ホラーなのかギャグなのかハッキリしてほしい第六話


・【シューカに弟子入り】

 ツッコミの練習がしたいと、シューカに伝えると、めちゃくちゃ嬉しそうな表情になりながら、日時と場所を指定してきた。
 その日、指定された場所、つまり公園へやっていくと、そこにはシューカは勿論、菜乃も、なんとオヤッサンもいた。
 シューカは開口一番こう言った。
「人数が多ければ怪奇も出づらいし、サトシンの知り合いいっぱい呼んどいたわ」
 オヤッサンは知り合いじゃないことにしておきたい気持ちもあるけども、まあもしかしたら怪奇はオヤッサンのこと嫌いかもしれないから、いたほうがいいのかもしれない。
 菜乃ちゃんはシューカのほうを見ながら、
「変なツッコミの特訓だったら止めるの!」
 と言った。
 それに対してシューカは、
「ドアホ、ツッコミの練習は変に決まっているやん」
「なのー! 確かにそうなのー! 論破されちゃったのー!」
 と菜乃は叫んだ。
 論破ってそこまで仰々しいことではないだろ、と思っていると、急にシューカがこちらをキリッと睨みながら、
「はい! サトシン! 今なんかツッコミ台詞浮かんだやろ! そういう時はすぐに言うんや! 言う! 勢い! 発想! の! 言うや!」
 えっと、じゃあ、
「論破ってそこまで仰々しいことではないでしょ」
 と言ってみると、菜乃ちゃんが、
「まさかの菜乃へのツッコミだったのー!」
 と腕を上げて驚いた。
 いや
「すごいリアクションがデカい」
「そりゃそうなのーっ、生きてるから大きいのっ」
 後ろ頭を掻きながら、照れた菜乃。
「そんな照れることではないよ」
「悟志くんから何か言われると照れちゃうよ、嬉しいからっ」
 そう言ってニッコリ微笑んだ菜乃。
 いやそのリアクションが嬉しくて照れちゃうわ、俺が。
 そんなやり取りをしているとシューカが、
「そういう青春演劇はええねん、早速ツッコミの練習いくで」
 いや
「演劇ではなかったわ、こんな些細な演劇無いだろ」
 とツッコんだところで、シューカはやれやれといった感じにこう言った。
「サトシン、勢いが少ないのはもうええとして、人にもスタイルがあるからええとして。でもな、サトシンのツッコミは否定やねん、全然ちゃうやん」
「そのシューカもめちゃくちゃ否定なんだけども」
「そういうことちゃうねん、ツッコミって否定したらアカンねん。そしてシューカちゃんのは教えや」
「いやでも実際ツッコミってボケのやっていることを止めている、つまり否定しているということじゃないのか?」
 それに対してシューカは大きな溜息をついてから、
「何も分かってあらへんやん、ツッコミは面白いところを説明する役割があんねん」
 面白いところの説明、確かにテレビを見ていると、そんな感じのことを言っている人もいるような気がする。
 シューカは続ける。
「否定するツッコミは脊髄反射でできるから楽や。でも真のツッコミはボケの面白いところを説明すんねん。単純にそっちのほうが盛り上がるやん」
「まあ確かに会話としては、否定するよりも盛り上がるは盛り上がるな」
「そうや。結局ボケ・ツッコミも会話やねん。どんどん面白いほうに繋げていったほうが面白くなるに決まっとるやん。いやまあ確かにスパッと斬ったほうが面白い時もあるで? でも基本は面白いほうに流していくほうがええんや」
 シューカの言う通りだと、俺は思った。
 というか理解した。
 そうか、ツッコミは否定よりも説明で、ボケ・ツッコミは会話か。
 よしっ、と俺は意気込んでから、
「じゃあ基本は分かったからこれから実践させてくれ」
 と言うと、シューカはちょっと仰け反りながら、
「おっ、おぅ、やる気満々やんっ」
「いやちょっとヒイてんじゃねぇよ、シューカがそもそも俺にツッコミの練習させたかったんだろ」
「でもそんなガツガツくるとはと思って、ちょっと驚いただけやん。まあええわ。本当は言うあっての勢いあっての発想という流れにしたかったんやけども、サトシンのスタイル的に『ツッコミは説明』をより濃くしたほうがええって気付いたから、その感じでやっていくわ」
「いやめっちゃ俺のこと考えてくれてるじゃん、それはまあ有り難いけども」
 そう会話した刹那、急にオヤッサンが叫んだ。
「もぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
 その声、というか鳴き声はまるで牛のような感じで、ついにオヤッサンが真におかしくなったかと思ったら、シューカはオヤッサンのほうを紹介するように指差しながら、
「牛になりきったオヤッサンにツッコんでいくんや!」
 いや!
