推し活って言い方やめてほしい第二話


・【18 音楽活動しかないんだ】

 私は友達が少なかった、否、いなかった。
 保育園の頃は母親の友達の子となんとなく遊ぶだけだった。
 その子も他の子らに脅されて、私を一緒になってイジメだした。
 私はイジメてくる連中から両手両腕一本ずつ持たれて、体育館の床に叩き落とされ、後頭部から落ちた時、同世代に仲間はいないと悟った。
 そこから私はずっとラジオを聴いていた。
 大人向けの音楽ばかり流れていたが、それが保育園のお遊戯とは全然違って、胸を躍らせていた。
 私はずっと保育園の隅に隠れて、イジメてくる連中にバレないように、必死に息を殺しながら、持ち込んだラジオで音楽を聴いていた。
 たまに私とは無関係な子が「かくれんぼ? してないよ」とか言ってきたけども、私はしているよ、と思いながら無視していた。
 保育園を卒園して、小学生になってもずっとラジオ、ラジオ、ラジオ。
 音の媒体というモノがすごく好きになっていた。
 ラジオパーソナリティになりたいという気持ちも芽生えたけども、私は一人語りができないだろうなと思って、その夢は挫折した。
 だから雑談配信なんて多分したくてもできないのだ。
 コミュ障爆発させて、えへえへ笑っているだけになってしまうだろう。
 やっぱり私には音楽しかなかった。
 音楽なら作品を作って設置することができる。
 生(なま)の私はいらないのだ。
 私は多分、生の私が嫌いだ。
 徐々に私の見た目が可愛いということが発現していき、何もしていなくても、良いようにとってくれるようになっていったけども、それも不本意だった。
 普通に陰キャで良かった。クールで素敵なんて評価いらなかった。そんなに告白してこないでほしかった。
 確かに得をすることもあったと思う。
 協調性が無くても、イジメられるようなことはなかった。
 ちょっと私が誰かで笑えば”コイツにウケた俺すごい”みたいな感じになって、喜ぶ人がいた。
 でも、でも、やっぱり私は生の自分が嫌いだ。
 波形だけあればいい。
 音であればそれだけでいい。
 歌声は好きかもしれないから、喉だけ存在していればいい。
 音楽になりたい。
 音楽だけの存在になりたい。
 それだけなのに。
 可愛くなかったら顔ファンなんて付かなくて。
 音楽だけ見てもらえたのかな。


・【19 シコティッシュフォールド】

《べろべろべろしたい.べろべろんぐんぐんぐぅって.ハハハ.》
 何この2メートルの半裸ムキムキのイヌ顔イケメンって。
 これがシコティッシュフォールドの生前の姿ということ? 何か幽霊らしいし。
「アンタ、自殺したの?」
 するとまたちょっとした間があってから、
《まあそういうことになる.》
 その割には冷静というか、でもまあ自殺ということは自分で分かってやるわけだから、冷静で当たり前か。
 というか、
「何で自殺なんてしたの?」
 また間。コイツ、やっぱりバカなのか?
 答えるだけの質問に何をそんな考えることがあるんだ。
 それとも言いたくない? いやでも言いたくないなら来なきゃいい。絶対想定質問だろ、このあたりは。
《貴方が私を拒否するからだぁ.》
 そう言って舌を出して宙を舐めたシコティッシュフォールド。
 気持ち悪い、何か正直怖いよりも気持ち悪い。
 コイツの気持ち悪さは筋金入りだ。
 イヌ顔イケメンなのに、ちゃんと気持ち悪さが強い。
 いやでも、こんなヤツでもイケメンはイケメンだ。
 イケメンなら苦労せず生きていけるはず。私のように。
 いや私だって可愛いだけで常に性的な目で見られるみたいなところあったけども、それは本当のブスからしたらきっと淡い悩みだと思う。
 シコティッシュフォールドはイケメンで、さらに体のデカい男性なら、なおさら不幸な悩みは無いだろうに。
 何でそんなヤツが私レベルに粘着していたんだ、背が高過ぎてさすがにモテないということ?
 いやでもこのくらいデカい人が好きな人って別にいるしなぁ。イケメンならなおさらだし。
《さぁさぁさぁ、雑談配信しなさい.そっちのほうが人気が出ますよ!》
「何雑談配信って。幽霊ならそのまま私と無理やり会話していたほうがいいんじゃないの?」
 そう、もう、これが雑談になっている。
 また間。何コイツ、ロード時間が長いなぁ、どんだけ低スペックのパソコンなんだよ、こんなラグあるならパソコンゲームするなって感じの性能だな。
《まあとにかく.こっちは推し活しているのだから.》
「死んでも推し活ってなんだよ、幽霊にウケたくねぇから」
《口が悪いですよ.磯村ソとかにもそう言われていたじゃないか.》
「そこイジってくんな、幽霊がイジるなよ、精神的に言ってくる攻撃だけってなんだよ」
《まあそろそろ一旦帰りますか.ちゃんと夜は寝るんですよ.それともJKは夜が本番なんですか.》
「キモイ妄想してんな、普通に創作して寝るだけだよ」
《捜索!探す気ですか!》
「何をだよ、音楽を創作する活動だよ、私はアーティストなんだよ」
《分かってます.》
 そう言うと目の前から消えたシコティッシュフォールド。
 何だ? いなくなったのか? それとも消えただけでまだ傍にいるのか? と思ったその時だった。
《やっぱり.せっかくだし.》
 とまた目の前に出現してきて、ついデカい声が出てしまった。
 すると即座に、
《喘ぎ声いいですね!》
「叫んだだけだよ! ビックリしたらこういう声が出るだろ! 社会人になってもまだそういうこと分かんないのかよ!」
《私がいなくなった直後からイジっていると思いました.》
「そんな幽霊見たあと、じゃあすぐイジるかとかねぇだろ! 元々しねぇし!」
《私のマッチョに興奮したんじゃないんですか?JKとはいえ.ここまでの肉体は想像だけでしょうからね.》
「確かに2メートルの身長はねぇよ!」
《襲いたいなぁ.》
「ハッキリ言葉にすんなよ!」
《触れるまで終われないよ...》
 でもシコティッシュフォールドは、私に触れられるようではなかった。
 現に触ろうともしてこないということは、そういうことなんだろう。
 ”触れるまで終われない”ってつまり成仏できないってことか?
 でも触れられないなら成仏不可能ということ? じゃあずっと一緒? うわっ、気持ちが悪い……。
《制服着てもらっていいですか.》
「何で幽霊の要望に応えないといけないんだよ! 絶対ならないわ!」
《私の要望に応えなくていいんですか?》
「じゃあ応えないとどうなるんだよ」
 緊張感に包まれる部屋の中。
 呪われるのか、それとも実は触れられて、そのまま襲ってくるのか、果たして何を言ってくるのか。
《スパチャしませんよ!》
 いや!
「だから雑談配信とかしないんだよ! ライブ配信とかもしないんだよ! スパチャやらねぇって言ってるだろ!」
 何だコイツ、自分の幽霊さをなんだと思っているんだ。
 コントじゃん、ただの裏切りのボケじゃん。というかスパチャをやらないこと、悪い口でいっぱい私述べただろ。
 あの辺の持論で普通のファンもアンチっぽくなっちゃったんだから、覚えていろよ、その流れくらい。
 というかマジでコイツの幽霊さと実際の喋る感じに乖離があり過ぎる。幽霊らしい怖さをあまり醸し出さないというか。
 あとコイツの肉体もものすごいムキムキマッチョと思いきや、ところどころ筋肉の形状が何かおかしいんだよな。
 まあボディビルダーって変なところに筋肉ついているから、その類なのかもしれないけども、どこか造形に違和感があるというか。
 いやでもボディビルダーって変人みたいなイメージもあるし、このシコティッシュフォールドってそういう変なところに筋肉を作る、変なヤツだったのかもしれない。
 それならイケメンでもモテなくて、女子高生に粘着していたということも納得がいく。
 受け答えがこうもズレていたらモテないか、さすがに。
 でもバカでもイケメンなだけで遊びまくれてる人の話とか聞くけどなぁ、一体何なんだ、この違和感というかなんというか。
 本当にイケメンの人生を歩んできたのか? 私と似たような人生を歩んできたのか? 何かしっくりこないところもあるが、イヌ顔のイケメンなことは確かなんだよなぁ。
《襲いたい...べろべろべろべろべろ...》
 何だコイツ、実はもう人格が残っていないのか? 私を襲いたいという気持ちだけで動いている、本当はがらんどうなのか?
 正直、自分の脳内で考えることも嫌なのだが、チンコくらい出してきてもおかしくないと思う。
 でも一切その黒パンツを脱ごうとはしてこない。何その一線は守るみたいな。いや言葉の一線は最初からガンガン越えてきているけども。
《あーぁ.可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い...》
 急にバグったのか? と思った刹那だった。
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
 何だかその声になおエコーを掛け、後ろ頭をボリボリ掻きむしりながら、そう声を出してきた。
 まるで狂い出したような、感情を押さえつけられないように、
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
 一気に押し寄せる言葉の洪水に私はまず耳がおかしくなり、三半規管に攻撃を喰らったように酔ってきて、吐き気がしてきた。
「ちょっと! 一旦やめろ!」
 と叫んでも、
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》《可愛い》
 と言ってくる。
 俯きがちになってしまった私の視界にはシコティッシュフォールドの黒パンツが目に入ってきたのだが、そこでもちょっと、アレとは思った。
 何故なら股間が、というかもうハッキリ思うと、勃起していないのだ。
 いやいや、ここまで言ったら勃起するだろ。
 さすがに勃起してなきゃおかしいだろ。
 だけども言葉だけで、って、やっぱりがらんどうなんだ。
 もうその感情だけで動いていて、コイツ自体に人間時代の何か、そういう魂みたいなモノはないんだ。
 喋りというか言いっぷりは同じだけども、もしかすると魂の中身は別物とか、そういうことなのかな、よく分からんけど。
《あぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!》
 と声を上げたところで、今度は、
《エッチしたい!》
 と叫んだと思ったら、
《べろべろしたい!》《べろべろしたい!》《べろべろしたい!》《べろべろしたい!》《べろべろしたい!》《べろべろしたい!》
《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》
《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》
《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》
《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》
《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》
《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》
《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》
《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》
《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》《べろべろべろべろ.》
 と低音でずっとべろべろ言い出して、完全に狂ってると思った。
 でも脳内は意外とクリアで、もう私の人生は終わっていると認めてしまっていた。
 深い溜息をついてしまうと、シコティッシュフォールドが私の顔を覗き込んできて、
《疲弊している顔も可愛いね.煽情的だ.屈服させた気分だよ.》
「思ってることを全部言うな! キモッ!」
《最高だ.時間が許す限りずっとこうなんだぁ.》
 時間が許す限り? ということはコイツ、悪魔と契約みたいなことをして、期限があるということ?
 なら私の人生は終わりじゃないかも、いつか終わるなら。
 でもコイツは言葉が、日本語がおかしいので、ちゃんと聞いてみるか。
「時間が許す限りということは期限があるのか?」
 また会話がストップして、マジでコイツ、テンポ悪いなと思っていると、
《来れる時があれば来る.》
「何それ、地獄からこっちへ来るということ?」
 また黙った。
 何なんだよ、どこまで情報開示しようかな、じゃぁないんだよ。
 全部言えよ、どんな不都合があるんだよ、オマエには。
《まあそんなもんかな.》
 悩んでそんな曖昧な答え?
 でも聞き返してもちゃんとした答えは出なさそうだな。
 いやならば魂は元のまま? もう訳分からん。
 元々インポとかそういうこと? ムキムキになり過ぎて、ホルモンバランス崩れてんのか? コイツ。


