lp.php?p=903

となっている。サプリを開発し販売を始めた当初ならともかく、法的紛争になって一審判決が出て、その間に体内のpHは8を超えないことを知り、裁判所でもそう主張しているのに、消費者に向かっては体内でケイ素がpH8.3の水と反応して水素が発生すると宣伝しているのである。裁判所での主張の後の宣伝では,意図的かつ積極的に消費者を騙していることになる。

【2024/02/20追記】
 サイトを見に行ったら,ヒト用の,体内pH8.3を前提にした宣伝は存在しなくなっており,かわりに,販売終了のお知らせ https://renatus-japan.co.jp/gold/oshirase.pdf があった。ヒト用,ペット用ともに販売終了とのことである。
 諸般の事情,とあるが,やはり阪大の主張するpH8以上という前提を,もはや信用するわけにはいかなくなったことが原因だろうと思われる。また,裁判で主張した内容と矛盾する内容を表示することもできなくなったのだろう。
 産学連携でもいい加減なものが出てくることがあるので,大学のネームバリューに寄りかかって疑わずに飛びつくことは,会社にとっての損失になりうる。学の側にいてこんなことを言うのは心苦しいのだけど,商品化するときには,学の側があまりにも希望的観測で盛った内容を出してきていないか,落ち着いてチェックしてほしい。
 阪大のことではないが,他の産学連携を調べていて,過去に消費者庁に措置命令を出された企業の製品に関わった研究者や名誉教授の肩書き持ちの人が別の怪しい製品にも協力しているのを見つけたこともある。つまりは,学の側にも山師がいるということである。

 ボスケシリコンつまり阪大小林らはどうか。

よって、同契約は、腸内における水素発生量(腸内pH値に関する前提) 等及び本件物質の効能等をいずれも保証したものではなく、「動物実験から 得られた効果」を前提にした上で締結されたものである
(略)
なお、本件物質による酸化ストレス低減の機序については、現在も研究が
継続されており、その解明には数多くの実験データを取得する必要があり、
そのデータが揃うまでの段階の第2事件被告代表者による説明はあくまで
仮説にすぎず
、その内容が後に修正されることによって効果が否定されるも
のではない

判決8ページ。

と裁判所で主張しているが、[小林3]では

[小林3]6ページ。

のように書いた上で「シリコン製剤は、ペットフード、食品、サプリメント、医薬等、多方面に応用できる。」と断言している。効能の保障もなく機序もはっきりしないにも関わらずである。
 さらに、

[小林3]6ページ。

のような図を掲載し、人体のイラストとともに「シリコン製剤の効果が観測された疾病」と書いた。キャプションで,確認された、と断言していることに注意してほしい。実際にはヒトを対象にしたシリコン製剤による離床試験の結果で効果が確認されたものは存在しない。動物実験がいくつかっただけである。少数の動物実験だけを元にヒトに効くかのようにウソを書いたことになる。小林らが描いたこの図は、裁判所公認の効能保障なしの図であると理解すべきである。さらに、裁判所でも、ボスケシリコン側は,マルカンとの契約は腸内における水素発生量や効能を保障した上で結ばれた契約ではないと主張している。小林らは、シリコン製剤の説明では腸内pHが8.3では効能があると断言する一方で、契約とは関係がないと主張しているのである。だったら最初から、実は実験条件の腸内pHは保証できないし効能も保証できないシロモノなので契約の内容にすら記載できないものだと正直に伝えるべきだろう。体内での水素発生も効果も確認済みであるかのように装ってサプリ屋に説明して誤認を誘発し契約させておいて,裁判になってからこのことを主張するのは、うかつなサプリ屋を騙す行為に他ならない。

 シリコン製剤サプリとは、阪大小林らが体内での水素発生も効能も保証できないことを知っていながら効能があってすぐにでも応用可能のように装っただけのもので、それを仕入れたサプリ屋が、腸内で持続的に水素発生がないことを知っているのに消費者に対しては水素が発生するという宣伝をしていたというシロモノである。

 産学が連携して消費者を騙すようなサプリは、今後売るべきではないし、消費者も買うべきではない。こんな産学連携は,世の中にとって無い方がマシである。

参考文献

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