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象は架空の像かな

『象を撃つ』井上光晴 (講談社文庫)

腐った貝を食べ、辺境に置き去りにされた老人たちが、妊婦を輪姦する――自らを「想像力の技術師」と信じこむ入院患者の描く、悪夢のような虚構の世界=小説。いっぽう、その彼が看護婦を妊娠させたという噂が、彼の抗弁をはねつけ、病院内に拡まる。想像力を超える非難と指弾という現実の荒廃を描出し、「小説とは何か」を追求した意欲作。

Amazon紹介文

戦後の昭和の作家という感じの読みにくさ。もしかしたら大江健三郎はこの人の影響も受けているのかな。その文体のネチネチ感や錯綜した感じが現代文学なんだろうけど話が暗澹なるマジックリアリズムということかな。一応フォークナーのような多層的意識の錯綜があるのだが、主人公が精神病院に入院している作家で、入れ子構造の作家の物語や妻の手紙の物語、患者の半島の物語とエピソードで重なられていく。

それと登場人物の多さも混乱させる要因になっている。病院の患者たち、病院の看護婦や事務員、さらに先生と半島での住民の登場人物。それは目眩ましのような。奥さんの手紙の物語が神話的に明るい感じなのは、井上光晴の奥さんが書いたのかもしれない。映画ドキュメンタリー『全身小説家』で奥さんも昔小説を書いていたいたと言っていたから。そこの文章だけが妙に明るかった。ただその手紙もガリ版刷りという本当に妻の手紙なのか?よくわからない内容なのだ。虚構の中に虚構を積み重ねていく藪の中という作品。

その話のどれが真実かミステリー仕立てなのだがそれを解決する探偵がいるわけでもなく、主人公が被せられた看護婦との妊娠事件とある半島での強姦事件、さらに主人公の作品も寒村の漁村での強姦事件と読んでいて楽しいものではない。このへんがエロス的と昭和文学では捉えられていたのかと。

半島も朝鮮部落のようで作者の記憶の中のそうした住民差別みたいな記憶が具現化した内容なのだろうかと想像する。戦後の混乱期の精神病院の話なんでドロドロな内容なのは覚悟はしていたけど、ここまで救いがない小説もないな。一応作家の疑いは晴れたようなのだが、それでもすっきり解決といかない内容の話である。

エピドードにエピソードを重ねていくヌーボロマンの一種なのかな、そういえばクロード・シモンにそんなような小説があったような気がした。



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