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『卒塔婆業平』(その2)


五月なのにもう真夏日だった。

「ズバリ!それは根の国でしょう!」突然の大きな声。そこにアイツが立っていた。

柳棚国男。こいつはフルネームで呼ばないとうるさいのだが。なんでも伝統ある柳田書店の当主とかになるという。そう本人は柳田国男と関係がある家系だというがどうだか。だって名字が違っているじゃない。それに私もよく利用する本屋なんだけどあのオヤジ嫌らしい視線で私を見る。

「なんでアンタここにいるのよ」
「妹(イモ)たち、心配はいりません。不審者は警察が連れてってくれるでしょう!」
「芋ってアンタ失礼ね」
「ズバリ!イモは妹で愛しい人とかそんな意味でしょう!」

また面倒臭い奴が出てきてしまった。こいつは「ちびまる子ちゃん」の丸尾くんに影響されて自分がクラスで一番偉いと思っている。それも小学生以来、「ズバリ!癖」が治らないなんて。こいつがいるから私は女子校に入学したのだ。でなければ男女共学の憧れの先輩の高校生になっていたのに。

「根の国って?柳棚国男じゃなく柳田国男の根の国からやってきたということなの?」あたまがクラクラしそうだった。

そして在原業平だと思う爺さんも、へたり込んでいた。

ちはやぶる神代も聞かず竜田川唐紅に水くくるとは

『古今集 秋歌下』在原業平

「お爺ちゃん、熱中症になったんだわ。あんた水を出しなさい」ケイが柳棚国男にそう指図した。
「ズバリ!それは間接キッスになるでしょう!」
「あんた、ホモなの?違うでしょうが。私の水を上げると間接キスになるかもしれいけど、アンタは男同士だから友情ってやつよ」ケイの論理もわからないけど、柳棚国男は納得したようでペットボトルの水を業平に渡した。

「だめだよ、水なんかあげちゃ!あんたたち責任持てるの。そういうときは救急車でしょ。」と私は言ってしまった。

そして誰かが救急車より先に警察を呼んだようだ。遠くからサイレンの音が近づいてくる。
「君たち通報があった不審者とはその男かね」背の高い方の警官がいう。デブの警官はケータイで話していてこっちをみようともしない。

「不審者じゃなく私の親戚なんで」と私はとっさに言ってしまって後悔した。
「どうみても不審者じゃないか?」
「いえ、ホームにお世話になっているんです」と私。
「じゃあ、大丈夫なの?」とノッポ
「ええ、お爺ちゃんが歩けるようになったら連れていきます」
「せっかく警察が来てくれたんだから、まかせようよ」とケイ。
「送ってくれますか?」と今度は柳棚国男が無責任なことを言う。なんだかんだでパトカーに乗ることになったのは、私、ケイ、在原業平らしき人、で柳棚国男はこれ以上係わりたくないので置いていくことにした。

うつつにはさもこそあらめ夢にさへ人目をよくと見るがわびしさ

『古今集 恋歌三』小野小町

パトカーに乗ると私の中の小町が小さくつぶやいた。それに答えたのはやはり業平だった。

かきくらす心の闇に惑ひにき夢現とは世人さだめよ  

『古今集 恋歌三』在原業平


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