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湘南の灰色の海晩夏にて

『八月の濡れた砂』(1971/日活)監督:藤田敏八 出演:広瀬昌助/村野武範/テレサ野田/地井武男/原田芳雄/渡辺文雄

70年代に十代の夏を過ごした少年たちにとっては、青春映画の名作として忘れがたい存在。ただし“青春グラフィティ”などと甘っちょろい肩書きが似合う作品ではない。校長を殴って放校処分になった少年が、友人に童貞喪失をそそのかし、同級生だった少女の股間をまさぐりナポレオンをがぶ飲みし、唐突に通りすがりの女性を犯し、あげくの果ては義理の父親をライフルで恐喝してヨットを奪い、洋上で顔見知りの女性を強姦する。とんでもないガキの夏の日を描いた作品である。それでもこの映画が未だ愛され続けているのは、十代の時に誰もが抱く反逆的願望をかなえていることもさることながら、夏の終わりという感傷的な季節をドラマチックに彩って見せたのが大きいのではないか。つまりこの映画の本質はファンタジーなのだ。故にラストでヨットが沈むことを気にする必要などないのである。(斉藤守彦)

晩夏の青春映画。それは日活にとっても70年代にとっても湘南の海にとってもそうなのだ。まず青い海とかではない汚れた海に暗い砂浜。そこで海水浴をしなければならない大衆と反抗期の若者。まだ暴走族が出てくる前で、カミナリ族の後というのがポイント。

カミナリ族の映画は石原裕次郎『狂った果実』なんだ。それが湘南の青春映画。何故、70年代の湘南は黄昏れているんだろう。海のせいだった。芋を洗うような海水浴、そうした大衆を相手に商売する者たち。その上の階級に湘南の裕福な別荘とかあるのだ。ヨットは必然だな。何故ならビーチは大衆に占領されているから。

ヨットは、戸塚ヨットスクールがあるように海軍からの憧れとしてあるのだ。不良である村野武範が退学になる前に入っていたのがヨット部だった。規律と訓練。その一方に金持ちのバカンスの象徴としてのヨットがある。『太陽がいっぱい』のヨット。

護送船団という学校組織や日本の組織に反発する青年として村野武範演じる青年がいる。村野武範と言えば『飛び出せ!青春』でTVドラマでおなじみだった。不良少年が教育者となるパターンはこの頃から出来ていたんだな。この映画には関係ないけど。

そしてレイプされるテレサ野田が演じる少女は明らかに沖縄少女なのだ。それを感じていれば自ずとこの映画の裏テーマが読めるはず。裏読みしすぎだろうか?村野武範演じる不良青年は、単に欲望を抑えきれない不良なのだ。問題なのはその彼の友人として出てくる青年のやるせなさだった。

それは70年代世代が感じたやるせなさなんだと思う。どこか不良に憧れ、かといって理想があり(沖縄少女との恋愛)、それでいて知らず知らずに湘南の海の沖に流されていく。そしてヨットは沈みつつあるのだ。それに気がつかないふりをしている。まさに今の我々ではないか。

八月の晩夏に是非見るべき映画だ。それは青春時代の挽歌でもあるのだから。石川セリの歌がこんなにも心に滲みてくるなんて。


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