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9月25日「14へ行け」

ゲームブックというものがありまして。

これは文字通り「ブック」本、でありながら「ゲーム」になっているという読み物のことです。

普通の本には紙のページごとに番号が振ってあります。このゲームブックには「パラグラフ」つまり段落ごとに1,2,3と番号が振ってありまして、本を表紙から順に読み進めていき、「パラグラフ 1」から読むのは普通の本と同じなのですが、パラグラフの最後には、

次は、57へ進め

のような次に読むパラグラフ番号が指定されています。

これに従わずに「パラグラフ 2」を読もうとしても、話も何にもつながっていないので何のこっちゃさっぱりわからないわけです。

ページをたぐって「パラグラフ57」を見つけ出して読み進めると、パラグラフ1と話がつながって読めるようになっているのです。

パラグラフの最後には「あなたはどうする?」のような問いかけの言葉が書かれていることもあります。この話の主人公がもしあなたなら、どういう行動を取りますか? ということを問いかけているわけです。

小説を読んでいて、「俺だったら、こんなわけのわからない所からはさっさと逃げ出すね」とか、主人公の行動に納得ができない時ってありますよね。

このゲームブックだと、

立ち向かう場合は33へ行け。逃げるなら、8へ行け

とか書いてあるわけです。「あなた」が最善だとおもう方の選択を選んで、そちらのパラグラフ番号を選んで、読み進めるのです。

自分の考えた方に主人公が進むのですから、没入感は半端ありません。展開にハラハラし、時には危険な目に遭い、時には失敗し、時には一発逆転の選択を選び、しているうちに物語にどんどんハマっていきます。

もっと詳しいことは「ゲームブック」で検索したりしてもらえればいいのですが、ゲームブックは本の気軽さとゲームの緻密さを併せ持った、とても楽しい読み物なのです。

欠点はパラグラフ番号をさがして本を前へ後ろへめくり続けるのがとっても疲れる、ということくらいです。

そんな中J・H・ブレナンという作家が書いた「グレイルクエスト(ドラゴンファンタジー)」というゲームブックのシリーズがありまして、非常に名作で、もう書かれてから30年以上経っているのですが未だに伝説的な存在になっています。

何が名作か、というとブレナンのユーモアあふれる筆致とか、

アーサー王物語をはじめとした色々なパロディ要素とか、

シリーズの色々なお約束が仕込まれた演出とか、

サイコロと記録用紙をつかったTRPGのような戦闘システムとか、

日本語版の「フーゴ・ハル」氏の描くすさまじい挿絵とか、

本当に色々あるのですが、インパクトを残したのは「パラグラフ14」に代表される「メタ的な視点」ではないかと思います。

グレイルクエストの物語のなかでは主人公はよく死にます。「あなた」が選択を間違えたと言っては死に、「あなた」の振ったサイコロの出目がよくなかったと言っては死に、休んでたら悪夢を見たと言っては死に、とにかく色んなことで死ぬのですが、そうすると必ず、

まずい選択だったな。崖の下は奈落の底だぞ。きみは14へ行かなければならないようだ。
三つ首のニワトリに敗北したら14へ。
夢の中で巨大なゴリラに求婚されている。愛情いっぱいの頬擦りをされ情熱的な抱擁をうけているが、全身の骨が砕けそうだ。抱擁から逃れられなければ14へ行け。

(引用ではなくてテキトウです)みたいな感じでパラグラフ14に行かされるんですよ。

この14という数字は文中何度も目にしますし、実際にパラグラフ14にも何度も訪れることになるので、読者はもう「死の数字」みたいな感じで14のことを憶えてしまいます。

物語の語り手も、もういちいち「きみは死んだ……」とか言わなくても「14行きだ」と言うだけでどうなるかわかるだろ? みたいな感じで知ってるものとして扱い始めます。(この深刻にならない語り口がいいんです)

パラグラフ14に何が書いてあるかというと「きみは死んで墓場に横たわっている……」のようなことも書いてあるのですが、

「しくじったな。だが気に病むことはない」

「最初からやり直しになるが、次はもっとうまくやれるだろう」

とか、これがゲームだということを思いきり前面に出したメタ的なことが書いてあります。

「一度倒した敵は、戦わずに勝った選択肢に進んでいいよ」みたいなことが書いてある場合もあります。

いっけん、物語の没入感を損なってしまいそうですが、

「ゲームオーバーになって、主人公とはここで断絶して、本を閉じる」のではなく、

「ここで新たな命を得る主人公と一緒に、再挑戦する」パラグラフなのです。あえて主人公がループをくり返していることを明かして、没入感を切らないようにしてあるのだと思います。

グレイルクエストでの14は終わりではなく、次のループに再挑戦するための区切りにすぎないのです。

このように、恒例の番号「14」という、わかりやすいシンボルをつけることで、見通しがよくなったことと、

メタ的な視点や、ループする主人公を持ち込むことで、読み物としての没入感、連続した感じが上がったこと。

この二つの特徴により、ゲームブックが単なる「結末のたくさんあるツリー状の読み物」ではなくて、「攻略可能なゲーム」であることがわかりやすく示されるようになったのではないでしょうか。

「パラグラフ14」にはそういう含みがあるのだろうと思います。

「ゲームオーバーで切らない」というのはビデオゲームでもだんだん新しい常識になってきているように思います。ゲームオーバーになってもすぐリトライで復帰、そのトリガーをどんどん軽くしていったり、

あるいはゲームオーバーという概念じたいをなくしてしまったり。

言われてみればゲームセンターでコイン入れてプレイしているのでもなければ、失敗ごときでいちいち体験を切る理由ってあんまりないんですよね。

このへんの没入感を切らさない仕掛けは要チェックだと思います。

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