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シン・俳句レッスン111

蒲公英

蒲公英ですぐ思い出すのは坪内稔典。

たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ 坪内稔典

音韻だろうか。「ぽぽ」が「火事」とつながる燃えるような感じ。口語俳句であることか?蒲公英と口語俳句は相性がいいのかもしれない。

今朝の一句。

たんぽぽや踏まれ続けて開花宣言  宿仮

山頭火に似たような俳句があった。踏まれ続けるだけではいけない。

ふまれてたんぽぽひらいてたんぽぽ  種田山頭火

赤黄男百句

坪内稔典・松本秀一編『赤黄男百句』から。

影はただ白き鹹湖(かんこ)の 候鳥 ( わたりどり )

鹹湖は塩湖。赤黄男も難し漢字を使うな。こういうのは漢詩から引っ張ってくるのだろうか?

灯を消してあゝ水銀のおもたさよ

水銀灯だという。でも灯を消して暗闇になるというのは納得がいかないな。街燈なら夜中中点いていると思うのだが。もしかしたら街燈じゃないのかもしれない。重たさをひらがなにしたのが心理的な気持ちを表現できたという。わからん。モダニズム俳句だという。

石の上に 秋の鬼ゐて火を焚けり

秋の鬼とは?栗かな?焼き栗。秋の鬼は比喩だよな。解説では鬼が火を焚くになっている。そっちにも取れるのか?「石の上に」で切れているからか。秋の鬼は赤黄男自身だという。

草原のもりあがらんとする 驟雨

草原がもりあがろとするほどの土砂降りということか?驟雨が比喩だとすると弾丸かもしれない。これも戦時中の句だった。戦時では日常でも句意が変わる。解説では驟雨は文字通り驟雨で草原の息吹のように描いていた。まったく逆だな。驟雨に「雨をみたかい?」という歌を思い出したから。

大地いましづかに揺れよ 油蝉

これも戦時の句ならば、油蝉が象徴なのだろう。嵐の前の静けさというような。そっか、大地は揺れている。そこで油蝉が鳴いているのは芭蕉の句と重なるのだな。鎮魂の蝉の鳴き声か?「揺れよ」という命令形だ。

虹を切り 山脈を切る 秋の鞭

この一字空けが曲者だ。虹を切っている視覚的効果か。秋の鞭とは?山脈は大蛇を想像する(素戔鳴尊)。琥珀会会報という媒体が曲者か?

蒼空に けらけら嗤うふたり 柘榴

嗤うはあざ笑うという意だという。不気味な声の響きと柘榴の割れた実。

落葉ふるふる うつくしき夜景かな

赤黄男はオノマトペをよく使う。そういうところが好きなのかもしれない。

草に臥(ね)て 雲うつりゆくおそろしさ

今日は仰向けに寝て大空をみることが目標だ。天気はよくないが。菜種梅雨なんだ。

手鏡の むらさき濃ゆく時雨けり

鑑は自己を覗くことのようだ。その自己が不安定だという。

湖の 冬の社は 朱の社

厳島神社か。あれは海か?その風景に感動したのだろか?

俳諧志(松本貞徳、安原貞室、立圃と重頼)

加藤郁乎『俳諧志』から。

松本貞徳

俳諧の宗匠(師匠)になった人だという。

紅梅やかの銀公のからごろも  松本貞徳

「銀公」が謎語で判断つかないらしい。そうか初期の俳諧は謎語を入れて、読者がわからないのを楽しむのか?「銀公」って今だったら銀行のような固いサラリーマンなはずなのに羽振りのいい高級ブランド服に見を包んでいるひとか?梅だけど紅梅というような。まだこれだと読みは理解できるし漢字から意味も連想出来る楽しさある。貞徳の言葉にも「俳諧は己も楽しんで人もたのしませて、なんぼや」と言っている。「なんぼや」とはそんなニュアンスかなと。間違った。「誹諧」と言って書いてあった。でも同じ意味だった。ただ松本貞徳は「俳」ではなく「誹」にこだわるのはそこに誹謗中傷の批評精神にあるのかもしれない。

おさな名やしらぬ翁の丸頭巾 ばせお

芭蕉の句なのに季語がない。季語になりかわるとしたら「翁」かな。

安原貞室

松永貞徳の弟子なのだが、彼の一派を引き継いだというかそれも勝手に名前を語ったりして後に敵も多くいたという。

天長くちひとほとむるや秋の月  貞徳
 深ししをんの花の夕霧   正章(貞室)

論争も多く、貞室『百韻自註』に対する松江重頼の批判は、俳諧史における論争の始まりという。

貞室は鼻が低くて、貞徳の俳号を勝手に拝借するなど敵も多かったから、重頼『鼻欠猿』や「朝がほや日かげにまけてはなひしげ」など中傷した句もあるという。それに対して、

送り火は御身の為か大文字 貞室

と返している。これは重頼の家名が東山の聖地にあるとしたのを偽者だと詠んだという。そういう論争が話題を呼んで飯の種ともなっていたようでもある。

これはこれはとばかり花のよしの山  貞室

は貞室の名句として有名で、この句は絶唱であると評価されたりしたので貞室亡き後は第一人者とされたようである。

立圃と重頼

もともと貞室の弟子筋にあたるのだが、後に破門され貞門の二客と称される。

山姥がいばりや時雨のやまめぐり 貞徳
白鬚を囲ふは櫓つばきかな    立圃
舞の後あかを上羽の蝶もがな   重頼

貞門一派は、花の俳諧に抜きん出た一派なのかもしれない。後にその貞門も戯れ歌(狂歌)ばかりになって衰退したという。

蒲公英や黄に狂い咲き白髪かな  宿仮

蕉風俳諧樹立の原点 日本橋界隈

『角川 俳句2024年2月』から、堀切実「蕉風俳諧樹立の原点 日本橋界隈」。俳諧というと関西の方がイメージにあったけどやっぱ江戸だったのか?江戸日本橋というと永井荷風の世界か。

発句也松尾桃青宿の春  松尾桃青

松尾芭蕉になる前に「俳諧事始め」と名乗った句だという。やっぱ芭蕉はすごいな。ここから俳句が始まったみたいな感じになっている。

鐘ひとつ売れぬ日はなし江戸の春  其角

蕉門一の都会派は其角であるという。都会と言っても江戸時代だから。

越後屋に衣(きぬ)さく音や更衣(ころもがえ) 其角

江戸っぽい句だな。江戸はやっぱ越後屋なんだ。紀伊國屋は駄目かな。

荷風買い檸檬置き去り紀伊國屋  宿仮

あれは紀伊國屋じゃなかった。御茶ノ水だったよな。思い出せない。

日本橋や曙の富士初松魚  正岡子規

上五が字余りであまりよくないと思う。「目には青葉山ほととぎす初鰹」のパクリだという。挨拶句らしい。

月の出や雁落ちかゝる佃島  龍之介

初空や出の姿して日本橋  鏡花

芥川は意味が汲み取れるが鏡花はわからんな。「出の姿」は歌舞伎役者だという。そういうことか。荷風は俳句やらなかったのか?そんなことはなかったが日本橋は読まなかったのか?

今日はここまで。

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