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【咎人の刻印】夏休み 特別掌編

《作品紹介》
『咎人の刻印』は小学館文庫より刊行。
主人公の神無は、愛を探すゆえに殺人を繰り返し、「令和の切り裂きジャック」と呼ばれていた。彼は美貌の吸血鬼である御影に拾われ、贖罪の道を歩み出す。現代の池袋が舞台のダークファンタジー小説。

†掌編†
切り裂きジャックとカインのコミックマーケット


 神無と御影、そして、万屋は東京ビッグサイトにいた。
 夏真っ盛りの炎天下にもかかわらず、大勢の人でごった返している。
 全ては、「コミケに行こう!」という万屋の一言から始まった。彼女は買い物をたくさんしたいらしく、荷物持ちを欲していた。ポチは店番をやる必要があるので、常連である二人に白羽の矢が立ったのである。

「人がスゲーいるってことしか知らなかったけど、実際に来てみるとマジでヤバいね」
 蒸されるような暑さの中、人ごみに揉まれながら神無はぼやいた。
「集団でスペース前をウロウロすると迷惑になるからな。指定した時間に、コンビニ前に集合だ。それまでは、自由にしてていいぞ」
 万屋はそう言って、雑踏の中へ消えていた。
「自由にしろって言っても、何を見ていいか分かんないんですけど」と神無は苦笑する。
「文化的な祭典だし、僕は興味深いけどね」
 御影は事前に調べて来たようで、書き込みがされている地図を広げた。
「回る気満々じゃん。だから、荷物持ちをあっさり承諾したわけ」
「彼女と仲良くしておくと、何かと都合をつけてくれそうだとも思って」
「……それは表向きの理由?」
「うん」
「素直に頷き過ぎ。ちょっとは誤魔化してよ」
 特に目的がない神無は、どうしたものかなと思案する。そもそも、コミケというイベントは名前だけ知っていて、内容をあまり理解していなかった。
 そんな時、「あの……」と女性二人組に声をかけられる。神無は反射的に愛想笑いを浮かべ、「どうしたの?」と返した。
「あ、あの、撮影してもいいですか?」
「お連れさんも一緒に……!」
 二人組はスマホを構えながら、遠慮がちに、しかし興奮気味に言った。
「俺は別にいいけど――」
「僕も構わないよ」
 御影は地図をしまい、神無にそっと身を寄せる。すると、二人組は「きゃー」とか「はわわわ」とか叫びながら、夢中で撮影していた。
 ひとしきり撮影を終えると、彼女達は「ありがとうございました!」と頭を下げたり、「良いものを見せてもらいました……」と拝んだりしながら去って行った。
 神無は、ひらひらと手を振りながらそれを見送る。
「なんか、大袈裟だけどマナーがいい女の子達だったね。街中だと勝手に撮られるからさ」
「神無君。彼女達は多分、君のインスタのフォロワーではないよ」
「は? それじゃあ、なんで撮りたがってたわけ?」
「それは恐らく――」
 御影は、未だに遠くから拝んでいる二人組の方を見やる。神無もまた、それに倣うように彼女らの会話に耳を傾けてみた。
「あんまりにもカッコよかったから撮っちゃったけど、何のコスプレだろうね」
「あとで調べてみようよ。お互いに違うコンテンツっぽかったけど、二人とも推せるわ」
 耳を澄ませた神無は、顔を引きつらせる。
「マジか。コスプレと間違えられたのか……」
「そのようだね。それに、君は見目が麗しいし」と、御影はいつもと変わらぬ様子で微笑む。
「いや、御影君の方が麗しいって言葉が似合うし……。っていうか、御影君はともかく、俺はコスプレじゃなくない!?」
「君の赤い髪が、現実離れした美しさだからだよ」
 御影の繊細な指が、神無の毛先をゆるやかに弄ぶ。神無はそれを、軽く払った。
「冗談じゃねーぞ。池袋歩いてる時も、アニメキャラみたいだと思われてたわけ?」
「漫画のキャラクターかもしれないじゃないか」
「どっちも変わんねーし!」
「まあ、この場所ならではの勘違いだと思うよ。気にすることはないさ」
「……御影君も、場所によってはバンドマン扱いだしね」
 寧ろ、御影の隣にいるとコスプレ感が増すのではという疑念が過ぎるものの、そうなるとどうしようもないので、神無は気付かなかったふりをした。

