見出し画像

シン・俳句レッスン108

スズランスイセン

「スノーフレーク」だと俳句としてはイマイチかな。「鈴蘭水仙」漢字で書くと重たい感じか。軽くするにはどうすればいいのか。句跨りで分ける。

空真澄鈴蘭水仙の雫  宿仮

「空真澄 鈴蘭水 仙の雫」五六六だとおもったが五八四でもいいんだな。17音だった。

富澤赤黄男

坪内稔典・松本秀一編『赤黄男百句』。

美しきネオンの中に失職せり 富澤赤黄男

『無職断片』

昭和十二年作。当時は世界大恐慌。ネオンはモダニズムの灯りだったのか。無季。

枯原の風が電車になつていくる  富澤赤黄男

『天の狼』

枯原のは枯野ということで聖なる場所から電車は俗な風になって走り抜けていく。電車がモダニズムか?

雨垂れはさみしこちらを向いて寝よ  富澤赤黄男

「こちらを向いて寝よ」は誰かに問いかけているのか。「雨垂れはさみし」関係になった女か、解説では子供にしているけど。なんとなくエロだな。窓ガラスに映る雨垂れというのは風情があるな。昭和枯れすすきの世界だな。

自転車がゆきすぐそのあとを闇がゆく  富澤赤黄男

昭和十二年

闇は気配ということか。不思議な句だけど闇の気配はする。

戛々(かつかつ)とゆき戛々と征くばかり  富澤赤黄男

『天の狼』

「戛々(かつかつ)と」のリフレインは軍靴響く音だろう。戦争に向かっていく新興俳句の名句だろうか?赤黄男も軍隊に出征したのだった。

落日をゆく落日をゆく赤い中隊  富澤赤黄男

『天の狼』

リフレインが効果的な一句。リフレインは俳句でも有効だ。ただ最初の「落日」よりも次の「落日」のほうがさらに真っ赤に染まっているのだろう。ただ一色の風景は空虚であるという。

やがてランプに戦場のふかい闇がくるぞ 富澤赤黄男

『天の狼』

富澤赤黄男にはランプの連句があった。娘に支那のランプを拾ったと連句を書くのだが、その句はまだ灯火が灯っていたがこのランプは闇を照らしているのだ。

秋風のまんなかにある蒼い弾痕 富澤赤黄男

『天の狼』

戦時句になっていく。リアルな戦争句だった。

雨ほそく魚板の魚は瞳(め)をつむる  富澤赤黄男

『天の狼』

魚板は木魚の原型だという。魚の絵が書かれていたそうだ。戦友へのレクイエム俳句だろう。

鶏頭のやうな手をあげて死んでゆけり 富澤赤黄男

昭和十四年

戦争のリアル。ただ富澤赤黄男は後の俳句第二芸術論で桑原武夫から戦意高揚俳句として批判されていたのだ。これは新興俳句弾圧運動があり、ある面仕方がない部分もあると思うが。

橋本多佳子

『観賞 女性俳句の世界2個性派の登場』から。角川編集だからか三橋鷹女以外にこれはと思う俳人は見いだせなかったのだが、4Tはすべて掲載されているので、それをみていこうと思う。4Tは星野立子、中村汀女、橋本多佳子、三橋鷹女。虚子俳句から近い順かな。

橋本多佳子を担当するのは片山由美子。多佳子は山口誓子との出会いが重要だという。そのあと夫との死別があり、そこから自立し、俳人と生きることになったという。

月光にいのち死にゆくひとと寝る  橋本多佳子

月光が秋の季語なのだが、人の死は事件なので無季俳句でもいいと思う。そこに季語だからという作成意識が働くとなんか残念な句のように思われる。つまり人の死は一回性のものだし、季語の循環へ埋めてしまうには違うと思ってしまうのだ。詩としてこの一回性は優先されるべきだろうと思うのだが、季語派はそこを達観してこそ俳句だというのだろうか?「死にゆくひとと寝る」がまさに一回性の感情なのだから、それが繰り返されるというのは可笑しいと思うのだ。