「もう事前に話し合い済みかよ! そっちも十分やる気満々じゃん!」
 と魂のツッコミをかますと、シューカが、
「ええで、ええで、今のは正直勢いも良かったし、事前に話し合い済みというダサいところを説明していてさらにええんで」
 と言った。
 いや自分でもダサいと思っているのか、と思っていると菜乃が、
「これなら変なことになりそうにないから大丈夫なの!」
 と言ったが、いや
「大の大人が牛になりきるのはだいぶ変なことだけどなっ!」
 とツッコんでおくと、シューカは俺に対してグッドマークを出した。
 これでいいんだ、じゃあもうこの調子で牛になりきったオヤッサンにガンガン、ツッコんでいくぞ!


・【牛になりきったオヤッサン】

「もぉぉおおおおおおおお! オヤッサン牛だもぉぉおおおおおおおおおおお!」
 両手を地面に付けて、四つ足状になったオヤッサン。
 俺は静かに近付いていき、
「まあ、オヤッサン牛と日本語喋るところは序盤だから大目に見るわ」
「牛乳じゃなくて酢汁が出るもぉぉおおおおおおおおおおお!」
「酢でいいんだよ、牛乳という言葉にも汁はついていないだろ」
 チラリとシューカのほうを見ると、良い調子といった面持ちで頷いている。
 菜乃のほうを見ると、頑張れって感じで固唾を飲んでいる。
 いや
「菜乃、そんな死に至る試験じゃないから、そんな表情しなくていい」
「なのー! でも生死のかかった闘いなのー!」
 と菜乃が言うと、すぐさまオヤッサンが、
「精子をかけたいフィギュア!」
 と叫んだ。
 いや
「マニアックな趣向を急に叫ぶな、牛であれよ、牛乳であれよ、せめて」
「もぉぉおおおおおおおお! 一人前の子供に牛乳をかけたい!」
「いや一人前の子供って何だよ、子供はまだ半人前だろ」
 と俺がツッコんだところで、シューカのほうから笛の音がピーっと聞こえた。
 何だろうと思って、そちらを見ると、ホイッスルをくわえたシューカが腕を上げて立っていた。
 ホイッスルをポケットに戻したシューカはこう言った。
「今のはツッコミが甘いねん! 牛乳というワードが死んどんねん! オヤッサンは牛や! まず牛の要素をしっかり拾ったツッコミをすんねん!」
 何だよ、オヤッサンは牛て、オヤッサンは牛じゃないだろと思いつつも、
「じゃあどうすれば良かったんだよ」
「シューカちゃんやったらそうやなぁ、いや子供に牛乳与えてより成長しようとしてるやん、を、ツッコミの中に入れるかなぁ」
「確かに牛乳の要素を拾った上で、一人前の部分も掴んでいるな」
「そうやろ? シューカちゃんはツッコミうまいやろ?」
 そう鼻高々で言ってきたシューカ。
 まあツッコミがうまいくらいで何なんだとも思うけども、今の俺には必要な能力みたいなので、真面目に聞いている感じで頷いていると、
「ほな! 再開!」
 とシューカは叫び、またオヤッサンが、
「もぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! オヤッサン牛だもぉぉおおおおおおおお!」
 と響かせたので、俺は
「いや仕切り直したら、そこから始めないと乗らないのかよ」
 それに対してオヤッサンは照れ臭そうに、
「そこツッコまれると恥ずかしいもぉお」
 と言って笑った。
「オヤッサンの素の一面はどうでもいいんだけどもね」
「オヤッサンの酢飯の一面は乳房からだもぉぉおおおおおおおおお!」
 そう言いながら体を揺らしたオヤッサン。