・【20 シコティッシュフォールド2】

《あっ.今の.フェラしている時の顔みたい.指舐めてほしい.》
 急にそう言ったシコティッシュフォールドに今日一番のゾォッがした。
 いやいや、気持ち悪過ぎる。コイツずっとこういうこと言っていく気?
「そういうこと言わないでよ!」
《前屈みになるとおっぱい見えそうになるよね.JKだから狙ってやってるのかな?》
「そんなはずねぇだろ! 家着ってそういうもんなんだよ! 大体首元だるだるなだけだから!」
 そう言いつつ、私は首元のシャツをアゴのあたりまで引っ張った。
《そういう谷間を気にしているJKって素敵だよね.》
「思考回路がキモ過ぎるんだよ! イケメンが台無しじゃねぇか!」
 と言ったところで、シコティッシュフォールドはおやおやおやといった表情をしてから、
《やっぱりJKはイケメン好き?》
「そういうわけじゃねぇけども! 何でイケメンがこんな捻くれたネットストーカーしてくんのかなとは思ってるわ!」
《ネットストーカーぁっ?私はサポーターだ!その辺の絶賛しかないファンとは違う!ちゃんと苦言を呈せる!アドバイスできるサポーターだ!》
「いやそっちに食って掛かるなよ、マジで会話できねぇな。イケメンがこじれた話を振ってるんだよ」
 するとまた口を閉じた。
 まあさすがにここは考えて喋る部分ということか?
《何か.そうなった.》
「いや真面目に考えろよ! そうやって適当に生きているからダメなんじゃないのか!」
《適当に生きているってなんだ!私は社会人だぞ!JKとは全然違うんだぞ!責任がある!》
 そう言って一歩前へ出てきたんだけども、透過するせいか威圧感があまり無い。
 私はもう言ってやることにした。
「またその激高? ずっとカードが一緒じゃん。というか死んだらもう社会人じゃなくない?」
 またまた黙ったシコティッシュフォールド。
 自分が死んでいること忘れてた? 何それ。マジで意味が分からん。
 ちょっと口をパクパクさせてから、シコティッシュフォールドは喋り出した。
《社会人ではあったから!》
「いやもう今や誰よりも責任感無いじゃん、死んでんだから」
《あるんだよ!本当は!》
 何言ってるんだ、コイツ。
 口喧嘩弱過ぎ。すぐバレる嘘つく。
 でもシコティッシュフォールドはツバを飛ばすくらいの勢いでまくし立ててくる。
《社会人は忙しいんだよ!幽霊だって社会人なんだよ!そういうもんなんだよ!とにかくJKのようなモノを乞うてればいい人種とは違うんだ!》
「何その女子高生への偏見。だからずっと言い分が一緒じゃん。新しい情報全然出てこないじゃん。堂々巡りなんだよ、アンタとの会話は。何? 呪い殺さないなら、もう帰れば?」
《会話したいなら雑談配信をしろ!》
「したいわけじゃないわ、ただアンタがつまらないという話をしたかっただけ」
《会話したいんじゃん!雑談配信すればいい!》
「真正面から嫌味言ったことに気付いていないの? マジで鈍感。それのどこが社会人なの?」
《嫌味なんてJKが言うな!年上に媚びへつらっていればいいんだよ!そういうこと慣れているだろ!今後ついていって見てやるからな!》
「いや日常生活についてこないでよ、というか他の人にも見える系?」
《...分からない...》
 じゃあそうか、まだ午後十一時ならギリギリお父さんなら起きているかもしれない。
 両親の寝室に突撃することにした。
 すると当然のようにシコティッシュフォールドが後ろからついてきたので、これはすぐに分かるなぁ、と思った。
「お父さん、まだ起きてる?」
 と両親の寝室にノックしながら聞くと、
「お母さんはもう寝てるから静かにな、用があるなら入ってもいいよ」
 用、は、考えていなかったな、何か用がある風にしないとダメだよなぁ、このシコティッシュフォールドのことを言うか。
 いやそれで見えなかったら、私がおかしくなったと思ってしまう。
 ここは何か、今度ケーキ買ってきてほしいとか、当たり障りのないおねだりあたりにしておこうかな。
「お父さん」
 そう言いながら部屋に入りつつ、後ろにシコティッシュフォールドが立っていることを確認する。
 お母さんのためにもう薄暗くしている部屋で、小さな電灯を付けて本を読んでいるお父さんは私を見るなり、
「おう、寧々、どうしたのかい?」
「今度さ、またあのすごく美味しかったチーズケーキ買ってきてっ」
「それ今言わないといけないことか?」
「ほら、お父さんの機嫌が良ければ明日買ってきてくれるかなって。朝は時間が合わなくて、会わない時あるじゃん」
 お父さんはうんうん頷きながら、
「まあたまにはいいか、そこまで食べたいなら買ってくるよ」
 と言ったところで私は一瞬シコティッシュフォールドのほうを見てから、
「わっ」
 と小さめに驚いたような声を出すと、案の定お父さんが、
「ん? どうしたのか?」
「何か私の後ろに何かいなかった?」
 と言いつつ、シコティッシュフォールドを指差すと、お父さんが、
「何もいないけども、いやお父さん怖がりなんだからそんなこと言うなよ。おねしょしちゃうぞ、おねしょしたことによる謝罪のケーキになるぞ」
「それはまあ別にいいけども」
 みたいな会話をしてから、また自分の部屋へ戻っていった。
 どうやら見えていないらしい。
 私にしか見えない幽霊って、本当に私に執着しているんだなということは分かった。
 でもシコティッシュフォールドはシコティッシュフォールドで、よくずっと黙っていたな、と思っていると、シコティッシュフォールドは震えだして、
《貴方のお父さん.カッコイイねぇ.》
 とうっとりとした笑顔を浮かべた。
 何だコイツ、両方イケる口か?
「私のお父さんがカッコイイからって、呪っちゃダメだよ」
《そんなことはできないから.》
 できないって言ったな、まあお父さんが呪われなければまだいいか。
 私を呪えないとはまだ言っていないから安心はできないけども。
 自分の部屋に戻ったところで、そろそろ創作活動でもするかと思った。
 最初はイレギュラーなことで驚いたけども、何かそれ以上のことをしてくる感じじゃないので、もう仕方ないものとして、まずは作詞から始めることにした。
 我ながら冷静という気持ちもあるけども、まあシコティッシュフォールドが割とイケメンだったから、恐怖感というもの幾分薄いということも大きい。
 やっぱりイケメンって幽霊でも得なんだな、とか自分で思いながらノートを取り出した。
 するとシコティッシュフォールドが私のノートを覗き込みながら、
《やっぱりJKはアナログなんだ.私なら全部パソコンで管理しているけども.》
「知識が無いからみたいに言うな。こっちのほうが見返しやすいんだよ。素人は黙れ」
《あーぁ.私にもっと力があれば.もっといろんなことをさせてあげられるのに.》
 何それ、妖力的にってこと?
 そんなシコティッシュフォールドの妖力を使って有名になんてなりたくないわ。
 絶対コイツの力だけは借りたくない。
 私はノートに歌詞の案を断片的に書き始めると、シコティッシュフォールドは黙ってこっちのほう、というか私じゃなくてノートのほうを見ている。
 こういうところはちゃんとファンなんだなとは思った。
 こういう時も私の顔を見ていたら、マジで顔ファン以外しかないと思ったけども、作詞のほうも気にしているということは、と思ったところで、
《もっとJKっぽい歌詞を書いたほうが人気出るよ.》
 そうだ、コイツ、クソバイス癖があるんだった。
 その要素により、作詞のほうを見ていたんだ。
「いやJKっぽい歌詞ってなんだよ」
 と一応泳がせてみると、
《パパ活とか》
「オマエそれがばっかだな、単調なんだよ、発想が。マジで社会人じゃないだろ。エロサイトばっか見てんじゃねぇの?」
 するとシコティッシュフォールドは唖然といった顔になって、何なんだと思っていると、
《今.エロサイトって言った時の顔.SM嬢王みたいで良かったよ.うひひひ.》
「ただの蔑んだ目だわ、そういうフィルターがオマエにあるだけだろ」
 急に気持ち悪い。そうだ、コイツは基本的に気持ち悪いんだった。
 怖いというか気持ち悪い、というか……もしかするとトイレとかも見てくるということなのかな? お風呂とか。
 いや急に恐怖が出てきた。こんなヤツにずっと見て回られたら、と思った時だった。
《じゃあそろそろ私は一旦帰るから.雑談配信は明日にしてね.》
「しないんだよ、雑談配信は」
 と私が言ったところでシコティッシュフォールドは忽然と消えた。
 ……でもいるんだと思う。こうやって油断させて実際はいるんだと思う。
 だって幽霊でしょ? 幽霊って消えたり出現したりできるもんでしょ?
 絶対シコティッシュフォールドはいるだろうし、私がトイレに入ったら、透明な状態で見てくるんでしょ? うわぁ、もう気持ちが悪い……でも、トイレは我慢できないし、そろそろお風呂にも入りたいし。
 私はもう観念したという気持ちで、お風呂の前にトイレへ入った。
 まあトイレはまだ洋式トイレだから、変な風には見られないとは思うけども。
 いや幽霊は透過するもんだから、便器を透過して、下から覗き込むように見ているかもしれない。最悪。
 でももしそうしているのなら、仮にシコティッシュフォールドなら何か声を出しそうな気がするけども。
 そういうシコティッシュフォールドの声は勿論、気配も無い。
 本当に消えた?
 そんなことを思いながら今度はお風呂に入った。
 相変わらず声はしないけども、やっぱり見られているんだろうなとは思ってしまい、寒気がする。お風呂の中なのに。
 透明状態は声も漏れないみたいなことなのかな? もう何でこんなことに。
 その後、お風呂場で考えた案をノートに書き込んで、ちょっと考えてから寝ることにした。
 というか寝顔見られることも最悪かも。
 変態って寝顔好きだからなぁ。


