3minutes エチュード「診察」

~3minutes エチュードシリーズ~

(作者による前口上)

子どもの頃、病院でも、歯医者でも、床屋でも、とにかく大人にされるがままに身を任せる状況を当たり前のように享受していた。
大人になってから久し振りに歯医者に行ったとき、大人になっても相変わらず、言われるがままに口を大きく開けて、年齢も大して変わらない歯科衛生士にされるがままになっている状況に、「大人になったのに子どもの頃と一緒だ」という、不思議さとおかしみと安堵を同時に感じた。そんな話。

タイトル「診察室」


病院の診察室

医師   はい、次の方


女性がはいってくる


医師   どうぞ

女性   (会釈して椅子に座る)

医師   今日は、どうされました?

女性   え

医師   どこか具合が?

女性   いえ・・・・

医師   ん?

     えっと・・・今日は、どうして?

女性   わかりません。

医師   はい?

女性   あ、いえ、すみません

医師   あの

女性   あ、いや、ちょっと熱っぽくて

医師   熱?

     体温は

     (問診を見て)

     特に今は高くはないようですが。

女性   いえ、でも

医師   他に症状は?

女性   ・・・・

     なんだかちょっと喉が痛くて

医師   そうですか。

     じゃあ、ちょっと口をあけてみてください。


医師、女性の口の中を診察。

女性、少しうれしそうに。


医師   うん。

     特に腫れてはいないようですが。

     いつからですか。

女性   子どものころから。

医師   は?

     あの。

女性   あ、すみません。

     今朝から、急に。

医師   ・・・子どもの頃というのは?

女性   いえ、すみません、

     それは、なんでもありません。

医師   何でもないことはないでしょう?

     何です?

女性   ・・・・

医師   話していただけませんか?

女性   その、今の、口の中を見た。

医師   え、

     (金属の器具を指し)

     これですか。

女性   それで、さっきのように舌を押さえて、

     その、見てもらうというのが、

     ・・・・

医師   苦手ですか?

     わかりますよ。

     これ、吐き気がして、苦手な方多いです。

女性   いえ、好きなんです。・・・・多分。

医師   好き?

     これが?

女性   これが・・・というか・・・

医師   もう一度しますか?

女性   あ、いえいえ、その、

     決してそういうわけではなくて、

     あの、次の流れへ

医師   え、流れ?

女性   すみません、変なことを言いますけど、

     普通どおりの診察をしていただけませんか?

医師   はあ・・・・

     ですが、その、症状が

女性   ですから、風邪と言うことでよいです。

     朝から熱っぽい、喉が痛い、という体で。

医師   ・・・・

     わかりました。

     では、聴診器をあてますので、

     服をあげてください。

女性   ・・・・

     (はにかみ)

     はい


医師、聴診器をあてる


医師   はい、次、後ろを向いて

女性   はい


医師、背中にも聴診器をあてる


医師   うん、特に異常は


女性、少し泣いている。


医師   あの、どうされました?

女性   すみません。

     あの・・・・

     ああ、好きだったなあ、と思って。

医師   好き・・・

女性   この、一連の流れが。

     なんか・・・落ち着くんです。

     あの、あれ、とんとん叩くやつ

医師   え?

女性   何か、昔はよくしてたんですけど、

     今はもうしないんですか?

医師   ああ・・・しますか

女性   ・・・・・お願いします。

医師が女性の背を軽くたたく。

女性、静かにすすり泣く。

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