 いや
「全然乳房揺れてないから、オヤッサンは動くことによってめっちゃ酢飯クサさを飛ばすけども、乳房は決して揺れていないから」
「牧草と言う名の寿司を食うもぉぉおお」
「牛は生魚いかないから、米はいくけど生魚はいかないから」
 とツッコんだその時だった。
 オヤッサンはこうべを下げて、なんと空き地の草を直に食べ始めたのだ。
「いや! なりきりすぎだろ! あとオヤッサンだから生魚はいけるんだよ!」
「牛としての価値観」
「整然とそう仰る時点で牛じゃないんだよ!」
 オヤッサンは口から砂をこぼしながら、
「ジョリジョリする……」
「ジャリジャリな! 剃ったヒゲが口の中に入っているんじゃない! 砂が入っているんだよ!」
 オヤッサンは口から大量のヨダレと共に砂を吐き出した。
「いや体が正常には働ている! 異物が入ったらヨダレが出るシステムは作動している! ただし人間としてのな!」
「オヤッサンは牛じゃありませんでした」
 と言いながらも、まだまだ四つ足だったので、
「じゃあもう四つ足をやめろ! それとも牛以外の四つ足の生物なのかっ?」
 とツッコむと、オヤッサンはニッコリと微笑みながら、
「四つ足人間でぇい」
「もしそうだとしたら腕にも靴履けよ! でも違うだろ! よく口砂直後に微笑めるな!」
「口砂は本当にキツかったでぇい」
 そう言いながら立ち上がったオヤッサン。
「あっ、もう完全にやめた。口砂に心折れて完全にやめたじゃん」
「もう口が砂に近い状態を維持することも怖くなっているでぇい」
「四つ足恐怖症じゃん、いやまあ砂恐怖症だろうけども」
 一連の流れが終わったところで、シューカが手を叩きながら、
「まあ及第点やなぁ」
 いや
「厳しい師匠である自分に酔っているヤツかよ、まあまあ良かっただろ」
 とツッコむと、
「そういうシューカちゃんの恥ずかしいところを露呈するツッコミは減点や」
「いや説明しているだけだから、んで図星なのかよ」
「図星すぎてつらいわ、つらたんやん」
「何で急にJKみたいなこと言ったんだよ、まあシューカはJKだからいいんだけども」
 と言ったところで菜乃が、
「菜乃もJKなの、だからJKみたいなこと言うの、ガンダ直後なの」
「いや全然ガンガンダッシュした直後ではないだろ、あと微妙にガンダ直後ってあんま聞かないし、息も切らしてないし」
 そんな会話をしていると、オヤッサンがカットインしてきた。
「プロパンガスのガンダ、プロパガンダでぇい」
「プロパンガスのダッシュって何だよ、設置する予定忘れていて今急いでやって来たのかよ、プロパガンダは政治的な宣伝だし、政治的な宣伝やっていたら遅れたのかよ」
 そうツッコんだところで、シューカが、
「アカン、ちょっとツッコミ長いわ」
「いやオヤッサンのボケが複雑すぎるからだよ」
「それもあるわ、でもそういう時は要点をまとめるとええで」
「ボケに要点なんてないだろ」
 それにシューカは頷きながら、
「確かにそうや」
 と言った。
 いや確かにそうなのかよと思っていると、シューカがこう言った。
「次の特訓にうつるで、次はずっとツッコミ続ける、無限ツッコミや!」
 何か張り切っていろいろ考えてきたんだなぁ、と思った。
 でもそこをツッコむと減点らしいので、黙っていた。


・【無限ツッコミ】

「シューカちゃんがサトシンのことツッコむから、サトシンはさらにシューカちゃんにツッコむんや。無限にツッコミしていって、ツッコめなくなったほうが負けや」