・【21 朝の違和感】

 ちょっと違和感を抱いて、目を覚ますとなんと隣でシコティッシュフォールドが寝ていたのだ!
「うわあぁぁあああああああああああ!」
 大きな声を出してしまうと、シコティッシュフォールドがニヤニヤしながら、
《これで一日頑張れる.》
 とか言ってきて、マジで気持ち悪かった。勝手に私をエナドリすな。
 掛布団を蹴って、急いでベッドから出ると、シコティッシュフォールドは昨日と全く同じ恰好だった。
 つい股間に目がいくと、相変わらず勃起していなくて、インポ確定だった。
 というかインポでもこういう欲はあるのかよ。無くなれよ。解脱しろよ。
《声も聞けて満足だぁ.》
 そう笑いながらベッドに立ったシコティッシュフォールド。
「いや素足で乗るなよ、汚いだろ」
 と冷静さを装いつつも、心臓がバクバクいっていると、
《こういう状態だから汚いとかない.》
 と言ってきて、まあそれはそうかと思ったけども、ベッドに立たれているだけでめちゃくちゃ不快だ。
 そこは神聖なところだろ。やっぱりコイツ、トイレとかお風呂とか全然覗いてきているだろうな。
 ベッドで添い寝するヤツは絶対覗くだろ、うわぁ、もう気持ちが悪いとしか言えない。語彙消失というかそれ以上の言葉を考えたくない。
 せめてこの言葉でやめて、感情を掘り下げたくない。気持ちが悪いという言葉が一種の防波堤だ。
《じゃあ社会人は忙しいので.》
 そう言って消えたシコティッシュフォールド。
 いやだから幽霊に忙しいとかないだろ、いや幽霊にも教習所みたいなものがあって、最初はそこに通わないといけないのか?
 だとしても社会人って言わないだろ、アイツは自分が社会人であることに酔っていたのかもしれない、もう違うのに。
 というか普通に透明化してまだいる可能性もあるし。もうずっと一緒だと思ったほうがいいな。
 それにしても恰好は昨日と一緒だったな。
 幽霊って自殺した時と同じ恰好で居続けるのかな。
 じゃああの恰好で自殺したということ? 気持ちが悪い、あの恰好で生きていたってなんだよ、マジで。
 私はもう目が覚めてしまったので歯磨きをして、朝から創作活動をし始めた。
 まあいい感じの作詞ができたところで、朝ご飯を食べに行った。
 あぁ、ちゃんと早く朝ご飯食べていれば、お父さんに会って挨拶できたのに、と思いながら、食べ終えて、制服に着替えた。
 制服……とシコティッシュフォールドのことを考えてしまう自分が嫌になる。
 あーぁ、制服になってしまった、シコティッシュフォールドに脳内でいろいろ言われているんだろうな。気持ちが悪い。
 でも高校に行かないと、ということで私は登校した。
 そこからシコティッシュフォールドの姿は一切ナシ。
 出てきてもおかしくないと思っていたけども、全然出てこなくて、マジで幽霊の教習所ってあるのかなと思った。
 普通に下校してきて、家に戻り、まだシコティッシュフォールドは出てこない。
 アイツもしかすると、私の家の中しか動けないとか? ウチの家の呪縛霊になったとか?
 いやでもまだ顔を出さないし、と思いながら家着に着替えて、普通に創作活動を再開した。
 作詞はほとんど終わったので、次は作曲、気分転換に動画に使うイラストを描く。
 テーマとなる伝統色を決めた時点で、画面の色は決まっているので、それに合わせて歌詞の字幕も打っていく。
 全部同時に作業は進行していく。音符の流れによっては少しだけ歌詞を変更したり。
 そんなことをしているとあっという間に夜になって、お母さんと一緒に夕ご飯を食べる。
 するとお母さんから、
「朝は忙しいから聞き逃したけど、何か早朝デカい声出さなかった? 大丈夫?」
 う~ん、まあ大丈夫ではないけども、その説明をしてもしょうがないので、
「大丈夫、夢と現実がごっちゃになっていただけ」
「そう。それならいいんだけども」
 そんな会話をして、また自分一人の時間。
 午後八時頃になったところで、お父さんが帰ってきた。
 玄関の鍵は施錠された音がしたところで、お父さんが、
「チーズケーキ買ってきたぞぉ!」
 と聞こえて、私はお出迎えに行く。
「お父さんありがとう!」
 まあ正直買ってもらう気なんてなかったんだけども、これはケガの功名だ、と思いながら、お父さんと一緒にチーズケーキを食べた。
 すると後方から突然声がした。
《やっぱりJKっておねだりするもんだよね.》
 シコティッシュフォールドだ。
 相変わらず2メートルほどの身長にイヌ顔イケメンで、上半身裸のムキムキで、下半身は黒パンツ一丁だ。
 というか昨日より何かよりマッチョというか、筋肉の異常さ具合が半端無い。幽霊って死んだ時と同じ姿になるんじゃないの? 幽霊の教習所で何かあったの? パンプアップの授業?
 さて、お父さんは、と言うと、お父さんは全く動じず、チーズケーキを食べているので、本当に見えていないんだ。
《お父さんカッコイイねぇ.ケーキのクリームを口の周りにつけてエロいねぇ.》
 マジでコイツ、両方イケる口なのか? いやお父さんをエロい目で見るなよ、何か私としては自分の時よりも不快さは強いな。
 というかその声もお父さんには聞こえていないみたいで、
「どうした? せっかく並んで買ったんだ、寧々の分は二個あるからな、もったいぶらず明日も食べるといいよ」
 相変わらずお父さんは優しくて、この日常感がすごく愛おしいんだけども、
《私もこんな高級そうなチーズケーキ食べたいなぁ.》
 何この激変態恰好の食いしん坊キャラ。
 食いしん坊キャラはまるまる太って可愛くあれよ。
 マッチョは糖質あんま好きじゃないだろ、どういうことだよ、死んだからどうでも良くなったのか?
 私はチーズケーキをペロリと食べ終えて、
「お父さんありがとう! すごく美味しかったよ!」
 と言って部屋に戻っていった。
 勿論シコティッシュフォールドも一緒だ。一緒じゃなければいいのに。
 こんな一緒なのはお父さんでも嫌だよ。もう自分の部屋なんだよ。
 さて、創作活動再開だって、感じで、パソコンの作曲ソフトで続きを作り始めた。
 するとシコティッシュフォールドが私のほうをすごい剣幕で見てきて、何だろうと思っていると、
《これもしかすると露草色の続編?》
 ……そうだ、コイツ、続編系の曲が嫌いだったんだった。
 認知が歪んでいて、続編のことを手抜きだと思っているんだった。世界観の流用とかなんとかで。
《こういう手抜きは本当に良くないよ.》
「だから手抜きじゃないんだって。続編ってもっと高尚なもんなのっ」
《いいや.これは世界感そのままにしているだけの.手抜き中の手抜きだ.やめたほうがいい.》
「私の好きに作るよ、それこそアンタとの言い合いのせいでファンも減ったんだし、なおさら思った通りに作る」
 すると急に激高して、
《やめないさい!こんなのは!もっと新しいモノを作らないと性能が枯渇する!常に進化しなければ終わりだぞ!》
「やめないさいってなんだよ、日本語下手過ぎるだろ。あと才能な、性能が枯渇ってなんだよ、人格のある自動車かよ」
《何意味分かんないこと言ってるんだ!やめろ!やめろ!やめろ!》
「うるさい! 連呼あんますんな!」
《JKから手抜きするな!若い時の苦労は買ってでもしろ!》
「台詞がジジイ過ぎる」
《全然ジジイじゃない!いい加減なことばかり言うな!》
 確かにイヌ顔イケメンで、まあ二十代くらいだけども。
 いい加減なことはそっちなんだけどな。
「私は自分の好きな曲を作る。それだけ」
《やめろ!》
「だから」
