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幕間話001_玉座の花(前編)

ーーだから、わたし嫌いなの。

雨の合間を縫ってそのような声が、耳を掠めた。
足を止めて辺りを見渡すが、ここにあるのは、古びた玉座と石畳の両側を覆うような花ばかりだ。人っ子など、今先ほど此処に辿り着いた私以外誰もいない。

かと言って、その〝声〟というやつは、私が空に放ったものでもない。
気付きなさい、と言うかのように、今度は背後から風が強く吹きつけた。

「……っ!」
思わず強く瞑った後、目を開くと、先程との違和感に彼女はすぐに気がつく。

『わ、た、し、き、ら、い、な、の』

きっと私に向けられたであろう拒絶の言葉が、文字通りそこにあった。

わけあって、一目見ようとやってきた玉座の前には、言葉が積み木崩しのごとく散らばっている。大きな石でできたオブジェのような塊が八つ。インパクトがある割には、どこもかしこもヒビ割れていて、触れてしまえば壊れそうだ。

「困ったものよね。音だけなら空耳かな、とも思えるけど、こうもはっきりと残していくなんて。」

一言呟いて、私は左右異なる瞳の色を瞼で覆った。ふーっと、一息。カツカツ、と軽い音を立てながら雫を払い落として傘を畳んだ。もう、外の喧騒も聞こえない。雨は止んでいるらしかった。

※※※
残された言葉が〝視える〟というのは、私が後天的に授かった能力だ。その場所に残った念、空に向かって放たれた言葉は、空気に含まれて、いずれは雨の成分となって降り注ぐ。見た目などは雨と変わりない、この地特有の気象現象だ。(それを利用しているのが、私の第2の拠点地アカシア区でもある。)
規定量以上の言葉の雨に降られたことがあリ、その影響ではないかというのが専門家の判断だった。
※※※


ただ突っ立っている訳にもいかないので、傘を石畳の上に置き、目当ての玉座に近付くことにした。

「よいしょっと、この塊はこっちに置くことにして。」

「膝丈あたりまであると、さすがに重たいわね、助手ほしいレベルよ。」

目の前に散らばる石の塊たちは、確かにヒビ割れているとはいえど、一つ動かすのにも一苦労である。

「はぁ、あと三つ分ね。」

「やっと本体が見えたわ!!よかった、一時はどうなるかと思ったけれど、依頼通り、これで全体の写真が撮れる」

ようやく全体が見られたところで、一枚写真に収め、改めて玉座と周辺を見てみる。周りは瓦礫や古びたレンガが積みあがる中で、この玉座と玉座に続く道だけが、異様にも見えるほど整備されていた。
石畳の両側にはいくつもの花々が咲いて、ある人を恐怖に陥れ、またある人を誘惑しそうな光景である。

「うんうん、ここに願いを残せば叶うという噂が出ているのも納得ね。」

此処に来る前に小耳にはさんだ噂話を思い出してしまうほどに、
傾いた陽の差し込む風景はまるで絵画のようだった。

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