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力強いロシアの母のロードムービー

『チェチェンへ アレクサンドラの旅』(2007年/ ロシア・フランス)監督ソクーロフ 出演ガリーナ・ヴィシネフスカヤ, ワシーリー・シェフツォフ, ライーサ・ギチャエワ

チェチェン内戦の不条理を、ロシア軍士官の孫を基地に訪ねる母親の姿を通じて暴く。
ソクーロフ監督による鎮魂歌
ソクーロフ監督が世界的なチェリストを撮ったドキュメンタリー『ロストロポーヴィチ 人生の祭典』では、その妻ガリーナ・ヴィシネフスカヤが主役のロストロポーヴィチを圧倒する存在感を見せつけている。このヴィシネフスカヤを主演に迎え、ソクーロフ作品では珍しく監督自らが脚本を執筆した作品が『チェチェンへ アレクサンドラの旅』である。
 ロシアからの独立を求め、内戦が続くチェチェン共和国。そこに設営されたロシア軍駐屯地に、ロシア人の老女アレクサンドラが訪ねてくる。孫の士官デニス・カザコフに会いに来たのだ。アレクサンドラは、孫以外の兵士たちと仲良くなり、さらには駐屯地の外でにぎわう露店で商売をするチェチェン人の女性とも仲良くなっていく。その交流を通じて、人間の自由な精神の働きを奪い去る戦争の非人間性が、次第に暴かれていく。
 ヴィシネフスカヤは世界的なソプラノ歌手だが、厚かましくも情にほだされやすく、庶民ならではの智恵の言葉を吐いたりもする、典型的な市井のロシア人女性を演じている。ソクーロフは、『精神の声』をはじめとするさまざまな作品で戦争の不条理を描いてきたが、この作品でもまた、戦闘を指揮する立場にある大尉のデニスですら、意味を見いだせずにいる戦争の姿をつきつける。

厳ついロシアの母親が戦地にいる孫息子を尋ねるロードムービーだろうか?ソクーロフはチェチェンに侵攻していくロシア人を悪人として描いているわけではない。ただそこに息子を思うロシアの母親がいるだけだ。それは戦争反対を超え高に叫ぶ母親でもないのだ。ただロシアの母親と言えばいいのか?

その中で兵隊が積み込まれる電車に乗ったり砂埃の荒地で苦労しながらも一心に思う子供に会いたいと思う気持ちが映画を推し進めていく原動力となっている(それは戦車の原動力よりも力強い)ロシアの母親という存在なのかもしれない。そんなロシアの母親が帰れずに彷徨っているとチェチェンの女たちが助けてくれる。そのことに非常に感銘を受けて今度絶対に会いに来てくれとメモを渡すのだ。そういう母親同士の交流。その姿が尊いのだ。誇りあるあるロシアの母をソクーロフは映画という芸術で捉えて見せたのである。

ガリーナ・ヴィシネフスカヤはロストロポーヴィチの妻だという。そういう厳しい現実の歴史を経てきただけの経験が表情に出ている。まさに「ロシアの母」に相応しい。

それがソクーロフの映画なのはカラーで撮りながら黄土色のロシアの大地で染め上げた演出だろう。『ソクーロフの対話』でもその単一な色調は墨絵からヒントを得たと発言している。あらゆるカラーで彩られたらこの感じは出なかったであろう。

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