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
 ヤバイ……またこのエコーみたいなヤツになってきた……これやられるとマジで三半規管が酔って、物理的に気持ち悪くなる……。
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
 うぅ……喉の奥から、さっきのチーズケーキが込み上げてくる……。
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》《やめろ!》
「うるさい! もうやめるわ! じゃあ!」
 私は作曲ソフトを保存しないでやめた。
《逆ギレするな!》
「逆じゃないだろ、逆はオマエだろ、もう……」
 とあまりの気持ち悪さにこれ以上の元気が出ない。
 何で胃から込み上げてくると、あんなに美味しかった食べ物がゲロの匂い交じりの最低な風味になってしまうんだ。
 別にゲップは全然クサくないのに。美味しいモノのゲップは普通に美味しいのに。
 あーぁ、もう私の好きなモノって作れないのかな、こうやって連呼されるともう私は終わってしまう。
 コイツ、果たしてこのことに自覚的なのだろうか、自覚的だろうな、さすがに。
 ここで何か雑談配信のお願いをされて、私が拒否って、でも連呼で押し通されたら、もう雑談配信するしかないかもしれない。
 私はこのままコイツに支配されてしまうのかもしれない。ダメだ、マジで人生終わりじゃん。
 いやコイツが出てこない時間もあるから、その時にやってしまうしかないってことか? それならこの露草色の続きを作れるか?
 でもずっとコイツって付きまとっているんじゃないか? いやでも確かに夕方の時間にはいなかったな、マジで幽霊の教習所あるのか? 本当の本当に。
 シコティッシュフォールドは微笑みながら、
《やっぱりサポーターがしっかり育ててやらないとダメですな.》
 と言ってきて、やっぱりこの連呼は自覚的なんだろうなと思って、背筋が震えた。
 果たして私は耐えられるのか、雑談生配信しろって連呼されたら、もうするしかないかもしれない、と思ったところで、
《そんな手抜きよりも.雑談配信したほうが絶対に人気出るから.それをやりなさい.》
 と言い始めて、ついにこの流れがきてしまった、と思ってしまった。
 でも、だからって、連呼されるまでは抵抗したいので、
「だから私はそういうことするただの女子高生じゃないんだって。曲を作るアーティストなんだって」
《JKということをウリものにしたほうが絶対に人気が出る.というかそういうことやりなれているだろ.》
「説得が一本調子なんだよ、一本調子かつ失礼なんだよな。もっと何か新しいこと言ったらどうだ」
《喘ぎ声とか...》
「それも何か前言ってただろ」
《じゃあASMR!ASMRやったらいい!》
 何か本当に新しいこと言い出したり、あと連呼してこないな。
 コイツ、自分の連呼に効力があることに気付いていない……?
 マジで? マジでコイツ出来ないヤツじゃん。気付けよ、いや気付くなよ、一生。
「ASMRなんてマジで何の才能も無い女子がやるヤツじゃん」
 と自分で口にして気付いた。
 最悪な一面また発露しちゃってるって。
 いやでも死んだ相手なら別にいいか、コイツは何にも触れられないということはネットと繋がる機器も使えないってことだし。
 私がまあ、かなり嫌なことを言うと、シコティッシュフォールドはムッとしてから、
《ASMRは声と見た目が良くないとうまくいかない配信だ!》
「声はまだしも見た目って、全然顔出てない人ばっかじゃん。いや出てる人も確かいるけども」
《アゴ周りくらいは出すでしょ!ちゃんと美人そうな人ばっかやってるです!あういうのは間違って顔が出てしまってもいいように元々美人がやるもんなんだよ!》
 ……何この力説、コイツ、ASMR普通に好きなんだな、何か私よりもしっかり情報持ってそう。
 コイツからそういうもんと言われたけども、まあそうかもしれないって思うし。
《だから顔の良い貴方はASMR向きだ!ASMR絶対やったほうがいい!》
「いや私はアーティストだから、音楽を作る人間なんだよ」
 いや私のほうこそ一本調子だなと思うんだけども、
《ASMR絶対やるべきだ!スパチャがすごいことになると思う!ファンも一気に増えると思う!》
 コイツ、こっちの一本調子にも気付かないな。マジでディベート弱過ぎるだろ。
「スパチャはしないって言ってるだろ、もっと新しいこと言えよ」
《じゃああれだ!ASMRの要素を入れつつ.ウィスパーボイスの曲を作ってほしい!》
 私はちょっと考え込んだ。
 何その案。その案だけは別に悪くないか。今まで私の作るボカロ曲は激しいロックテイストばっかだったけども、そういうウィスパーの調教もアリだな。
 まあコイツは自分で歌えと言ってるんだろうけども、まあ自分で歌って、顔さえ出さなければみたいなところが無いわけではない。
 最終的には米津玄師さんとかみたいに、自分で歌ったりもしたいし。
《あとエッチなASMRをしてほしい!》
 いやコイツ、欲望の線上にたまたまこの案があっただけだな。
 ビギナーズラックというヤツだな。さっきの案は。
 でもまあその案通りに一曲作ってやれば、コイツも満足して成仏するかもしれない。
 じゃあそうだな、
「とりあえずウィスパーボイスの曲、作ってやってもいいぞ。その代わり、今作っている続き物の曲も作るけどな。だからこれは交換条件だ」
 コイツはバカそうなので、ハッキリとそう言ってやることにした。
 すると、
《エッチなASMRが一番良い...》
「今までの流れでそれは無理だと分かるだろ、でもオマエの案を無視しないで作ってやってもいいと言っているんだ。悪い条件じゃないだろ?」
《でも手抜きも作るって...》
「結構作ったんだから発表したいだろ、じゃあいいや、ウィスパーボイスの曲、ボカロじゃなくて私の地声で作ろうと思っていたんだけども、それもナシにするかぁ」
《じゃあいい!その条件でいいからウィスパーボイスの曲!作ってほしい!優しい声で聴きたい!癒されたい!》
「よしっ、交渉成立したから黙って見てろよ、ちゃんと作ることを見せるためにまずウィスパーボイスの曲の歌詞から考えるから」
《あっ!でも!》
「なんだよ」
《喘ぎ声をアップロードしてくれるだけでもいいんだが.》
「それはもうASMRじゃないだろ! いい加減にしろ!」
《はい...》
 そう返事して以降は本当に黙って、私の作業を見ているだけだ。
 何か目を輝かせているなぁ。
 やっぱり顔ファンとはいえ、やっぱり曲のファンでもあるってことなんだなぁ。
 まあそうじゃないとさすがに困るけども。
 ただの顔ファンなら、もっとファンサービスしてくれるヤツもいるだろうから。そっちいったほうが絶対効率良い。まあコイツに効率とかあるのか疑問だけど。
 でもちゃんと曲が好きということなら、まだ諦められる。
 あと全然連呼使ってこないな、マジであれはただのシコティッシュフォールドの発狂みたいなもんで、自覚的じゃないんだな。
 午後十一時になったところでシコティッシュフォールドが、
《じゃあもう帰るから.寂しくなるなよ.》
 と言ってスッと消えた。
 何かコイツ、夜深くなると消えるな。
 こっちのほうが幽霊の時間帯だろ。
 これマジで消えているのかもしれない。ここに”居る”とかじゃなくて、マジで本当に、幽霊の教習所に行っているというか。幽霊の教習所、もしかすると本当にある?
 じゃあトイレもお風呂も安心ってことか? いや油断はしないけどもさ。


