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【連載小説】雨がくれた時間(連載中)

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『雨がくれた時間』を全部まとめたマガジンです。
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2020年4月の記事一覧

【連載小説】雨がくれた時間 6.言えない心

前回の話はこちら 第5章「邂逅」 始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」        6 言えない心   「最近、来てなかったのか? 悟の墓参り」  私のビニール傘をさしたまま並んで歩いていた澤村が、唐突に聞いた。  理由を深く追及されたくない一心で「時間が取れなくて」とだけ答える。 「君にしては珍しいな。どんなに忙しくても三ヶ月に一度は墓参りを欠かしてなかっただろ?」 「なんか、最近バタバタしてたのよね。ほら、結衣がちょうど受験だったし……」 「すまん。休みもほとんどあげ

【連載小説】雨がくれた時間 5.邂逅

前回の話はこちら 第4章「やまない想い」 始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」         5 邂逅    坂道を下り終えた頃、ようやく雨は小降りになった。  うつむきながら歩いていたせいで、路地裏から出てきた人とぶつかりそうになる。  紺色の傘をさしたその人は「七瀬?」と、いきなり私の名前を呼んだ。  その低い声に驚いて傘を上げると、間違いようがないほど聞き慣れた声の主がやはり驚いたようにこちらを見つめている。 「なんで、ここにいるのよ?」 「それ……ひどいな。ジャケ

【連載小説】雨がくれた時間 4.やまない想い

前回の話はこちら 第3章「あなたの返事」 始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」       4 やまない想い  雨はやむ気配がなく、まだ降り続いていた。  透明なビニール傘を滑り落ちていく雨粒のように、すべて流れていってしまえばどれだけ楽なのだろう。  どんなにあらがっても消せないこの想いは、まるで鉛のように鈍く私の身体の底に沈んでいる。それが両足に絡みつき、坂道を下る足取りをずっしりと重くしているような気がした。  突然、冷たいという感覚が右半身をおそい驚いて顔を上げ

【連載小説】雨がくれた時間 3.あなたの返事

前回の話はこちら 第2章「十年の歳月」 始めの話はこちら 第1章「思わぬ雨」       3 あなたの返事    ようやく坂を登りきると、目の前に広がる風景にはっと息を呑んだ。  雨で煙り、ぼんやりと霞のなかに浮かんだ街並みは、まるで一枚の美しい水墨画のようだった。 「きれい……」  雨の中、かなりの段数の階段を登ったせいか疲労はピークに達していたけれど、この幻想的な風景を見ることが出来ただけで、いくらか疲れも和らぐような気がした。  そうやって、しばらくの間ぼうっと眼下の

【連載小説】雨がくれた時間 2.十年の歳月

前回の話はこちら 第1章「思わぬ雨」        2 十年の歳月    雨粒が透明なビニール傘を流れるように滑り落ちていく。  腕に抱えた紫陽花はしっとりと濡れて、みずみずしさを取り戻していた。 「あれから十年も経ったなんて……」  木々に覆われた緩やかな上り坂に、降りそそぐヒグラシの声。この坂道を登りきればあの人がいて、私を一緒に連れて行ってくれる。そんな起こりうるはずのないことを期待しながら、風に揺れる木洩れ日を車窓からただぼんやりと見つめていたあの日が、ついこの間の

【連載小説】雨がくれた時間 1.思わぬ雨

       1 思わぬ雨  雨が降っていた。傘なしでは歩けないほどの雨だ。  家を出たときは太陽が気持ち良さそうに顔をのぞかせていたせいで、折りたたみの傘すら持ってはいなかった。 「天気予報、ちゃんと見てればよかった……」  ――明日は昼すぎから雨になるでしょう――  昨夜、点けっぱなしにしていたテレビからそんなひと言を聞いたと、今さら思い出してため息が出る。 「そういえば……テレビなんて、まともに見たのいつだっけ……」  毎日が目まぐるしく過ぎていって、気がつけば自分の