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#49 【独立のススメ】僕の人生を狂わせた〇〇との3つの出会い VOl.2

お〜りと〜り⛱

フリーランス2年目。日本一のバドミントンコーチが目標の沖縄一周中のきよさんです🐟


齋藤清正についてはこちらから

プロデュースしたラジオはこちらから


Vol.1では”都会に出たこと”についてお話ししました。

さて、第二段として今日も話していくわけですが
ただいま、人生初のA&W 石垣店に来ております。

知り合いにおすすめメニューをたくさん教えて頂きましたが
結局無難にA&Wバーガーにしました。

果たして、
ルートビアーとやらのお味は・・・?

絶賛、石垣島満喫中です⛱




本題に入ります。

前回の記事はこちらから

3つの内の1つ目は「都会に出たこと」

今日は2つ目を語っていきます🔥


バドミントン、やめよ




高校から始めたバドミントンをもうかれこれ10年も続けています。

ただ、Vol1にもあったように
自堕落な遊び人の時期がありまして、、、
2年ぐらいやっていなかったんですね。

離れたきっかけは肩の怪我です。
肩関節前方不安定症という、脱臼がしやすい脆い肩になりました。

保存療法では治らないので、完治には手術が必要なのですが
復帰の見込みが立たないとのことで諦めました。

以前のような打ち方をすると脱臼したり、
骨が擦れて電流が走る感覚があって、

「試合できんやん、やめよ」

ここで一度バドミントンに蓋をすることに。


ママチャリで40分かけて体育館に行ったり、
サークルの人に車で送迎してもらったり
練習後に街中華で腹一杯食ったり笑


あんなに好きだったはずなのに。

気持ちがだんだん滅入ってきた、というより
興味関心が無くなった、という表現が正しい。


そこからの自分は夜遊びに拍車をかけるようになるわけですな。。。



バドミントン、再開




21とか22ぐらいの時ですね。
バドやめて2年ぐらいになりました。

この時の自分は遊び人としての活動に嫌気を指していて
段々、夜の街から足が遠のきました。

体力は全然余っていたので
その熱量は筋トレへ自然と向けていました。

思わず抱かれたくなる、そんなセクシーなボディだったと思います(?)

会社の福利厚生で使えたジムでは足りなかったので
市営のジムに通いました。


「体育館、ひさびさやな」


少しだけ、昔を思い出す。



何回目かの市営ジムの時に
突然、声を掛けられた。

見覚えのある声の方には60代のおばあちゃんと40代の女性の二人組。


怪我をする前、愛知に来てバドミントンをするきっかけをくれた方達である。
一緒に大会に出たり、普通にお茶したり、
友達のように仲良くしてくれました笑
金髪でちょっと大きくなった自分に驚いていたが
2年もお会いしてなかったのにも関わらず、顔と名前を覚えてくださっていた。


なんか書いてて
湿っぽくなってきたので・・笑

このあとは色々あった後、
一緒にジュニアチームのコーチとして現場に立つことになりました。


これがバドミントンコーチのはじまり
そして、バドミントン協会に属することで
以前より幅広くバドミントンと関わることなります。
(例えば、大会でたり、運営したり、東海4県エリアで活動しました)



バドミントン、働く




ジュニアコーチを始めた、その年に
TwitterでKOKACARE(コカケア)という存在を知りました。

※後々、ここでコーチ/トレーナー/コンテンツ開発などをすることに

代表の竹内が

・バドミントンのイベントやります!
・愛知県にバドミントン専用体育館作ります!

などなど、つぶやいていた。

当時の僕はぶっちゃけて言うと
「専用の体育館とか無理すぎて草」
ちょっと誇張しているが、こんな感じで受け取っていた。

他の人の話は聞いたことないけど、大概の人はそうだったと思う笑


当時のスクールは会員100人にも満た図、竹内夫妻が2人でスクール運営をしていた。

今思うと末恐ろしいなと、、
1日に何十人とパーソナルレッスンするのは本当に大変なんですよ
(経験者は語ります)


前章にもあったように活動エリアを拡大していた中の一つに
KOKACAREのイベントに参加をしてみたわけですな。


眉毛がない僕と竹内代表


普通に試合がいっぱいできたので参加者側として元も取れたし、大満足!!

いつもの大会と何も変わらない、心地よい疲労感と充実感。


この大会のイベントの後に
Twitterでこんなことを呟いてました。



コーチ、募集します!!!!!!



※ツイートを探しましたが、見つからず。


当時の僕は高校からのと合わせて5年程度しか競技歴がなかったので
まじで受かると思っていなかったし、
とりあえず話を聞いてみよ〜
ぐらいのスタンスでした。


結果はまさかの採用という。。

改めて思いますが、これでプロコーチの肩書を手にしてるなんて
一般的には笑われてもおかしくないですよね笑

僕もそっち側だし。


この日から少しずつ
バドミントンというスポーツにより深く、より強くなりたい
そして、何よりもこの人と仕事をしたい

こんな想いが膨らんで来たのでした。


続く。



【サポーターの募集】


「日本一のバドミントンコーチになる」
2023年、僕はこの夢を志しました。

3年間バドミントンコーチとして活動を通して"1000"を超えるご縁を頂きました。

バドミントンというスポーツの魅力をより多くの人へ届けたい。スポーツの先にある、幸せを届けたい。

ただ、それを想うだけでなく現実に変えていく。

そのために今以上に文化(モノ、ヒト)に触れ、ビジネススキル(経営やマネジメントなど)を高めていく必要があります。

教育者は自信が体験したことしか伝えることしかできません。より高い視座、多角的な視野を得るべく、僕は沖縄一周旅を始めました。

沖縄という地に縁があったわけではありません。
人脈も土地勘もなく、観光でも訪れたわけでもない。

だからこそ、自分の可能性を広げるにうってつけの場所だと思いました。

どのくらいの期間がかかるかはわかりませんが、この旅路を通して、18歳からの8年間の社会経験をした今の自分を打ち破り、また必ず名古屋へ舞い戻り、生涯をかけてバドミントンを通して人の夢を大きく、悩みを小さくするお手伝いをします。

最後までお読み頂きましてありがとうございました。


この旅路を助けたい、齋藤清正(きよコーチ)を応援したいという方は下記の2つの方法でご支援頂けたら幸いです。

【支援方法】

ご縁①:PayPay送金 ID:goen_kiyomasa
ご縁②:Amazon リストこちらから

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※いずれかお選び頂き、ご希望のリターンをインスタグラムのDMもしくは下記アドレスまでお名前と番号をご連絡ください。

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③リアル食事会
※旅が終わった後(3ヶ月以内に)日本国内の指定場所へ赴きます。その際の交通費は不要です。
※トータル支援金額が¥30,000を超えたもののみお選びいただけます。

問い合わせ先📩: apareru.kiyomasa.saito@gmail.com

See u soon.

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