・【22 今日だけ】

 こんなペースで、いつも夜八時半頃に来て、夜十一時にいなくなる。
 休日は結構いる感じで、何この幽霊、幽霊って曜日感覚あるの? と思っていたその時、
《今日は久しぶりに平日も休みだぁ!》
 と私が制服に着替えたところで出現した。
 私を見るなり、シコティッシュフォールドは鼻の下を伸ばしながら、
《ついに制服姿見れたぁ.JKの制服姿だぁ.》
 と言って久しぶりにしっかり背筋が凍った。
 気持ち悪い……何でこんなJKに固執しているんだ、コイツは……。
 というか、
「平日、暇なん?」
 と聞いてみると、
《休めたんだよぉ!》
 と言ってきて、マジで幽霊の教習所あるみたいだった。
 さて、休日は基本私は家で創作活動しているだけだから、シコティッシュフォールドがいようがいまいが、もはや、あんま関係無いんだけども、平日は普通に高校へ行くので、何か不安がある。
 いや休日もトイレ行く時とか怖いんだけども、もう見られているモノだと諦めているので、慣れた。
 とはえい、トイレに行こうとすると、
《トイレ?さすがに見ないよ.》
 とか言ってきて、確かに姿は見せないけども、まあ透明になって見ているんだろうなとは思っている。
《アイドル配信者のトイレシーンを見るほど落ちぶれていないよ.》
 とか言ってきて「アイドル配信者じゃねぇよ、アーティストだよ」とツッコんでいる。透明になって見ているんだろなとは思っているけども。
 まあ慣れてしまえば、という話で、もうこういうもんだと諦めたら、意外と諦められたし、普通に創作活動もできているからいいんだけども、この平日の高校というのは新しいことなので緊張してきた。
 コイツのことが見える他の生徒とかいたら厄介だな、とか思いながら登校した。
 当たり前のようにシコティッシュフォールドがついてきて、家の外から出られるんかい、とは思った。
 あんまり余計なことも喋らず、でも何かルンルン気分といった、楽しそうな表情でついてきている。
 さて、私の通っている高校は女子高、何か問題行動起こさないといいんだけども、と思っていると、シコティッシュフォールドが早速叫んだ。
《制服のJKばっかりだぁ!》
 当たり前だろ、と思いつつ、無視していると、
《そっか.会話できないんだねぇ...》
 と言ってきて、そう言えば最近普通に会話していたけども、会話しなくてもいいんだと思った。
 いや連呼出されたらあれだから、今後も家では会話する選択をするだろうけども。
 連呼のパワーに気付いて、自覚的に使われたら終わりなので、できるだけ連呼させないように会話していないといけないし。
《JK!JK!JK!JK!》
 ヤバイ、ちょっと連呼してる……コイツの女子高生欲、否、JK欲、半端無い。
《JK!》《JK!》《JK!》
 ちょっ、マジで……。
《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》
《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》
《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》
《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》
《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》
《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》
《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》
《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》《JK!》
 おえぇぇええええ……ただでさえ、JKという言葉も嫌いなのに、こんなJKという言葉を脳内に浴びたら……と、その場にしゃがみ込んでしまうと、すぐさまシコティッシュフォールドが、
《どうしたの?パンツ見えちゃうよ?》
 と言ってきて、すぐに立ち上がった。何故なら連呼をやめたから。普通に動けるようになった。
 というかコイツ、幽霊なんだから、どんな態勢にもなれるわけだからパンツ見放題だろ、とは思った、けども、そう言えば今のところ、私のパンツを覗きにはきていないな。
 コイツの何か、そういう一線を守る感じは何なんだ?
《JK制服べろべろべろしたぁい.》
 こういうことを言うは言うけども、その動作をやるようなことはないな。
 別に触れられなくても、舐めてくるフリをしてもいいとは思うけども。いやしなくていい。
《それにしてもJKばかりなんだけども.女子高?》
 いやだから会話できないんだよ。分かれよ。コイツの脳内、ニワトリ以下か?
《雑談配信してくれればそういうことも分かるだろうに.》
 そう言いながらこっちをチラチラ見てくるシコティッシュフォールド。
 いやイヌ顔イケメンも相まって可愛いな、もう何か可愛く見えてきたわ、コイツのこと。
 自分の欲望に忠実で、でも一線は守るみたいなところ、そういうヤツと思えばもういいわ。
《それにしてもすごい量のJK.》
 ドリンクバーの種類豊富みたいに言うな。
《こんなにJKっていたんだ.》
 いるだろ、いるところにはいるだろ。
《みんな自撮りをあげて.ほしいものリストやってんだろうな.》
 そんなわけないだろ。現に私がやってないだろ。
 普通にSNSやっていない子もいるし。
《というかマジでJK量すごっ.》
 JKを量で言うな、人数だろ。普通。
《ここにもJK.ここにもJK.》
 そう言いながら廊下で立って話している二人組を指差したり、歩いている一人の女子高生を指差したりするシコティッシュフォールド。
 何コイツ、何で目移りみたいなもんしてんの、私の顔ファンじゃないの? と思った時、少しだけ自分がイラついていることに気付いた。
 いやいや、何こんなヤツに嫉妬してしまっているんだ、ダメダメ、マジでダメ、こんな自分はマジでカッコ悪い、自己嫌悪だ。
《ちょっとこのJK高の箱推しになろうかなぁ.》
 女子高のことJK高って言わない上に、箱推しってなんだよ、マジで。
 結局女子高生ならなんでも良かったということ? じゃあ私じゃなくて良かったんじゃん、と思ったその時だった。
 私の顔を見たシコティッシュフォールドはやれやれといった顔をしてから、
《大丈夫.私が推し活すんのは結局貴方だけだからっ.》
 と笑った。
 いやいや、私の嫉妬心、顔に出てた? いやいやそんなことないだろ、いつものコイツの妄想だろ。
 でももし顔に出ていたら、うわぁ、相思相愛みたいになっちゃう、最悪。
 さぁ、ここから怒涛の相思相愛攻めしてくるのか、と思っていると、あとはもう黙って私についてくるだけで、コイツ、意地悪勘みたいなのもないなと思った。
 というか顔にも出ていなかったということか、何か言ってただけか、私は胸をなで下ろした。
 自分の教室に入り、窓際の席に着席すると、シコティッシュフォールドは窓側に立った。
 いや外の風景見れないだろ、邪魔だな、若干のオマエの透け感越しに風景を見させようとすな。
 時間が経過し、朝のホームルームが始まった。
 シコティッシュフォールドはマッチョを誇示するように、ずっと立ったままだ。どこにも移動しない。
 そればかりかあんまり喋らなくなった。ちょっとコイツ、生きてんのか? いや死んでいるんだけどもさ、と思ったところで、