颱風過しづかに寝(い)ねて死にちかき  橋本多佳子

これは達観しているよな。そう言えば斎藤茂吉が母と死に別れた時に一緒に寝た歌があったのだが、そういう意味では最初の句は短歌的と言えるのかもしれない。次の句では主語が省略されてしまうのだ。颱風にさらわれてしまうというか。そう言えば『角川 俳句』2月号が「省略」だった。人の気持も省略していいもんだろうか?と思うのだった。

片山由美子も最初の一句は感情的であり、あとの一句は冷淡すぎるように思うと書いていた。つまりあとの一句は、建前の句のような気がするのだ。気丈な妻を演じなければみたいな。

さびしさを日日のいのちぞ雁わたる  橋本多佳子

これはセンチメンタルすぎるかな。雁が和歌ではセンチメンタルな象徴だしな。季語に寄りかかりすぎのような。

さびしさといふこと紅梅身辺りに  橋本多佳子

「さびしさ」と感情をそのまま言うのは良くないとされているのだが、山口誓子は「いのちがさびしさであるやうなそんなさびしさ」と禅問答のようなことを言っている。それは人心ではなく風景がまさにさびしいということだという。それが信濃の別荘(夫がいない)なんで、ふーんと思ってしまう。

硯洗ふ墨あをあをと流れけり  橋本多佳子

これも『信濃』から。「硯洗」が季語で七夕の前日に硯を洗い清めるという伝統俳句なのだそうだ。そういうことを知らないとふーんな句だけど。

もの書けるひとは日は指を紫蘇にそめ  橋本多佳子

台所俳句だろうか?紫蘇は朱だから訂正する意味があるようだ。多佳子は直情的作句するのではなく、鉛筆で書いてから何度も推敲するのだという。

雪ははげし抱かれし息のつまりしこと  橋本多佳子

多佳子の代表句。この句から直情型の俳人だと思ってしまうのだが、実はけっこう計算高い俳人だったのか?それは当時「天狼」という句会で男に囲まれていたからハッタリで詠んでいたとする。そのためにあえて感情を突き出してみせたという。

寒月に焚火ひとひらづゝのぼる  橋本多佳子

本来はこういう確かな俳句らしい句を読む人だったという。

罌粟ひらく髪の先まで寂しきとき  橋本多佳子

これもポーズかな。なんか寂しいがセンチメンタルすぎる。

月一輪凍湖一輪光あふ  橋本多佳子

こういう句を作れる人なんだよな。構図の見事さというような。

修二会走る走る女人をおきざりに  橋本多佳子

本来ならばこういう句を多く作るべきではなかったのか?

雪はげし書き遺すこと何ぞ多き  橋本多佳子

最後は素直に自分を発露したのだろうか?

川名大『昭和俳句史』金子兜太の「社会性俳句」の改変

戦後金子兜太が前衛俳句運動の一環として「社会性俳句」を唱えたがそれに伴い中村草田男の議論があった。それは季語の扱い方の問題で、時代が変われば季語も変化していくものであり、いつまでも季語に寄りかかってばかり居るのは権威主義的だという金子の主張に対して、季語は古来からの日本の伝統であり日本人の精神そのものだというのが中村草田男の反論であったのだが、俳句が連歌や俳諧として座の文芸であったときには、俳句の挨拶として季語を読み込んでいたというのは納得がいく。その後に俳句がそうした座の文芸から離れて独自に詠まれるようになると季語と個人の季節感は合わなくなる。そこで新しいことを読もうとすると日本的季語から離れていくのではないか?

しかし、ここでの議論は「社会性俳句」がイデオロギーとして例えばマルクス主義の下部構造として詠まれてしまう。狭義の社会変革としての運動の一部ではないのかという批判に対して、金子兜太は個人で社会を読めばそれが社会性俳句となるのであって、それは狭義の社会変革の組織(例えば共産党とかの下部組織)の運動ではないとしたのであった。

しかし実際にそうした原爆の俳句が詠まれたりしたこともあり、戦後世代から新しい運動として文学運動「ユニコーン」の活動があった。

当時の高柳重信と金子兜太とは違う主張を持った俳句文学運動だったが(リーダーの安井浩司はこの二人を倒さなければならないと明言していた)、実際にはそれぞれ個人の違いが大きくまとまりのある運動にはならなかったようではある。