 まあ言わんとしていることはなんとなく分かった、と思っていると、菜乃がこう言った。
「これはトーナメントにして、菜乃とオヤッサンも参加するの」
「いや暇なのかよ」
 俺がそうツッコむと、菜乃が真っすぐ俺の瞳を見ながら、
「暇なの」
「じゃあトーナメント形式でやるか、そっちのほうが楽しいだろうし」
 と俺が返事すると、オヤッサンが、
「楽しくなければ人生じゃないからでぇい」
 と言って頷いた。
 シューカは柏手一発叩いてから、
「ほな! 変則トーナメントにしたらええで! サトシンが一回戦から闘って、菜乃、オヤッサン、シューカちゃんの順番で対戦や!」
 菜乃は同意しながら、
「確かに! 悟志くんの特訓だからそれがいいのー!」
 俺はまあいいかと思いつつ、
「何か各階に門番が待ち構える塔みたいだな」
 と言うと、オヤッサンが、
「オヤッサンは小腸で待ってるでぇい」
「いや塔で例えろよ、何だよ小腸って、俺、誰かの肛門の中に入っていってるのか?」
 シューカは大きな声で、
「塔や! 半分以上JKで肛門とかアカンねん!」
「いやまあJKも塔にはいないけども」
 そんな会話はそこそこに、まず一回戦、菜乃と俺のツッコミ無限対決になった。
 菜乃はグッと拳を握ってから、
「じゃあまず菜乃からいくのー! 塔にいるJKだってきっといるの!」
「そりゃまあいるだろうけども、大半は109だから。ビルだから」
「なのー! JKはオシャレだと思い過ぎているのー!」
「でも思うに越したことないだろ、決して失礼な話じゃないんだから」
 と俺が返したところで、菜乃が、
「褒められてムズムズするのー! もう負けでいいのー! てへへなのっ」
 そう言って舌を出してから笑った菜乃。
 いや
「守備力低すぎるだろ、よくそれでトーナメントの案を持ち出したな」
「菜乃は自分を過信していたの」
「まあ悪いことじゃないけどな、自分を信じるということは」
 と言ったところでオヤッサンが割って入ってきた。
「オヤッサンは自信満々HEYでぇい!」
 いや!
「まずスタートがツッコミじゃない! こっちに対して何かを言うんだよ!」
「悟志少年はあれだな、JKの友達が多くていいんだなぁ」
「いや満面の笑みで”いいんだなぁ”じゃないんだよ! ただ羨ましがるオジさんじゃないんだよ!」
 そうツッコんだところでシューカがズイッと一歩前に出てから、
「オヤッサン、ちゃんとツッコミせんとTKO負けやで?」
「わっ! 分かってるでぇい! 酢飯でぇい!」
 本当に分かっていたら酢飯なんて言わないだろ、と思いつつ、試合は再開になった。
 オヤッサンは叫んだ。
「悟志少年はもっと酢飯を学ぶべきだろ!」
「そんなことない上に、学べるなら寿司を学びたいわ」
「そんな簡単に寿司なんて学べるわけないでぇい! 寿司の歴史を舐めるなでぇい!」
 何だこれ、本当にツッコミ合戦になってるのか? と思いつつも、俺は、
「歴史というモノは学ぼうと思ったら学ぶべきだろ! そして先輩は素直に教えることがその文化の繁栄に繋がるんだろ!」
「正論! セイロンティーでぇい!」
「オヤッサンそれ好きだな! でももっと寿司を好きであれ! セイロンティーより寿司で言えよ!」
「さよりぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「ただただ勢いじゃん! オヤッサンの寿司屋、ネタがさよりしかないのかよ!」