《教師の子も可愛いねぇ.べろべろしたぁい.》
 と言って、コイツは本当に単調だな、と思った。そればっかり。べろべろばっかり。セックスしたいって言わないのか?
 そういう直接的な単語はNGのヤツなのか? でもべろべろのほうがセックスというより気持ち悪いけども。
 気持ち悪いことを言いたいということなのか? いやそうだ、コイツ、インポだった。
 全然、今も勃起していないし、だからセックスという発想にはならないということか、いやこんな事件解決どうでもいいわ。
 こんなこと解決しても何の意味も無いマジで。
 とはいえ、コイツはこんな女子のスカートの中がいくらでも見ることができる状況で、全然スカートの中を見ようとしないな。
 こんな男性ホルモン丸出しの男だったら見るだけ見てもいいのに、って、勝手に変態を描かなくてもいいか。
 いやいやコイツ変態だし、それくらいしたって別に、むしろしないと違和感あるくらいだし。
《あーぁ.全員べろべろしたぁい.べろべろべろべろべろぉ.》
 コイツ、舌ばっかだな、舌に自信があるのか?
《全員ペットにしたい.》
 あっ、新しいワード出た、やっと新しいワード出た。
 コイツ、単調過ぎておもんなと思っていたけども、なんとか新しいワードを絞り出せて偉いねぇ。
 ペットにするってマジでオジサン過ぎてキモイけども、それがシコティッシュフォールドらしいよ、とむしろ誇りに思っていると、
《でも貴方は私と対等だから.サポーターと配信者は対等だから.》
 そんなわけないだろ、サポーターと配信者……アーティストな、あとサポーターって言い方もやめろ、ファンにしろ。
 そしてファンとアーティストとしても対等じゃないわ、供給する私のほうが絶対的に上だから。
《推し活もっとしてあげないとなぁ.》
 だから推し活って言葉やめろよ。何で推し活ってやっている自分が主役、否、やって”やっている”という気持ちを持ったヤツは主役ぶるんだろうか。
 私が推してあげなきゃ、という気持ちが正直気持ち悪い。
 ただ見るだけで聴くだけでいいのに。
 そりゃちょっとくらい自分のSNSのタイムラインに流すくらいのことはしてくれると有難いけどもさ、そんな活動みたいに言われると、何か嫌だな。
 応援することに自意識を持ってほしくないというか、まあこの辺は創作者というか私のエゴかもしれないけども。
 でも応援って『頑張れ』って気持ちだけでいい。そんな『私たちがトップに登り詰めさせる』みたいな自意識は要らない。
 オマエたちの力じゃないから、最終的には私の力だから、思い上がらないでほしい。
 まあ、まだ私は全然だけどさ、全然の上、ファンをいっぱい失った状態だけども。
 でもこのまま終わる気は無い。現にまたちょっとずつファンが増えていってるし、まだまだこれからって感じ。
《あーぁ.でもまあ何か飽きたなぁ.やっぱり貴方が一番だからなぁ.》
 ……ちょっと可愛いのかよ、もうここまできたら本当にちょっと可愛いよ。
 こんだけいろんな女子がいて、それでも私ならもう可愛いくらいだよ。
 可愛いと思ってしまったことに自己嫌悪もするけども、可愛いという気持ちも無くならないよ。
 まあそんなに好みだったんなら、もうしょうがねぇよ。
 他の女子のパンツも見ず、私のパンツも見ようとせず、こうやって立ってるだけならもういいわ。マジでもういいわ。
 というかコイツ、生前はどんなヤツだったんだろう。
 こんなイヌ顔イケメンで2メートル近くあってマッチョなら、目立ったんじゃないの?
 普通にモデルやっていてもおかしくないというか、スカウトくらいはされたような気がする。
 で、コイツの思考回路的にスカウトされたらそのままプロになりそうな感じがするんだよなぁ。
 だって推し活・推し活言うし、自分がインフルエンサーになれるなら、自らインフルエンサーになって私の応援するくらいしそうなんだよな。
 インフルエンサーに宣伝DM送っていたとか言っていたし、あれめっちゃ嫌だったけども、そういう思考回路ということは、さ。
 ちょっと、ちゃんと会話したいかもしれない。このシコティッシュフォールドと。
 そう言えばずっと一方的に《べろべろしたい.》と言われるだけだったけども、コイツと真面目に会話したことってないし。
 幽霊の教習所の話も聞きたいし、コイツ、絶対幽霊の教習所行ってるよなぁ、行動の方向性的に。
 人間に触れられるようになる練習とかしているんじゃないか? そこで。
 真面目に通ってる風なのはそういうことなんじゃないか?
 そんなことを考えていると、ホームルームも終了し、一限目の授業に移った。
 授業もつつがなく終了し、二限目の体育になった……着替えじゃん、コイツ、どういう反応見せるのかな、と思ったその時だった。
《ヤバイ!連絡!》
 と言ったのを最後になんとそのまま忽然と消えてしまったのだ。
 連絡……? 幽霊の教習所から個別に連絡とかあるんだ。
 というか普通にいなくなったし。
 これって多分本当にいなくなったんだよね……? 透明になって実はいるとかじゃなくて。
 うん、コイツのこれって本当にいなくなっているっぽい、幽霊の教習所に呼び出し喰らったんだ。
 まあシコティッシュフォールドは要領悪そうだし、よく怒られていそうだもんなぁ。
 何か良くないことでもしたんだろ、そんなことを思いながら普通に着替えて体育も終わり、三限目・四限目・昼休み、になったところで、また突然シコティッシュフォールドが出現した。
《急にいなくなってゴメン!あと今日はこういうことだから!今週の休日の日曜日も来れないかも!》
 そう”ゴメンね”といった手のポーズをしながら、またすぐに消えていった。
 いやいや、別にオマエと友達じゃないし、待ってないし、言いに行かないと心配しちゃうだろうなぁじゃぁないんだよ。
 でもそうか、日曜日も来ないのか、日曜日にちゃんと会話しようと思っていたのに。
 平日の夜とか時間あるかな、と考えたところで、いや友達みたいじゃんと思って、心の中でちょっと吹き出してしまった。
 何か、もう慣れると、キモめの友達って感じになってくるなぁ、だってそれ以上のことはしてこないんだもん。
 最初は怖かったけども、今はもうなんというか、そういうホログラムって感じで、もう未来の人間くらいにしか感じない。
 まあ幽霊の教習所で触れることをマスターしてきたらヤバイけども、それも私の空想だし。
 幽霊の教習所が本当にあるかどうかは不明だし、とはいえ、このシコティッシュフォールドの曜日感覚って何なのかな?
 と思っていると午後の授業も終わって、下校した。
 勿論他の同級生とは一切会話せず、黙って帰宅。
 同級生とは本当に会話が合わない。なんというか、本当は、本当は、というか本当に、シコティッシュフォールドの言う通り、援助交際しているようなヤツばっかだ、私の女子高は。
 それが流行っているというか、マジで気持ちが悪い。それならいっそ、言うだけで何もしないシコティッシュフォールドのほうが可愛い。
 紋切型で接してくるところが嫌だけども、確かにそういうヤツもいることは事実で、だからなおさらなのかもしれない、私がスパチャのことを嫌いな理由は。
 あんなお金だけ欲しているような連中と一緒になりたくない、そんな気持ちが大きいのかもしれない。
 でもそれは結局、高校に馴染めないコンプレックスからきているのかもしれないし、もう訳が分からない。
 そういう訳の分からない気持ちを私は音楽に詰め込む。