その後に大岡信が「季語論」で金子兜太との議論がなされていく。これも表現論で難しいのだが、新季語としてなりかわるものとして、渡邉白泉が「戦争」や「労働」を上げたけど、それは季語としてよりも事件として、例えば戦争体験は一つの事件として自然の循環の中には収まらないものであると捉えたいのだ。そうした個人がそれまでの権威的季語に寄り掛かるとスーパーではネギは一年中売られているのに冬のものだけだみたいな齟齬が生じてくる。また明確な季語がなくとも季節感は演出できる句として、

擦過の一人記憶も雨の品川駅  鈴木六林男

では「品川駅」が季語の代わりとして別離の象徴として詩語として成り立っている。例えばそこに中野重治の詩『雨の寮 品川駅』を連想させるものだ。その別離のシーンは、現在では進学する息子と親の別れ、先日のNHK俳句で詠まれていた、季語に成り代わる言葉だと思う。


作品批評

角川『俳句2024年2月号』から。

井上泰至「山本健吉──折口信夫──警句・寓意・滑稽」で季語について批評しているので、読んでみた。折口信夫は和歌の起源が神託としての諺だという。それが自然と相対することで言霊として掛け合うのである。

物いへば唇寒し秋の風  芭蕉

そして俳人の本質は隠者であるという。自然と向き合うことで自然と反転する自己を相対化させる。そして、季語はその暗喩化ということだという。メタファーとしての「寓意」は、山本健吉の「純粋俳句」にとって重要なポイントとなるのだ。それはフランス文芸批評家アランの芸術論であるのだが。このへんのヴァレリーとかフランス文芸批評の影響は、小林秀雄や桑原武夫の翻訳によるものだという。面白いのは純粋俳句の創作方法を指南しているところだ。

まず「歳時記」を見ずに自分で季語のイメージを掴む。次に「歳時記」でイメージに合う季語を探す。そしてその差異(ズレ)を確認して俳句作りに活かすという。面倒な作業だな。

やってみるか?
「花散らしの雨」。まだ桜は咲いてないのだが、「花散らし」とは言わないという今だったら「花冷え」が正しいか?

花冷えの花を散らさず身に染みる  宿仮

なんか上手くないな。否定形だからか?「花冷え」から明るいイメージか?

花冷えの花をうながすハグの雨  宿仮

ハグは育むにしようと思ったのだが「うながす」と重なるし字余りになるので今風の言葉を持ってきたのだ。ちょっといいかも。

山崎一星「今宵一献」

YouTubeがあった。

「今宵一献」は晩酌をすることか?

終の地と決め立春の雪の下

雪が降る地方へ隠居したのか?隠者の暮らしは憧れる。

信濃人となり幾たびの春しぐれ

やっぱ信濃あたりに引っ込まいなと駄目だな

湯けむりや隠し切れなき猫の恋

温泉場なのか、羨ましい。

遠野火に今宵一献早まりぬ

やっぱ酒飲みの句だった。

しがみつく想い閏の二月尽

これは上手いかもしれない。閏年は4年に一回だものな。

久保武「冬鶲」

「鶲(ひたき)」の漢字が読めなかった。ルビが欲しい。

俳人協会の人だった。

難しそうなのでパス。合う合わないは仕方がない。まず読めない漢字が多いと駄目なんだ。

甲斐遊糸「冴返る」

名前から若い人かと思ったら昭和15年生まれのベテランだった。「冴返る」は季語になっているから、このぐらいだと読める。

癌なるも前を見つめて冴返る

一句目から重い。境涯俳句か?

早春の朝日ひろがりゆく湖面

いいところに住んでいるな。湖とか別荘地みたいな。

リハビリの介助の妻と初音聞く

けっこう羨ましいかも。

暖かな緩和ケアーの日々の中

平和が一番だな。

石井いさお「早春の海」

若い人でも1941年だと、俳壇の高齢化をひしひしと感じるな。

高速の千鳥や追ふ目遅れたる

電車に乗り遅れたのか?違うか「千鳥」はけっこうすばしっこい鳥だった。

吹きつける風まみれなる帰る鴨

この「鴨」はしゃれかな?鴨が帰るという喩えのような気がする。

漢字が読めないのでパス。難しい漢字にはルビを振ってもらいたい。それだけで避けてしまう。

山田閏子「夜の路地」

ホトトギスはパス。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?