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子供が覗く世界に未来は見えるのだろうか?

『マタインディオス、聖なる村』(2018年/ペルー)監督・脚本:オスカル・サンチェス・サルダニャ、ロベルト・フルカ・モッタ 出演:カルロス・ソラノ、ナタリー・アウレス、グリセリオ・レイノソ、ホセ・ビバス、ファウスティナ・サンチェス

あそこから神が見ている。この村を守るために
先住民の慣習とカトリック信仰が入り混じったくらし
そこにある民衆の苦悩と困惑が交錯する

ペルー、山岳部のある集落。家族を失った悲しみを終わらせるために、村人4人が村の守護聖人・サンティアゴを称える祭礼を計画する。家族を失い、嘆き悲しむ苦痛からの解放を聖人に祈るその祭礼は、守護聖人を満足させるために完璧なものでなければならない。祭礼の準備は順調に進むのだが、予期せぬ出来事によって、自身の信仰と、守護聖人による庇護の力に疑問をいだいていく…。

内容はペルーのキリスト教文化の侵略がありそれに対する反動の映画なのだが、映像が凝っているせいか難しい映画になってしまった。これは今のペルーのナショナリズムなのかなと思うところがあって、考えさせられた。

最初のシーンがキリスト教会(倉庫のような)の鍵が開かない。それが象徴するように、もうそういうことも古くなってしまったのだ。だから信仰も年寄りや貧しさのために必要とされている習慣になっているのだが、その奇跡が起こらない。

子供たちはそういう習慣に無関心で、むしろ像を破壊していく。そこに監督の意図があるのか?確かに侵略者の象徴であるその像は破壊されなければならない。ただこれはニュースなどで見るナショナリズムに繋がっていくような。

旧世代の人たちは何を信じればいいのか、それも見えて来ない。子供が鍵穴から覗く世界は、神よりも観客を見据えている。ここはすごく象徴的なシーンだと思う。世界の関心がペルーに向けられることを願っているようだった。

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