”新橋色”
新橋色に身を包んだ芸者がハイカラを唄う
覚えたてのカタカナで笑い合ってる

それを鼻で笑ってたが
本当は羨ましかった

でも仲間内では罵詈雑言

バカ
アホ
マヌケ

羨ましかった

カス
ブス
トンチンカン

未来はどうなってる?

 こんな歌詞を作っても心は晴れない。
 晴れなくていい。全てが私の音楽だから。


・【23 シコティッシュフォールドの謎】

 宣言した日曜日は勿論、平日の夜もシコティッシュフォールドはやって来なかった。
 せっかく会話、というか対話しようと思ったその日からこうって拍子抜けだし、間が悪いなぁ、と思った。
 でも幽霊の教習所ってそんなにスパルタ? というかちょっとずつだけども、おかしいと思うことはあって。
 まずあのシコティッシュフォールドの肉体、一応パッと見マッチョだし、私自身マッチョに造詣が深くないから詳しくは分からないけども、やっぱり筋肉の付き方に違和感がある。
 そりゃマッチョって変なところにも筋肉があるけども、あのシコティッシュフォールドの筋肉の位置はやっぱり異常というか。
 そもそもそのマッチョの形が毎回微妙に違うような気もする。そんなまじまじ見たくないからイマイチ分からないけども。
 幽霊って形が決まったらそのままじゃないの? まるで毎回あの肉体を練り上げているような気がしないでもない。
 つまり幽霊じゃなくて生霊というか、思念体ってヤツ?
 エスパー的な能力で自分の仮の姿を毎回練り上げているイメージ。何かそんな感じがする。
 つまりはイヌ顔イケメンが本体ではないわけで。そう思うとやっぱりキモオジなんだろうなとも思うんだけども、そう思わないところもあって。
 だって自分がキモオジだとしても、キモオジの見た目のままで、私に接したくない?
 もうあんな気持ち悪い言動しているんだから、気持ち悪いと言われることに快楽感じてない?
 だからキモオジのままのほうがより気持ち悪いはずなんだけどな。でもそうじゃないということは、じゃあやっぱりイヌ顔イケメンなのかな。
 そもそも2メートル近い男性なんて日本人にそんないなくて。
 やっぱり肉体を毎回練り上げてる説は有効だと思う。そう言えば身長も微妙に毎回違ったような気がしてきた。
 あともう一つ、反芻するにはキモ過ぎるけども、やっぱり考えないといけないところ。
 それは勃起しないし、黒パンツも脱がないところ。
 インポという説も浮かんだけども、黒パンツを脱ぐくらいはしてもいいだろうとは思う。
 勃起したチンコを見せられなくても、普段のチンコを見せようとしてきてもいいだろうとは思う。
 だから一つ、ものすごく大きな可能性がある。
 もし肉体を自ら練り上げているのなら……シコティッシュフォールドってもしかすると女性?
 あんまり男性経験の無い女性って可能性ない?
 つまりはインポなんじゃなくて、勃起したチンコを知らないのでは? 見たことないというか。
 そう考えると、この妙に女子が好きなイヌ顔イケメンにしている理由にも繋がる。
 どうせ私(女性)に顔を出すんだから、イヌ顔イケメンにしようとか、そういうことなんじゃないか?
 そもそもセックスという直接的単語を使わないところも不可思議に思っていたけども、セックスできないからセックスという言葉が出ないんじゃないか?
 ”べろべろしたい”がメインなのは女性同士だから? それなら可能だから? いや結構ありえると思う。
 筋肉もよく知らないから雑で、でも自分は男性として私に接したいからあんな感じで。
 もし、仮に、シコティッシュフォールドが女性で、あの肉体を毎回練り上げていたとしたら……全然怖くないかもしれない。いや逆に怖いかもしれない。
 何あのセンス、2メートルのデカい男性なら怖そうでこっちが屈服しそうって発想、そもそも女性過ぎる。
 デカい男性が強く思えるってまさしく女性の発想じゃん。
 顔はイヌ顔イケメンにする配慮というのも女性の発想じゃん。
 というかシコティッシュフォールドが生きているのなら、普通に曜日感覚あってしかるべきじゃん。
 平日の昼間は仕事して、夜に顔を見せに来るって普通の働いている女性じゃん。今週の休日は仕事が詰まっていたみたいな?
 とはいえ、お父さんと比べると仕事している時間長いけども、それだけ多忙ということか?
 なんだ、めっちゃ普通に社会人じゃん、マジで社会人なんかい、シコティッシュフォールドって。
 トイレを見ないとか、お風呂を見ないとか、パンツを見ないとか、そういう線引きはしっかりしているのも、女性ならではって感じがしてきた。
 女性が不快に感じる直接的な行動はしないみたいなところ、マジで女性過ぎる。
 あっ、お父さんカッコイイって両方イケるじゃなくて、普通に男性が好きとか?
 で、女子高生のような若い子にもちょっと興味がある的な、昔の魔女的な感じ?
 あういう(私のような)妹がいたら可愛がったのに、みたいな感情なのかもしれない。
 うわぁー、どんどん分かってきたかも、というかシコティッシュフォールドは嘘つくの下手っぽいし、この辺りのことをぶつけたら、白状するかも。
 そうだよ、生きてるよ、喘ぎ声をアップロードとか言っていたし、アップロードということはやっぱり機器に触れられるということじゃん。
 でもあのホログラム状態では何も触れられていないわけで。つまり本体バージョンの時に機器を扱えるということじゃん! 絶対そうだ!
 じゃあ最初の会話の時、妙にロード時間が長かったのは、私が幽霊と勘違いしていることを考えながら喋っていたということ?
 ”本当は幽霊じゃないんだけども、どうしようかな”と思いながら喋っていたということ? いやいや絶対そうじゃん。
 しまった、私から”幽霊?”みたいなこと聞いていたかも。
 向こうから喋らせておけば本当のことがすぐ分かったのかもしれない。
 でも幽霊って思うよなぁ、普通。
 そんなことをずっと悶々と考えていた。
 月曜日の夜十一時、久しぶりにシコティッシュフォールドがやって来た。
《あーぁ.久しぶりにJKを摂取できるぅ.》
 相変わらず気持ち悪い台詞だけども、もしかしたらもう気持ち悪くないかもしれない。
 いやいやこんな変な能力を使ってまで来るヤツは十分気持ち悪いんだけども。
 私はあくまで何気なく、でもしっかりシコティッシュフォールドのほうを見ながら、
「シコティッシュフォールドって本当は女性?」
 って聞いてみると、明らかに動揺したかのように体をビクンと波打たたせてから、ゆっくり視線を逸らした。
「私女子高生だよ、摂取しなよ、目を逸らさないで。それともあれなの? 女性だから女子高生には興味が無いって感じ?」
 驚愕した瞳でこっちを見て、黙って口をパクパクさせるシコティッシュフォールド。
 私は続ける。
「というかさ、今日も筋肉ちょっと違うよ、いつもちょっと違うよね。あんまり男性の筋肉見たことないんでしょ」
《え.あの.》
「あとさ、男性だったら勃起してもいいんじゃないの? チンコ見せるくらいの行動したほうが自然なんだけども、やっぱ見たこと無いって感じ?」
《そんなこと...》
「前にさ、私に色彩蝶々という名前と一緒にグロテスクな画像を貼るイヤガラセしていた時あるじゃん。あれもエロマンガでさ、もしかすると本物の男性のソレは怖いと思っている?」
《えっと...》
「無理しなくていいよ、可愛いね、シコティッシュフォールドは。イヌ顔イケメンにしてくれてありがとね。幾分怖さも和らいでいたよ」
 膝から崩れ落ちたシコティッシュフォールド。
 俯いたまま、ゆっくり唸り声を出し始めた。
《あ.あぁぁぁあああああ。だって。だって。好きだからぁ……》
「べろべろしたいって、あんま性的な意味じゃないことも、もう分かってるよ。可愛い年下の妹としてというか、ペットのような愛玩動物としてでしょ?」
