短編小説『春の話』

 それは春の出来事だったと思います。……正直なところ、中学の頃か高校の頃か、はたまた小学生だったかすら覚えていません。何せ、学校生活というのは私にとって心底退屈で、自分の意見より他人の意見を優先し、それでいて自分の考えを悟って欲しいという非常に自己中心的な性格をしておりました故、友人らしい友人もいなかったのです。学歴の為に学校へ足を運び、自宅での時間の半分を睡眠で過ごす、というなんとも機械的な生活をしており自宅の天井と無駄にガタガタガタガタと揺れる学校机以外の記憶が殆ど無いのです。
 前を向く事がどうにも苦手で靴ばかりを見ていた帰路でのことです。お恥ずかしながら私の地元は絵に描いたような田舎でして、道歩く人は少なく、すれ違えば顔見知りという状況下でしたので尚のこと顔を上げられなかったのだと思います。田んぼ道を抜けてようやくコンクリートの道に出たところ、そこに黒猫が横たわっておりました。
 人通りは少ない道でしたが車も通る為それに潰されたのでしょう、丁度身体を半分に割るように僅かに凹んでいて、収まることが叶わなくなった内臓がほんの少し程度でしたがはみ出ていました。道の端に追いやられていたので轢いた当人か、自分より先に見掛けたどなたかが寄せたのだと思います。轢いた場所は分かりませんでしたが黒い道路に点々と青白いはらわたが散っていました。猫の目は見開かれていましたがその感情は読み取れず、ただただ眼光の削がれた瞳がそこに存在するのみでした。
 普段犬が散歩していても蝶が舞っていても目で追うことさえ疎ましく思う私でしたが、その時ばかりは転がる肉塊に目を奪われてしまい、急に人目が気になって辺りを見回し、自分ひとりだと確認してから、猫を蹴りました。ただの肉塊です、蹴り飛ばそうが脚先が動く事も尻尾をやたら揺らすこともなくくったりと倒れました。それに、どうもまいってしまって、汚れることも厭わずその黒猫を抱きかかえ足早に自宅の庭に駆け込みました。
 いつもであれば飛び出したささくれが嫌で近寄りさえしない物置から、自身の胸下まであるようなシャベルを取り出し、庭に穴を掘りました。猫の一回り大きい穴を開けてから猫の腹を持って穴へ放り込み、土を被せました。力の無いためそれだけの動作で息を切らし肩を上下させていたのですが、見つめていた地面にふと真っ白な花弁が降ってきました。顔を上げれば桜の花が空を覆っていて、だから、その日は春だったことだけを覚えているのです。

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