見出し画像

38.6℃

汚れた町の屋根の下で あの娘の手は
煮えたリンゴの鍋にシナモンを放り込み
美しい歌を歌いながら世界を回転させる それでも
僕は鮮やかな歌を 遠い場所では賑やかな歌を
 
楽器も無いのに町はうるさくて
庭先で独りぼっちの膝に夢を抱えて見ていた少女は
人見知りの小さな赤ん坊を置いたままで
紙魚のついた純白のドレスを着込んで
あの伝言板の額縁に収まった
 
38.6℃と 僕の腕に
涙で云ったのは あの娘
誰も彼も掲示を捲って往っては軋む
あの騒々しい伝言板に
安直な飾り付けをする痴れ者は誰だ
 
ねぇ 誰もいない場所で約束をするのは と
あの娘が「店員さんの居ない果物屋」の前で 口走っていたのは あれは 
世界にとっての幸福な選択だったと思う のに ねえ。
 
それぞれの閉じ込められた維管束の思い出の中で
拘束と暗がりは『仲良し』と言う言葉を吐きながら
お母さんとの記憶も忽せに 誰しもの掲示物を食べ散らかして
だれた血肉の膨満なトンネルへと隊列を成して行く
 
さあ 町に立ち
純潔の真っ白い旗を振り乱せ
その通貫を待ち侘びて 純血の子どもの様に
無言の顔を揺らしたままの
あの朽ちかけた伝言板に
―――38.6℃――― と
赤い恥辱を焚き付けろ  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?