 とツッコんだところでシューカが割って入ってきて、
「普通にオヤッサンはボケやねんて」
 そう言われたオヤッサンは膝から崩れ落ちたので、
「いや口砂近付いてきたな!」
 とツッコんだら、すぐさまオヤッサンが立ち上がったので、
「口砂案件、めちゃくちゃビビってるじゃん!」
「オヤッサンはもう口砂嫌でぇい」
「そりゃみんな嫌だけども」
 まあそんなやり取りは置いといて、シューカは喋りだした。
「結局シューカちゃんとサトシンのバトルやな、早速いくで! 口砂って何やねん! そんな言葉無いねん!」
「でも状況が状況だけに伝わっているだろ! 伝わっていればそれでいいだろ!」
「受け手に委ね過ぎやねん! もっと分かりやすく説明せぇや!」
「いいんだよ別に! 英語だって単語だけでも十分いけるだろ! 日本語も単語だけでいけるだろ!」
 シューカは一瞬止まって考えてから、こう言った。
「そうやって受け手に依存すんなや! 依存症やぞ! 口砂恐怖症よりアカンわ!」
「いやまず口砂恐怖症なんてないんだよ! というかシューカが使うなよ! その言葉を!」
「ええねん! 言葉は自由やねん! 好きに使わせろや!」
「じゃあ口砂に文句言うなよ! 口砂の権利を最初から認めろよ!」
 シューカは矢継ぎ早に言う。
「一旦否定するのもええやん! 否定したい年頃やん!」
「反抗期を他人に発表するなよ! 身内でやるんだよ! 反抗期って!」
「もはや身内やん! それくらいの気持ちでいんねん! こっちは!」
「何だよ! ちょっとありがたいじゃねぇか! 親身になってくれて嬉しいわ!」
 ここでシューカがピタっと止まってから、静かにこう語り出した。
「いや何か褒め合いになりそうでハズいわ、というかサトシンはあれやな、こういう人間タラシみたいなとこあるわ」
「人間タラシって人間に優しくされている妖怪みたいに言うなよ」
「いやここはツッコまんでええねん、やっぱあれや、サトシンはちょっと魅力あんねんて。みんなつい気にしてまうんて」
「そんなことないだろ、最初こういう状態になった時、すごい無視されたわ」
 と言ったところで、菜乃がこう言った。
「ううん、やっぱり悟志くんは魅力があるの。だから好きなのっ」
 ちょっと、急にそういうこと言うのは反則だろと思った刹那、
「てやんでぇい! べらんめぇい! オヤッサンも股間押しつけたくらい大好きでぇい!」
 と叫んできたので、それに対してはもう本当に堂々と、
「台無しじゃねぇか!」
 とツッコミを荒らげた。
 それを見ていたシューカは、
「まあ無限対決はサトシンの勝利やな、ええツッコミやったで」
 何故かちょっと嬉しかった。
 シューカに認められたみたいで。
 いや認められたところで何なの? というところもあるんだけども。
 シューカは感慨深そうに頷いてから、こう言った。
「最後はつらい昔話に対して明るくツッコんで、その話自体明るくしようやな」
 いや
「何だよそのちょっと重そうなテーマ」
「シューカちゃんもちゃんとそう思ってるで」
「じゃあ何でやるんだよ」
 と言ったところで、菜乃が前に出てきた。
 一体何だろうと思っていると、シューカが、
「こっからは菜乃ちゃんの時間やで」
 そう言って一歩下がった。
 えっ、菜乃のつらい昔話ということ?
 むしろ今じゃないの?
 俺みたいなもんと一緒にいる今、つらいことを人から言われたりするとかじゃないの?