《もっと有名になるには、推し活しないと……私がプロデュースするなら、やっぱりもっと雑談配信したほうが人気が出ると思うし……そもそもスパチャを始めると! ファン同士の推し合いが始めるからもっと熱狂的になるんだよ!》
「ゴメン、微妙に会話できていない。こっちの話も聞いて」
《べろべろしたいって言ってたの、女性ってバレたら恥ずかしいし、申し訳無い……》
「良かった、そういう良心ちゃんとあるんだ。分かったよ。推し活も良心なんでしょ。それは分かるけどさ、そんな活動活動ばっか言わないでほしいんだよね。本当にアーティストとしては聴いてくれるだけで幸せなんだよ。一回聴いてくれるだけでファンの愛情を感じているんだよ」
《でも拡散してくれたほうが嬉しいでしょ! そういうもんでしょ!》
 そう言って四つん這いの状態で顔を上げて、真っ直ぐこっちを見てきたシコティッシュフォールドに今更ながらゾッとしてしまった。
 何故なら顔がイヌ顔イケメンから、目の下にクマを作っている黒髪ロングで二十五歳くらいの女性になっていたからだ。
「シコティッシュフォールド……顔……」
《そんなことよりも、拡散されたほうが嬉しいでしょ! 答えて!》
 私は圧に押されてしまい、まあ先に答えたほうがいいと思って、
「そりゃ拡散してくれたら嬉しいけども、不自然なまでにする必要は無いよ。リツイートのワンクリックだけでいい。それ以上は逆に怖いって、本当に。過剰に言うとストーカーみたいに感じる。本当に一回のリツイートだけでいいの。それ以外しなくていいの。本当に」
《でもそれだと売れないよ! もっとしっかり推し活している人はしているよ!》
「じゃあ私はいいって感じ。あくまで私個人はそれだけでいいってこと。私は自分のファンが軍隊になってほしくない。ちょっと疲れた時の活力になれればそれでいい。暇潰しでもいい。その程度でいい。推し活なんて無理はするな。何よりもファンの健康が大切なんだよ、アーティストというものは」
 シコティッシュフォールドはボロボロと涙をこぼし始めた。
 美しいと言いたいところだが、体は相変わらずムキムキ黒パンツ一丁で、でも顔は女性なので、違和感がすごい。今まで一番気持ち悪いかもしれない。
《それ以上に……貴方に有名になってもらいたいから推し活しているのに……》
「残念、その気持ちよりファンが健やかに生活してほしい気持ちのほうが上でーす」
 と笑ってあげることにした。見た目が怖過ぎて、逆に吹き出しそうになっている部分もあるし。
「もしかするとシコティッシュフォールド、今苦しい? 苦しいから私の人生に依存しようとするんじゃない? 私の人生に乗っかろうとするというか。でも私が成功してもシコティッシュフォールドが成功するわけじゃないんだよ。まずはシコティッシュフォールドが健康にならなきゃ!」
 そう手を差し伸べたところで、コイツ触れられないんだって思った。
《ありがとう、綺麗な手……こんな私にも綺麗な手……》
 勿論触れられないらしく、私の手を眺めるだけだった。
 でもそうか、シコティッシュフォールドがヤバイ状況なのは顔を見れば分かる。こんなクマを作って。早く寝ろと言いたいけども、午後十一時にやっとこっちへ来れている時点でだいぶ仕事が忙しいみたいだ。んで、なんとか私を”摂取”して活力にしていたわけか。
「というかさ、シコティッシュフォールドって今普通に喋っているよね、何かあの時よりも語彙が多いというか」
《もう、シコティッシュフォールドというキャラを入れて喋ること、やめたからだと思う……》
「何それ、推す側がキャラ入れるなよ、じゃあ無理していたんじゃん」
《無理というか……欲望解放というか……》
「私は今のシコティッシュフォールドのほうが好きだけどね」
《好き……》
 そう噛みしめるように反芻したシコティッシュフォールド。
 じゃあそろそろ始めていいかな、私の”アレ”を。
「シコティッシュフォールドってどこ住み?」
《えっと、それは……》
「私の女子高にまで来ておいて、そっちはだんまりはナシだろ。シコティッシュフォールドは言っていたよな、私とは対等だって。じゃあ教えてよ、アンタの居場所」
《……同じ街……仕事へ行く途中、よく見ていたJKが顔出し配信していたから、親密感を感じて、ファンになった……》
「何それ。じゃあ制服姿見てるじゃん」
《最初は確認作業。同じ子かどうか知りたくて。同じ制服ならその子で確定だから。とはいえ、この思念体になれてから同じ街の時点でほぼ確定だったけどもね。それはそうと制服姿が一番JKらしいし、できるだけ見たくて》
 思念体、やっぱり幽霊じゃないということか。
「で、何で幽霊って嘘ついた? 思念体って今言ったよな」
《それは……本当のことを言ったら正しく対処されそうで……幽霊と勘違いしてくれたっぽいし、幽霊でいこうと思った……》
「言動カスなのに、変なところ賢いな」
《言動はカスじゃない! だってJKは援助交際するもんでしょ! ……とはいえ、やっと分かってきたよ、貴方はしないね》
 私はもしやと思いつつ、一発聞いてみることにした。
「……うちの女子高、援助交際してる子多いって知ってる?」
《やっぱりそうなんだ、貴方のとこの制服の子、部長と一緒に歩いていたところは見たことある。他の部署の男性もそう》
 じゃあもう認知の歪みでもないよ、マジでこの街はそういう街だよ。
「じゃあもう私はそういう物乞いしていないって分かったわけね。二度と言うなよ! 不快だから!」
《申し訳無いです……本当にしていないっぽいですね……》
「だからポイじゃないわ! 言うな! 言うな! 言うな!」
 とつい私が連呼してしまうと、シコティッシュフォールドは頭をしょげた。まだ四つん這いだ。まあいいか、それは。
「同じ街か。じゃああれだ、次の休みの日、いつだ?」
《私の、ですか?》
「そう、シコティッシュフォールドの休日はいつだ?」
《次の日曜日には休めると思います》
「じゃあ家行くから」
《……! ダメ! JKが一人で大人の女性の家へ行くなんて危険!》
「シコティッシュフォールドはそういう危険なこと、してくるのか?」
《……やっぱりJKって援助交際……》
「言うな! それは違う!」
《……》
「だってさ、対等なんだろ? まず住所を事細かく教えろ、そこへ行くって両親に教えてから行く。友達ができたって言うし」
《……何か、貴方、対等という言葉を自分の都合よく使っていない?》
「元々それはこっちの台詞だ。それともなんだ? 直接来られると推し活ができないのか?」
《何かすごい言う……》
「言うよ、だってファンが不健康そうなんだから。直接喝を入れてやるよ」
《でもそういうファンとの交流の仕方は、スパチャとかしている人の交流の仕方では?》
 うるせぇな、こっちには考えていることがあるんだよ、と思いながら、私は少し高圧的に言うことにした。
「うるせぇ! 行ってやるって言ってんだよ! それともあれか! オマエは私のファンじゃないのかっ!」
《サポ……ファンです……分かりました……》
 シコティッシュフォールドは住所を口頭で述べた。
 最後に、と思って私は一つ聞くことにした。
「何で思念体でこっちへ来れるようになったんだ?」
《それは詳しくは分かりません。妄想ばかりしていたからかもしれません》
「まあそんなこともあるか。分かった分かった。じゃあもう今日は早く帰って寝なさい」
《はい……》
 そう言って消えたシコティッシュフォールド。
 さて、明日は早朝に起きて、シコティッシュフォールドの家へ確認しに行くか。
 マジで私がストーカーみたいだな、まあいいか、それは。
 深く考えないことにしよう。

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