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シン・短歌レッス110

王朝百首


盃に春のなみだをそそぎけるむかしに似たる旅のまどゐに                     式子内親王

感傷的すぎると思うのだが式子内親王が平治の乱以降に生き残った天皇家の末裔ということだった。

斉藤史と重なるところがある。

齋藤史

布に汚点(しみ)ある喫茶店などに入り来て蠅もわれらも掌(て)を磨(す)る午後は
夜毎(よるごと)に月きらびやかにありしかば唄をうたひてやがて忘れぬ
白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう
野に捨てた黒い手袋も起きあがり指指に黄な花咲かせだす
南仏にミモザの花が咲き出せば黄のスカーフをわれも取出す

『魚歌』

雨宮雅子『齋藤史論』から。

齋藤史『魚歌』は青春短歌としての輝きをどの短歌よりも感じると塚本邦雄がいう。青春の輝きは『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』のようだった。逆なんだよな。かつて輝いていた青春から暗い現実へ。ボードレールもそうだった。「パリの憂鬱」から輝ける子ども時代へ。

塚本邦夫は「寂しき帝王」か?

小林幹也『短歌定形との戦い』より。

こころざし同じうせしがにくしみの始め 燦(きらめ)たり夜の花水木
きぬぎぬの齒と齒ふれあふ花水木この次は赤の他人で逢はう
二月の星わが額にあり一切のうえにし 斷(た)たむとして皆愛す
馬を洗はば馬のたましひ冴ゆるまで人戀はば人あやむるこころ
あはれ知命の命知らざれば束の間の秋銀箔のごとく満ちたり

塚本邦雄

なんか塚本邦雄の短歌が今日は理解できてしまう。「馬を洗はば」はETV「穂村弘 短歌という魔法」でも紹介されていた。人恋しさと断絶感。塚本邦雄が短歌の犠牲となった友、杉原一司という者の喪失の後に短歌の道を切り開いたという。書斎派だけど手紙を書いては友を求める塚本の姿はこれまた『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』だなと思う。

前衛短歌の時代 

篠弘『現代短歌史Ⅱ 前衛短歌の時代』を読んで、短歌史の勉強(Ⅰから始めない天邪鬼)。

近代短歌から現代短歌への変化として、昭和26年を上げていた。まず前田夕暮の遺稿歌集『わが死顔』。近代短歌の終焉を伝えるものだという。

ともしびをかかげてみもる人々の瞳はそそげわが死顔に  前田夕暮

まだ死んでないのだが、自分の死後の世界を詠んだ歌だった。前田夕暮は写実主義よりも浪漫主義だったのか?

釋迢空の「女人短歌」論があり、のちの齋藤史、葛原妙子、中城ふみ子を生み出す契機にもなった。そこに「アララギ」派の中に埋没してしまう女人短歌(台所短歌ということか?)ではなく、男人短歌は思想的に戦後と決着をつけねばならないが(戦時の反省としてか)、女人短歌はそうしたことに飲まれる必要がないという。釋迢空の先見の明だと思う。

うたの日

お題「消」。今日の本歌は、

盃に春のなみだをそそぎけるむかしに似たる旅のまどゐに  式子内親王

親指は惑ひ魔導のミスタッチ春の涙の消印押され  やどかり

富士通の事件を詠んだが理解されず、♪一つだった。凹むが塚本邦雄の道は厳しいと思うことにしよう。まあ凡人には理解できないのだろう。親指から富士通を連想する人ももういないのかもしれない。

映画短歌

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で行こう。

本歌

夜毎(よるごと)に月きらびやかにありしかば唄をうたひてやがて忘れぬ  斉藤史

本歌取り短歌。

自動手記人形(ドール)打つ月きらびやかに軍神へ呪いの言葉を愛に変換  やどかり



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