アオダイショウと父の鎌

父はよくわからない人間だった。

基本的に寡黙で自分のことについては話さない。
しかしながら、急に口角をくいっと上げて、黄色い歯をにゅっと出して、
無言で僕の腕を触ってきたりした。

今思えば、自分に自信がなく、人とコミュニケーションが取ることが苦手な父にとっての精一杯の愛情表現だったのだろう。
小さい頃の僕にとっては、それが怖かった。

そんな父に対しての印象が少し変わった話がある。
毎年、春に近づくとなんだか思い出す話だ。

小学1年生の頃だったろうか。

僕の家族は三重県から静岡県に引っ越してきた。

僕には2歳上の姉がいる。
姉は家では活発な性格で、週末になると、姉に連れられて、引っ越してきたばかりの家をよく探検していた。

ある春の休日。僕と姉はいつものように家の探検をしていた。
その日は、1階の和室を探検していた。

真っ暗で少し湿り気のある和室を小学生の僕と姉で探検をしていた。
なんだかそこだけが僕と姉だけの世界のように感じて、心細いというよりも高揚感が勝っていたことを昨日のことのように思い出すことができる。

そんな湿り気のある押入れに何かがいることに気づいた。

暗い押入れには、不似合いの白く、艶のある身体。
僕たち子供と異なり、緩慢ではあるものの、どこか自信を感じるどっしりとした雄大な蠢き。

そこには、青白いアオダイショウがいた。

僕と姉は暗くて湿った押入れの中でアオダイショウと二人きりになった。
僕と姉と、アオダイショウの世界だった。

あれはどのくらいの時間だっただろうか。
時間にしては、1分にも満たなかったと思う。
僕と姉は暫くアオダイショウに見惚れてしまっていたかもしれない。

そんなとき、姉が僕の手を引き、押入れから飛び出した。
鉄砲のように、という喩えをこの時以上に感じたことはない。

僕と姉がリビングに戻り、母にアオダイショウのことを声を荒げながら伝えていると、

「なんや!」

という声が聞こえた。
父だ。

僕と姉は父に、アオダイショウのことを伝えた。
そうしたら、父は

「そんなもんで騒ぐなぁ!」

と言った後に、家から出ていってしまった。

結局、父は僕たちに何もしてくれない。
僕たちのことをどうでもいいと思っているんだ。
家から出ていく父を見て、そのように思った矢先、
父が戻ってきた。
手に大きな鎌を携えながら。

「そんなもんこうするんや!」

そう父は叫びながら、和室の押し入れに向っていった。
僕と姉と母は父を追いかけた。

鎌でアオダイショウをどうするのだろう?
僕の胸に高揚感と少しの恐怖が渦巻いていた。

父は押し入れを開き、アオダイショウを一瞥した後に、
鎌の先端にひょいっとアオダイショウを引っ掛けた。

「お前らどけぇ!」

父はそう叫びながら、
和室から玄関へと走り出し、更に走って家の目の前の大きな川に向って、
アオダイショウを放り投げた。

「なんなんあのダッサイ走り方」

母がそうつぶやいた。

背中がやたらと右に曲がった走行姿勢。
鎌の重みに耐えられず、上げきれていない左腕。
鎌の先に絡まり、曲線を描いているアオダイショウ。

その3つが今でも忘れられない。

このことをきっかけに父のことがわかるようになった。
などと安っぽいことは一切言わないし、全くそのように思わない。
父は相変わらずよくわからず、変な人だった。

しかし。
そんな父が、なんだか少し、おかしくて、かっこよく感じた。
そんな1日を。
春になると思い出す。


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