 いやでもまあ菜乃は”学校で浮いていた”みたいな話を前に屋上でしたし、いろいろあるんだろうな、過去も。


・【昔話を明るくツッコむ】

「なのっ、実は菜乃、暗い青春時代を過ごしてきたの」
 いや
「急にそんな、どうしたんだよ、菜乃。ジメジメしたスタート切りすぎだろ」
「ううん、別にツッコまなくてもいいの、でも菜乃の昔話を聞いてほしいの、ダメ?」
 いや、まあ、
「とにかく菜乃は自分の意志で昔話を聞いてほしいということか、それなら別にいいけども、自分の意志なら」
「うん、自分が喋りたくて話すの。話を聞いて、時折相槌を打ってくれればいいの」
 そう言ってしっとりとした菜乃。
 いや、
「ゴメン、菜乃。俺、ツッコミの特訓中だからツッコむよ、めちゃくちゃツッコむよ」
「なの……そうしてほしいの……」
 少し瞳を潤ませながら、そう言った菜乃。
 これは悲しい話なのだろうか、いやでも俺はツッコんでやる。
 菜乃を絶対楽しませてやる、そう心に誓った。
「じゃあ話始めるの、菜乃の暗さ、オープンなの」
「いやでもスタートは底無しの明るさだな、オープンって陽の言葉だから、新装開店の言葉だから」
「誰がパチンコ屋なの」
「いや菜乃のツッコミは大丈夫だから、新装開店・イコール・パチンコ屋のJKはちょっと嫌だから」
 菜乃は一息ついてから、語り出した。
「菜乃はなかなか周りと馴染めなかったの、言うなれば良い香りのお花畑に置かれたクサいタバコのカスなの、菜乃は」
「タバコで自分を例えなくていいから、JKがパチンコ屋の次にタバコという語彙の連鎖、かなり嫌だから」
「明るく振る舞おうとしているだけなのに、無視されることもあって。菜乃、鼻眼鏡で登校したの、良くなかったのかな? ズレてたの?」
「それはもうすごいズレだね、そういうボケがウケるのは元々人気のある人だけだよ」
 菜乃は肩をすぼませながら、こう言った。
「実際菜乃は本当にズレているの。明るい挙手をしたくて、クラッカーを仕込んで鳴らしたらヒカれちゃったこともあるの」
「それはもう火薬の匂い含めて良くないね、明るい挙手は大きな声だけで十分だからね」
「そうなの、菜乃の学校で一時期火薬禁止令出たけども、それは菜乃のせいなの」
「まあ学校はそんな禁止令出さなくても、本来火薬禁止だろうけども」
 菜乃は一息ついてから、
「あと匂いで言えば、オナラ騒ぎの時、めちゃくちゃ騒いだらクラスのカースト一位の女子のオナラで、泣かれちゃって、すごいひんしゅくを買ったことがあるの」
「そうだね、めちゃくちゃ騒いでいいことなんてないからね、騒ぐという日本語は良い意味を持っていないからね」
「結局菜乃はカースト上位から無理やり授業中、オナラを三発させられたの」
「でもよく出せたね、それがアメージングだよ、サッカーなら三発快勝って言われるヤツだよ、三発って」
 菜乃は少し照れ臭そうに笑ってから、
「良い下剤があったの」
「いやオナラの音は口と腕で鳴らしなよ、そこのズレがすごいよ、下剤でガチのオナラ鳴らさなくても大丈夫だったよ、きっと」
「多分そうだったの……結果的にちょっと漏れたの……」
「もうそれはJKのトドメだね、JKのウンコ漏れた話は何だかよく分からないけどもトドメだね」
 菜乃は唇を噛んでから、
「だから中学時代は大変だったの」
「いや女子中学生のオナラ騒ぎはかなりダメだよ、小学生の話だと思っていただけに目を丸くしたよ」
「中学生じゃないと下剤なんて買えないの」
「いやまあ中学生もまだ下剤に頼る年齢じゃないけどもね、きっとお父さんの下剤だと思って薬剤師も売ったと思うよ」
 菜乃は少し上のほうを見て、
「そうだったのかなぁ、菜乃の顔見てあの薬剤師は”超下剤”だと思ったんじゃないのかなぁ」
「菜乃は全然下剤顔じゃないよ、普通に可愛いよ」
「菜乃、普通に可愛いと言われちゃったの……嬉しいの……」
「だから鼻眼鏡なんて必要無いよ、菜乃は笑顔を見せてくれるだけでいいんだよ」
 フフッと笑ってから菜乃は俺のほうをしっかり見ながら、こう言った。
「菜乃……ズレている菜乃と一緒にいてくれる? ずっと一緒にいてくれるの……?」
「大丈夫、俺の人生はもっとズレ始めたから。何なら菜乃のズレと俺のズレがちょうどいい方向に噛み合って、最高の形になるかもな」「最高の形って何なの……?」
「まあ普通に考えて一ミリのズレも無い、完璧な曲線のハートマークじゃないか?」
 と言ったところでシューカが俺と菜乃の間に物理的に割って入ってきて、
「このままキスするヤツやん! もうアカン! 止めさせてもらうわ!」
 いや
「キスはしないわ、こんなオヤッサンのいるところでしないわ、この人、怖いもん」
 するとオヤッサンがデカい声で、
「でもオヤッサンのおかげで怪奇が出てないでぇい! オヤッサンは基本的に怪奇から嫌われているでぇい!」
 いや!
