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幕間話_前書「雨音の話」

それはここ、トーキョーの向こう側。
様々な時間と世界が一度に交差するような、拠点となる場所がある。
ある特定の電車で霧のかかったトンネルを抜けると、見えてくるのは大きな電波塔。

言葉を蓄えて燃料とし、電力の供給と地域の発展を繰り返した街の象徴。それが目に入ったのなら、もう終点まで3分もかからない。

言葉とともに生きる街ーーアカシア区はすぐそこである。


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少し昔、アカシア区にある少女がいた。
空想好きな、どこにでもいそうな少女は、いつも小さく悩んでいた。
誰に対しても自分の気持ちをうまく伝えられない、と。そんなことを。

「今日さ、帰りに新作のパフェ食べに行こうよ!ほら、話題の映画とのこらぼのやつ!」
「あー確かに!XXXXちゃんも行こうよ!その映画、見てるって言ってたし!帰りに映画館よってグッズも買っちゃう?」
「えっと、私は。今日用事で早く帰る日で。ごめん、本当はいきたい気持ち山々なんだけど。」
「じゃあ、XXXXちゃんの都合も含めて日付ずらす?あと5日くらいはやってそうだよ?」
「ああーっと、その、気にしないで!期間限定だし、無くなっちゃうと困るから、先に楽しんできて。感想聞きたい。」
「じゃあ、そうする??XXXXちゃん、また今度遊びに行こう!」
「うん!私も誘ってもらったのに、ごめん!またね」
(私、本当はあまり興味がなくって・・・・・・その、ごめんなさい)

何か意見や希望を言いたくても、はぐらかしてしまったり。本心の代わりに継ぎ接ぎの言葉を積み上げてしまったりする癖がついていた。違う言葉が口からこぼれるたびに、少女は心のどこかで虚しさを感じていた。

そんな少女にも、好きなものがあった。それが物語と音楽だった。
自分を代弁してくれる小さな世界があることが、心の拠り所でしかなかった。午後22時からの1時間が、少女にとってのゴールデンタイムである。

(夜に両耳を音でふさいで目をつむれば、どこにだっていける。)
(紙の上か頭の中なら、なりたいものになれる。言いたいことも言える。)
(だけれど、もう傷付きも、付けもしたくはないよ。)

幼いころから、自分の心を守る方法として「小さな世界」で過ごすことは心得ていた。ただ、こんな至福の時の話なんて、彼女はしたことが無かった。
少女は心を大きく開くことで否定されて、自分が自分でなくなる感覚が一番怖いと知っているから。
(ただでさえ、「不思議な瞳」の持ち主だし。)
少しでも平穏な生活を、自分の心を守りながら生きたいと思っていた。


時折、言葉で心をごまかしながら。夢を見すぎているのかも、から回ったりしながら。
平穏な毎日はゆっくりと過ぎていくはずだった。


彼女のことも平和ボケな世界のことも構わず、黒い雨は喰らいつくした。


※※※※※

「私なんかに出来るわけないでしょ。」

「もう、このまま泡にでもなってしまいたい。」

「ぶっ壊してやる、こんな生活も、てめぇの未来も・・・・・・!!」

ーー恨み、苦しみ、嘆きの数々が二重窓を突き破るかの勢いだった。
けたたましい雷とともに、全てをなし崩しながら。黒い黒い、言葉を含んだ大粒の雨が、街の至る場所を喰らいつくす。

言葉の雨が降ることは、極稀にあった。たまに、街で循環しきれなかった言葉が処理場から排出されてできるくらい。でも、そんなレベルではなかった。

窓の外は降り止む気配のない言葉と、色も姿も変わり果てた街並みが広がっていく。触れた全てから体温を奪っていくかのような、雨の空気。
避難を促す声と泣きわめく声が、混ざり合う。

(こんなこと、あるものなの・・・・・・)
見たことのない災害に、あの日、世界は歩みを止めたかのようだった。
どうにも言葉にできないような、冷や汗が滴っていくようなこの感覚を
少女は覚えている気がしながら。

その日の晩、少女は彼女の祖母から電話があって、アカシア区から、トーキョーへ戻ることになった。

※※※※※

電車に乗って霧を超えてみれば、雲一つない空。
目が冴えた少女の視界には、前に来た時と変わらないトーキョーの夜が広がっていた。
ああ、と少女はつぶやいた。

「こんなにも、トーキョーのネオンは明るいのに。」
「今日も変わらないのに。」
「またーー」

やりたかったこと、言えなかったこと、まだまだ彼女には沢山あった。
自分にも何が出来るかわからないまま。
変わり果てた街は、このネオンも一呑みしてしまうのだろうか。

得体の知れない気持ちは、また虚空に浮かんでは消えた。

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アカシア区は、喧噪とともに一度終末を迎えた。
その後は復興に向けて、瓦解した街にも新しい施設が増えてきている。
もともと世界中の記憶が交差し保管される場所があるという逸話が残るくらいの地域だから、より不思議な現象の研究にも力が入るのだろう。
でも、被害が完全に収まったわけではなく、言葉の雨音は、数年たった今も、時折けたたましく聞こえる。

少女はいつしか私に変わった。
今もトーキョーとアカシア区を行き来する二重の生活で、人もまばらになった街から出たり、拠点に戻る度にあのネオンの風景が頭をよぎる。

あの日より前に戻って、何もなかったらよかったのに。と思わないわけではないけれど。もしこれまで感じたいろんな願いが叶うなら、とは思うことなら沢山ある。

やりたかったことを。
言えなかったことを。
この街と、この街のいくつかの逸話のことも。
そして・・・・・・
(いつも、夢を見すぎているのかもしれない。)
頭を少し振った私は、寂れた騒がしい街から、今日もトーキョーに向けて発つ。

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