 とにかく、万屋との約束の時間までかなりあるので、神無は御影についていくことにした。
 神無は、池袋のポップカルチャー部分を濃縮したような雰囲気に面食らっていたが、御影は平然としていた。目的があるからなのか、年の功なのか、寛容だからなのか、神無には判断がつかなかった。
「神無君は自由に見ないのかい?」
「んー、俺はよく分かんないし」
「君は漫画が好きだと思ったのだけど」
 御影は小首を傾げる。
 神無は周囲を見回してみるが、ずらりと並んだ長机の上に積まれている本は、どれも馴染みがない形態であった。
「この会場のは、なんか大きくて薄くて高くない?」
「同人誌だしね。自費で印刷しているから単価が高くなってしまうのさ。大きさも厚みも、書き手に委ねられるし」
「へー、完全に手作りってわけ。それはそれでスゲーな」
 未知の文化を知った神無は、感心して並んでいる同人誌を見やる。
「あっ、俺が知ってる漫画のキャラかな、あの本の表紙に描かれてるの」
「二次創作だね。作品のファンがほとばしるパッションを詰め込んだものさ。池袋には同人誌を販売している店も多かったと思ったはずだよ」
「そうだっけ。つーか、眼中になかっただけかも。今度、注意して見てみようかな」
「まあ、棲み分けも大事だと思うけどね。君の興味があるものは、彼らの眼中にないかもしれないし。お互い様というやつさ」
 御影はそう言って、神無の手をきゅっと握る。
「ん? どうしたの、こんなところで」
「君が、どこかに行ってしまわないように」
 紳士的でありながらもどこか蠱惑的な笑みを浮かべる御影を前に、神無はつい、視線が釘付けになってしまう。
「いや、大袈裟だし……」
 神無はしどろもどろになりながら、御影になされるがまま、その場を後にした。
 一方、神無を誘導した御影は、神無がすぐそばにあった過激な表現の同人誌を目にせずに済んだことに、胸を撫で下ろしたのであった。

 その数時間後、集合場所に向かった二人を待っていたのは、二つのトートバッグをパンパンに膨らませた万屋であった。彼女は両手で抱えたそれを、神無と御影に押しつける。
「いやー、助かるぞ。肩がもげるかと思った」
「重っ。本買いすぎじゃね? どんなの買ったの?」
 重く膨らんだトートバッグを抱えながら、神無は万屋に問う。
「エモい鉄塔の写真を集めた本とか、全国の廃駅巡りをしたレポートをまとめた本とかだな」
「そんなのあるのか……。渋過ぎじゃない……?」
 神無は思わず固唾を呑む。
「こちらは、本ではないようだけど」
 御影は、比較的軽いトートバッグを手にしながら首を傾げる。
「それは同人ゲームだ。Steamのインディーズゲームもいいんだが、やはり、会場で買うと達成感があるな」
「ゲームもあるわけ? マジで何でもアリじゃん」
 神無は、コミケの奥深さに目を丸くする。
「因みに、二人は何処に行ったんだ?」
「御影君に付き合って、ハンドメイド作品見てた」
「気になるサークルがあってね。ほら、ご覧よ。天然石をあしらったこの造形美を」
 御影はそっと手を掲げ、白い指にはまったシルバーのリングを見せびらかす。繊細な薔薇の彫刻が施され、真紅のルビーが添えられていた。
「ほほう、ハンドメイドに行ったか。王子らしいな」と万屋は感心していた。
「今度、出展してみてもいいかもしれないね」
「それならば、デザフェスがおススメだぞ。王子好みの世界観を持った出展者が一定数いるだろうし」
「それはいいね。その時は、神無君に手伝って貰おうかな」
 すっかり蚊帳の外のつもりで話を聞いていた神無に、御影は唐突に話を振る。神無は、思わず目を丸くした。
「俺がハンドメイド趣味の連中が集まる場所にいたら、完全に異物でしょ」
「そんなことないさ。さしずめ、非現実的な空間に咲いた一輪の花だよ。君の美しさは、完成度が高いコスプレのようだからね」
「コスプレに勘違いされた話はもう忘れてくれない……?」
 神無はがっくりと項垂れる。
「なんだその話、聞きたい!」とまとわりつく万屋を適当にあしらいつつ、神無は御影とともに池袋という現実に戻るべく、ゆりかもめに向かったのであった。

【あとがき】
Twitterで唐突に「夏といえば?」とアンケートを取ったのは、実はこのためでした。
仕事の合間に、猛烈に咎人SSを書きたくなったので……!
今年は夏コミがありませんが、来年は無事に開催されるといいですね……。
また、御影君が神無君に過激な表現の同人誌を見せないようにしたのは、そういうことが神無君にとって現実だったし、辛いことを思い出しそうだと思ったからです。
因みに、毎度のことながら担当さん公認となりますのでご安心を(?)。


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