「やっぱりそうなんかい! 薄々感じていたけども!」
「そして悟志少年は怪奇から好かれているでぇい、アツアツでぇい」
「いや俺は菜乃からだけ好かれたいんだよ!」
 とツッコんだところで、菜乃は顔を真っ赤にしながら、
「なの……恥ずかしいの……」
 と言ったが、それに対してすぐさまシューカが、
「今さらやねん! ずっとハズいねん! 自分ら!」
 そんな感じで俺たち四人は喋り合った。
 正直楽しかった。
 もし全放映状態を手にし、ツッコミの練習をしなくても良くなったとしても、またこの四人で集まってワイワイ遊びたいなとは思った。


・【あれから、そしてこれから】

 俺は、ヤバイ連中は勿論、普通の変わった人にも絡まれる人生になった。
 でも楽しくなければ人生じゃない、その通りだ。
 シューカたちとの特訓もあって、俺は誰に対しても即強くツッコめるようになっていった。
 シューカとスタイルが違うので、言う→勢い→発想じゃないけども、言う・説明のツッコミとして、俺のツッコミは上手く場で回るようになった感触もある。
 菜乃との交流も順調で、まだそういうオトナなことはできていないけども、それは俺が全放映状態を手に入れてからだ。
 そしてついに俺にそのチャンスが回って来た。
「悟志さん、世界政府の遣いです」
 それは日曜日、菜乃とのデート中に訪れた。
 そこからツラツラと全放映状態を得たいかどうかの確認、そして明日の祝日に”あの人は、今”の撮影を行なうという話。
 俺は全て了承した。
 話によると、明日の祝日は一日中、変わった人からヤバイ連中がひっきりなしにやって来るそうだ。
 それへのリアクションなどの面白さによって、のちに合否を知らせるという話だ。
 その場に菜乃がいたので、菜乃が、
「菜乃と普通にデートしていたほうがいいの?」
 と言ったけども、それは断った。
 自分の面白さだけでやり切りたいから、と。
 菜乃が面白いとなってしまったら、俺はアウトになると思うから、と。
 世界政府の人も「そうかもしれませんね」と頷いた。
 そして今、俺はベッドの上で横になっている。
 明日、運命の日だ。
 しかし世界政府の人はこう言っていた。
「あの人は、今って、何度かありますんで、今回だけじゃないので気負わず」
 いやでも気負ってしまう。
 一日二時間くらい誰にも干渉されない時間があれば、もっとゆったり生きる時間を得られるから。
 ……決して、菜乃とそういうことをしたくてしたくてたまらないという意味ではない。


・【十二時ちょうど】

 まるでシャンパンを開けたような”ポン!”というような音がどこからともなく聞こえてきた。
 俺は飛び起きて、時計を見ると十二時ちょうど。
 いや確かに明日と聞いていたが、まさか十二時ちょうどから始まるとは。
 そしてどこからともなく、エコー掛かった声が聞こえてきた。
《ポンポンポン! 楽しくパーリ―ピーポー! フゥー!》
 若い男性の声、ちょっとチャラついた高音だ。
 クラブのMCみたいなイメージ。いやクラブにMCいるのかどうか知らんけども。
《さぁ! さぁ! 炭酸ってチャラいいねぇっ!》
「いや全然炭酸自体はチャラくないだろ、子供の誕生日会だろ、ビスケットと果汁の炭酸の家でプレゼントだろ」
《初っ端からガツガツ飛ばしてく感じ! チャラいいねぇっ!》
「全然チャラい気持ちゼロだから、大学ラグビーのようなごり押しな気持ちだから」
 始まってしまったならもう仕方ない。
 頭脳はフル回転でやってやるしかない。
 ただし!
