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ありふれた愛の形

 男は八の倍数の年齢で体が変化する。

 今までこんな情報は迷信だと思っていた。だけど、自分自身がその節目に病気や怪我をしてしまうと、途端にそれは真実味を増してくる。三十二歳でぎっくり腰になってしまった自分も例に漏れず、自分自身の健康について考える機会となってしまった。

「あのさ、生命保険に入ろうと思うんだけど」

 僕がそう伝えると、大輔だいすけは首を傾げた。

「いいと思うよ。でも、何かあった時の受取人はどうするの?」

 僕には血の繋がった家族がいない。父は早くに亡くしているし、母については居場所すらわからない。大輔も、僕の家庭事情についてはよく理解してくれていた。

「大輔にしたい」

「無理でしょ。男同士じゃん」

「でも、もう七年も一緒にいるんだから。家族と一緒じゃん」

「俺も省吾しょうごのこと家族と思ってるよ。だけど、俺達の思いと契約は別物」

 大輔は社会の制度や法律に関して僕より遥かに詳しい。それでも、自分達の将来のことを改めて考えると、生命保険のことについては切り離せなかった。

 万が一自分に何かがあった時に、大輔に少しでもお金を遺してあげたい。そう思うのは、おかしいことなのだろうか。

「大阪のゲイ友達に聞いてみたんだけど、最近受取人を彼氏にしたんだって」

「……そっか。なら一度保険会社に問い合わせてみるといいかもね」

「うん。聞くだけ聞いてみる。住所や名前は出さないから安心して」

 大輔は家族にカミングアウトをしていない。というより、バレないように生活している。まぁ、ゲイだからと言ってカミングアウトしなければならないというものでもない。
 カミングアウトをすることで起こる弊害を考えると、しないことの方がよっぽど平和なのだ。かくいう僕も、ゲイということをオープンにしていない。
 誰にもカミングアウトをせずに受取人を大輔に出来たら一番いいんだけど。

 保険会社に電話をしようとすると、少し指が震えた。

 無機質なコール音が三回鳴ると、ハキハキとした女性が電話に出た。単刀直入に聞いた方がいいと思い、思い切って質問をする。

「お忙しいところすみません。あの、同性パートナーを受取人にできる生命保険があると聞いて電話してみたんですけど」

 一瞬、女性の返事が止まったように感じる。「少々お待ちください」と伝えられてから、何やらマニュアルをめくっているような音がした。

「はい。ございます。当社はLGBTQの方々への理解促進のために研修等も実施しており……」

 説明を聞き、胸をなでおろす。手元に用意していたメモに「入れる保険はある」と大きく書く。

「ありがとうございます。必要な書類等はあるんですか?」

「はい。一般的な書類の他に、LGBTQの方々には同性パートナーシップ証明書を提出していただいています」

 ――同性パートナーシップ証明書。そんなものは提出できない。大輔が嫌がるとかどうかではなく、同性パートナーシップ証明制度をしている自治体なんて十にも満たないじゃないか。生命保険に入るには、まずは引っ越しからしないといけないのか?

「あの、提出できない場合は入れないのでしょうか?」

「……少々お待ちください」

 陽気な保留音が続く。なんだかいたたまれない気持ちになってしまい、もう電話を切ってしまおうかとすら考えていた時、女性は電話口に戻ってきた。

「大変お待たせいたしました。確認したところ、契約可能な場合もございます。ただ。その場合は本当にパートナーなのかを調査しなければいけません。面談、ご自宅への訪問をさせていただくことが前提となっていて……」

「――わかりました。検討させていただきます」

 説明を一通り聞いてから、電話を切った。別に保険会社や対応した女性が悪いわけではない。
 保険金殺人等の悪用を防ぐには仕方ないことなのだから。なのに、なんだか傷付いたような気分になってしまった。
 本当にパートナーなのかどうか、そんなことを調査されなければいけない自分達の立場に。

 大輔はいつの間にか隣に座っていて、僕の肩に手を置いた。

「な、田舎じゃ難しいんだよ。別に保険の受取人にしとかなきゃ家族じゃないってわけでもないんだし。気にしないでおきな」

 その言葉と悲しそうな表情から、大輔も過去に同じようなことを調べたことがあるんだということに気付く。

「ごめん。自分に何かあったら大輔のことが心配で」

「そう思うなら、将来のお金より今健康に生きることを大事にしよ。誰も認めてくれなくたって、証明書がなくたって、俺達は家族なんだから」

「……そうだよな」

 結局、僕は受取人の指定がいらない少額の保険に加入した。僕が死んでしまった時、大輔には何も遺せないのかというと、そんなことはないはずだ。

 証明書なんてものはないし、そんなものも本当は必要ない。
 刹那的でもいい。今はただ、愛した人と一緒に生きていくことを大切にしなければならない。


 来月、僕達は付き合って八回目の夏を迎える。

 例えば十回目の夏、もっと先の未来では、

 この街の僕達の在り方も、少しは変わっているのだろうか。



#私のパートナー

*物語の舞台は2019年頃の日本としています。現在では、ダイバーシティ&インクルージョンの推進に取り組む自治体・企業も増加しています。それに伴い、生命保険に関する商品や契約の内容も変化しつつあります。

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