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#ネタバレ 映画「妻への家路」

「妻への家路」
2014年作品
みんな生きるためには嘘もつく
2015/3/12 15:19 by さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。 )

初めてのハワイで驚いたのは、ビーチの砂浜の上に、ど~んと巨大なリゾートホテルが建っていたことです。そして、その一階の海側には、あたり前の顔をして洒落たカフェがあったのです。

そこには、日本のように、堤防などという無粋なものはありませんでした。

「そうか、ハワイにはめったに台風は来ないんだな!」

私はそう思いました。

でも、そんなハワイにも、たまには台風も来ます。

1992年のハリケーン・イニキ、これは歴史的な大ハリケーンでした。

私はその翌年にハワイへ行ったのです。

あのとき離島観光のバスガイドさんは言いました。

「もう、ハリケーンの被害は完全に復旧しました」と。

でも車窓から見える、鮮やか色の風景の中には、ハリケーンの残骸が…壊れたままの家や、倒れたままの椰子の木が点在していました。

「なんだ、言ってることと、景色が違うじゃないか」。

客が、そう、つぶやき始めたとき、1人のおじさんがスマイルで言いました。

「ガイドさんは、嘘をつくのも仕事さ!」と。

そう言えば、どこかに「アンダーコントロール」と言った偉い人もいましたしね。

だからガイドさんを責めてはいけません。ただ給料分の模範的な仕事をしたまでです。

ところで、映画「妻への家路」でも、嘘をつかざるをえなかった人々が描かれています。

まずは文化大革命。

私も良くは知りませんが、これは中国の首脳部たちが自らの体制を守るために起こした利己的な政策らしい。でも知識人が罪人だなんておかしいですね。

また、映画の冒頭に出てきたスタイル抜群の娘・タンタンがお芝居をするのは、他の意味もあるのでしょうが、とりあえず、お芝居=嘘だからにしておきます。ああゆう娘(こ)は、自転車から降りる姿も、足をぴんと伸ばして、きれいなのですね。

また母も、記憶喪失という、真実を理解しない世界にいます。病気になることで過酷だった世界から逃避したのかもしれませんね。これも、ある意味、嘘の世界に行ったわけです。

父も、そんな母を支えるために、そばにいるために、また嘘をつきます。

そればかりではありません。

かつて母を苦しめた役人も、本音ではお役目には不本意だったのでしょうが、やもうえず党本部の命令に従って嘘をつき、公務をしていただけだと思います。

役人の妻も、生きるために、その嘘に従っていただけなのです。

その妻が映画の後半で叫ぶ言葉があります。

「夫は何も悪くない!」は、ある意味、その通りです。

彼も、彼女もまた、加害者でありながら、同時に被害者だったのです。

文化大革命。

この不条理な政策に、中国国民の多くが被害を受けました。そして、その損失は膨大かつ長期にわたるのです。後遺症の様に。

たどり着けない(とりかえせない)、あの父は、きっと、ときどき、こんな夢を見るはずです。

電車と徒歩で帰宅しようとするけれど、乗り換え駅で迷い、道にも迷い、いつまでたっても、家にたどり着かない(とりかえせない)。そして、そこは暗い夜道で、いつも、冷たい雨が降っている。

妻への家路は遠い。

後遺症というのは、本当に大変です。

中国はこういう映画を撮らせたら上手ですね。

この映画の様なメンタリティーを持つ国民とは親友になれそうな気もするのですが、現実世界のニュース報道を見聞きする範囲では、とても難しい気がします。そのズレが、いつも哀しい。

昔からのコン・リーさんのファンですが、いつのまにか、(失礼ながら)おばさんになっていて、ため息をつきました。

シンプルな作風でありながら深い世界を描いたチャン・イーモウ監督には称賛を送ります。

★★★★

追記 ( あの妻とは、いったい何だったのか ) 
2015/3/12 15:24 by さくらんぼ

娘・タンタンの父は、妻の病状を聞く為に医者の所に行きました。そして医者が「既視感で記憶が戻ることがある」と言うと「デジャヴュですね」と即理解しました。

あのときの医者の微かなスマイルが意味深です。

医者も父がインテリだと即理解したのです。文化大革命の嵐を生き延びてきた、今は貴重なインテリの一人だと理解したのです。

逆に言えば、文化大革命の知識人狩りで、インテリ層が減ってしまった。だから、医者も病状説明に苦労する毎日だった。

そんな中、医者は父と出会ったわけです。

それを踏まえて観ると「妻は現在の病んでいる中国そのものの記号」なのでしょう。

妻に、ちょうど文化大革命ごろの、若い知識人であった夫の記憶がないのは、文化大革命で知識人が迫害されて、インテリ層が減ってしまった現在の中国と符合しますから。

もちろん減ってしまったのはインテリ層だけではなく、文化大革命という名の不条理な迫害で消えていったもの全てです。

しかし、現在の中国政府はその不条理な迫害そのものを、無かったことにしたいらしい。

事故を起こした高速鉄道を、穴を掘って埋めるがごとく。

中国政府が、それを無かったことにしたいのなら、中国人民も、建前では、そんなものは知らないのだと、嘘をついて生きていくほかはないのでしょう。

みんな生きるためには嘘をつくのでした。

映画のラストでは、駅の前で、夫婦二人そろって、若いころの父が戻ってくるのを待っています。

あれは実は、この映画の白眉であり、中国政府への無言の抗議かもしれない。

迫害されたものたち、迫害された過去は、もう帰ってくるはずもないのですが、中国知識人の、そして現政府の本音も「取り戻したい」そう願ってやまないのでしょう。

そう言えば日本にも「失われた20年」というワードがありました。バブルがあのままハジケずに継続していたら、どうなっていたのか、そんな映画もありましたね。映画「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式」です。

もっと作れそう。

映画「3.11原発事故前へGO!! タイムマシンはドラム式」とか、

映画「12.8真珠湾攻撃(ハワイ時間12.7)前へGO!! タイムマシンはドラム式」とか…


(  最後までお読みいただき、ありがとうございました。

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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