「ちょっと顔洗ってからな!」
《Oh,美容を気にすることチャラいいねぇっ!》
「全然チャラくないんだよ、何なら炭酸水で顔洗ってやろうか!」
 と言葉を飛ばすと、一瞬《んっ》と声がしたエコーのチャラオ。
 だからここはここぞとツッコむ。
「何だよ今の”んっ”て声! ビスケットでも喉に詰まったんか! 誕生日会でもしてんのか!」
 それに対して返す言葉はゼロ。
 結構押し切っているみたいだ。
 いいぞ、いいぞ、と思いながら洗面所に行って顔を洗うと、何だか水が変な感じする。
 パチパチしているような……って!
「炭酸水になってる!」
《まさかツッコミで先回り! チャラいいねぇっ!》
「いや先に言っちゃうヤツ全然チャラくないだろ! チャラいヤツほど空気読みまくりの世界だろうからなぁっ!」
 というか先に言っちゃったのって展開的に悪くない?
 ウケがイマイチかもしれない。いやそんなことは考えるな。俺は今を全力でツッコむだけだ!
「いやもう炭酸水で顔洗ったら、いよいよ美容男子じゃねぇか!」
《いよいよ、いいよいいよ、いや、いいね! いいねぇっ!》
「いや無理やりじゃねぇか! 全然良くないわ!」
《いやもう無理やりいい感じにしちゃうからねぇっ! OKぇい!》
 と声が聞こえた刹那、何だか心臓がジュワジュワいい出した。同時にバクバクもいい出したけども。
 何か体が焼けるように熱い、額から汗が滲み出てきて、その汗を手で触ると、その汗も炭酸化していてゾッとした。
「オマエ! 俺の体内も炭酸にしやがったなぁっ!」
《ポンポンポン! 体内からアガってこうぜぇい!》
「いや熱い……体温をアゲんじゃねぇよ! 気分だけアゲさせろよ!」
 どうやら血液も炭酸になっているらしい。
 体のどこに血管があるか分かるように、炭酸が体内をなぞっていく。
 熱い、痛い、苦しい、そんなことを考えていると、だんだん急に怖くなっていった。
 俺の人生はずっとこんな感じなのか。
 意味の分からない連中に振り回され続けるのか。
 たとえ全放映状態になったからって、こういう連中は訪れるんじゃないか?
 なおさら加減させずにやって来るようになるんじゃないか?
 やっぱり死んだほうがいいんじゃないか?
 死ねば一瞬で楽になれる。
 死ねば一瞬で楽になれる。
 死ねば一瞬で……と思った時に気付いた。
 あっ、俺、炭酸で思考が溶けている、と。
 いや違うんだよ!
「思考を溶かすんじゃねぇよ! 炭酸はせめて歯だけにしろよ! すげぇ鬱になっちまったじゃねぇか!」
《WHY! ここまでして気を取り戻すなんてやりまくり兄さんじゃん! チャラいいねぇっ!》
「全然やりまくってないわ! 十六歳の中では全然やりまくれない人生だわ! 彼女いるのに!」
《いやでも怪奇とセックスしまくりじゃん! チャラいいねぇっ!》
 いやぁぁぁあああ!
「怪奇とセックスなんてしたくねぇぇぇわぁぁぁぁああああああああああああ!」
 渾身のデカツッコミをすると、だんだん俺の炭酸感が抜けていっているような気がした。
 そうか、つまり
「デカい声出して声帯を震わせると、否、声帯を振ると炭酸が抜けるってわけだなぁぁぁああああああああ!」
《It’s クール! さすがだいいねぇっ!》
 そして俺は体も激しく振りまくった。
 振れば振るほど体が軽くなってくる。
 動いて疲れるはずなのに。
 どうやら本当に炭酸が抜けているらしい。
《腰も振っちゃって、完全に怪奇とセックスしてんねぇ! チャラいいねぇっ!》
「そうそう、だからオマエは早くどこかへイッてしまぇぇぇええええええええええええええ!」
《おあとがよろしいようで! バイバイ!》
 チャラオの声が聞こえなくなると、俺の体内はまた今まで通りの感じになった。
 いや、心臓は未だにバクバクいっているけども。
 そうか、もう始まっているのか、でも負けらんねぇ、絶対に面白い話にしてやるんだからな。

この記事が参加している募集